第7話 一か八かの水球合体

 カティアに言われて自分の未熟さを思い知った。目の前の中級生が自分を魔術で攻撃しようとしている。そんな状況で防御術をろくにかけられないことは、よく考えたらおかしいことだった。


「今度はこっちから行くわよ! 先に仕掛けたのはあなた達ですからね、文句はないでしょ!」


 カティアもセリナに続いて、一転強硬な姿勢に変わった。直後カティアの両手から、凄まじい量の水が螺旋状に飛び出した。そしてその螺旋状の水は空中で球体に変化した。


「水球(アクアスフィア)、やったこれなら!」


「モニカ、あいつ水使いだよ!」


「だから……なに?」


 モニカの取り巻きの生徒は水の魔術を警戒したが、モニカは余裕の表情のままだ。水と炎は相反する性質、基本的に炎は水に弱い。それは『属性魔術の相関』という初歩的な知識で、セリナ含め全員知っていた。


 セリナもカティアの水球はモニカに有効に違いないと判断した。だがその期待もすぐ裏切られることになった。


「余裕こいてるのも今の内よ。喰らいなさい!」


 カティアが高らかに水球を、猛スピードでモニカに向けて飛ばした。しかしその水球はモニカの体に届く寸前で掻き消された。


「な?」


「嘘でしょ!?」


「炎で水を消した……そんな」


 セリナ達は一瞬わけがわからなかった。それまでの人生経験で、炎が水に勝った例など見たこともなかった。しかし目の前にいたモニカはそれを当たり前のように成しえた。しかも一切身動きせずに。


「あっはっは! ったくこれだから新入生はねぇ。魔力の量が足りなすぎるんだよ」


「ひゅー! さすが我らのモニカ様!」


 モニカは笑いながらセリナ達の魔力量を侮辱した。その理論は何も間違っていない。魔力量が少なければ、どんだけ相性が良い攻撃術であろうと掻き消される、それをセリナ達は初めて目の当たりにした。


「やっぱ……私達じゃ勝てない。レベル違い過ぎるよ……」


「だからって、あの人私達を逃がすとは思えない……」


「何こそこそ話してんだ、かかってこないの?」


 モニカが挑発してきたが、さっきの自慢の攻撃を掻き消されたカティアは戦意喪失し動けなかった。それとは対照的にセリナは前向きな姿勢だった。


「私も水球使うわ! だからあなたも戦って!」


「え、マジで言ってんの?」


「私とあなたのを合体させたら、どう?」


「う、確かにいけるかも、だけど……」


「カティア、私を信じて!」


 セリナとカティアは戦闘態勢に戻り、同時に水球を出した。そして二人同時のタイミングで水球を飛ばし、合体させて巨大な水球へと変化させモニカにぶつけようとした。カティアもセリナの案は悪くないと感じた。


「いけぇええええ!!」


「なに、合体!?」


「嘘でしょ、ヤバイじゃん?」


「避けたほうがよくない、モニカ?」


 モニカの取り巻き達もその攻撃を見て一瞬驚いた。だがそれもすぐに杞憂に変わることになった。すぐさまモニカは足を広げ、両手に炎を集中させ、その飛んできた巨大な水球を受け止めた。


「な!?」


「受け止めた?」


「う、ぐぅうううううう!!」


 モニカの表情がかなり強張った。歯を食いしばり両手で水球を押しつぶそうとした。そして


「だぁああああああ!!」


 モニカが気合を込めた雄たけびを上げ、ついに水球を破裂させた。


「そ、そんな……」


「これでも、ダメ?」


「やったー、モニカ凄い!!」


「本当、もう惚れ惚れしちゃうー!!」


 だが当のモニカはかなり消耗していた。なんと息が切れていた。それを見た取り巻き達も意外な表情でモニカを見た。さすがの真紅のエースも同時の水球攻撃はかなり応えたようだ。


「はぁはぁはぁ……」


「だけど、相当効いてるみたい」


 セリナはモニカの息切れを見逃さなかった。冷静にモニカの状態を分析した。その言葉を聞いて「今なら倒せる」というセリナの意志がカティアに伝わってきた。


「ちょ、セリナまだやる気なの?」


「今がチャンスよ。この機を逃さないわ、はぁあ!」


 セリナはもう一度手に魔力を集中させ、水球を作ろうとした。だが、その直後モニカの様子が一変した。


「あーはっはっは!! マジで最高だね、あんたら!」


「え?」


 突然のモニカの甲高い笑いに一同呆気にとられた。それまでどことなく不機嫌そうにしていたモニカは突然上機嫌になり、その直後背中の炎が異様に巨大化し、取り巻きの二人も後ずさった。


