第6話 真紅のエース

 4人ともさすがに不安になる。セリナが真っ先にドアを開け部屋の外へ飛び出し、その声がした場所へ向かった。すると西通路の階段を下りた先の