「うぅ、モニカがこんな笑い方すんの久しぶり……」


「こりゃ、マジでやばくなるかも……」


「なんなのあいつ、おかしいんじゃないの?突然笑いだして?」


「あれは笑ってるんじゃない……」


「え?どういうこと?」


 ミリアはモニカの豹変ぶりに心当たりがあった。それは同じ炎の魔術を得意とするミリアだからこそ、わかるある特徴にあった。


「私も炎の魔術を得意だから、あの炎の様子はすごくわかる。あれは笑っている時の炎じゃない。心の中は逆よ!」


「ってことは、あいつの今の感情は……」


「ぶちキレた?」


 直後ミリアの洞察を言い当てたかのように、モニカの炎は激しく荒れ狂った。それと同時に広間は凄まじい熱気に包まれた。取り巻きの2人の、もはや逃げ出したくてしょうがなかったのか、突然大声を出した。


「あんたらがいけないのよ、モニカ怒らせちゃって!」


「マジで早いとこ逃げて! 本当やばいんだから!」


「に、逃げろって?」


 モニカの笑いは怒りを誤魔化すだけに過ぎない。内心は凄まじいほどの怒りの炎で燃えていた。


「逃がしはしないよ! このモニカ様本気の炎で焼いてやる、後悔するんだね!」


 モニカは両手を握りしめ、気合を溜めだした。相変わらず笑っていたが、同時に何者をも彼女を止められそうにないほどの気迫が伝わってきた。


「ひぃいいいい! な、なんでこんなことに?」


 セリナが庇った女子生徒が泣き叫んだ。倒れていた女子生徒達も蹲りながら、怯えまくった。セリナもそれを見て、かなり申し訳なくなった。


(わたしのせい? みんなを巻き込んでしまって、なんてこと……)


 強い正義感のせいで、颯爽と広間に飛び出したのはいいものの、結果的に中級生のしかも真紅のエースを怒らせてしまったことに、自責の念を感じずにはいられなかった。


 だからというわけではないが、セリナは余計に自分でこの場を打開しなければと強く決心した。


「私がここを引き受けるわ! だから全員逃げて!」


「はぁ、なに言ってんの、あなた?」


「セリナ、正気なの?」


「お願い、せめてあの倒れてる生徒だけでも。カティアの水が頼りでしょ!」


 セリナは倒れてる女子生徒3人を気にかけずにいられなかった。カティアはセリナの言葉の意図を探った。確かにここで自分も倒れたら、あの女子生徒達の火傷を水で治療もできなくなる。


「わかったわ。だけどいくらなんでも、あなた一人じゃ」


「その必要はないわ」


「え?」


 突然どこからともなく謎の女子の声が聞こえた。そしてその直後、一筋の強烈な光の矢が階段の上から発射された。その光の矢の先端が広間の中央の地面に当たったかと思うと、凄まじい轟音と共に爆発した。


「な、なに!?」


 今度は階段の上から誰かがジャンプし、ゆっくりとセリナ達の前へ歩みだした。そしてモニカもその姿を確認した。その直後、モニカの炎が一気に萎み平静を取り戻した。


「モニカ、またあなたね」


「あ、ディアナ……先輩?」


 モニカの様子を一変させた張本人は、黒いショートの髪形、身長はセリナとほぼ同じだが、藍色の制服を着ていた。


「藍色、ってことは?」


「上級生?」


「何度注意されたら気が済むの。しかも今日はおめでたい日でしょ」


「な、なんでも……ないわ。ちょっと、怒っただけよ」


 モニカですら縮こまざるを得なかった女子生徒は、その身の丈の小ささとは裏腹にただならぬオーラを感じさせた。セリナは茫然とするしかなかったが、その姿はどことなく見覚えがあった。


「あぁ、風紀委員長代理のディアナ先輩。攻撃レベルは7までしか使ってないわ。それに……」


「あの、そこの新入生が広間を時間無視して使っちゃったんです。だから説教しようと思って、ねぇモニカ?」


 取り巻きの2人が必死になって、自分達の正当性をアピールした。モニカのあまりの剣幕ですっかり忘れてしまっていたが、事の発端は規則を破った新入生にあった。


「あなたの攻撃レベルは参考にならないわ。だけど……」藍色の制服の女子生徒は倒れていた新入生にも視線を向けた。


「ちゃんと寮のルールは守ってね」


 突然片手から淡い霧状の光の粒を出し、倒れていた新入生達を優しく包んだ。すると新入生達の痛々しかった傷が完全になくなり、苦しかった表情も消えた。


「あぁ、治った!!」


「あ、ありがとうございます!!」


「治癒魔法、しかもなんて高度!」オルハがその光景に思わず見とれた。


 だがその上級生の親切心はすぐになくなり、まるで教師のような口調に変わった。


「さぁ、さっきも言われた通りこの時間は新入生は使えないよ。順番は守ってね」


 上級生が手で追い払う仕草を軽くし、倒れていた新入生達とセリナが庇った女子生徒ら4人が逃げるように走って、階段を上って行った。


「す、すみませんでした!」


「セリナ、私達も行こう!」


「うん……」


 セリナ達もすぐさま出ていこうとした。しかしセリナが階段を上ろうとしたとき、後ろを振り返ると、やはりというかモニカは凄い形相で睨んでいた。「このケリはいつかつけてやる」と、口には出さなかったが表情だけで伝わってきた。

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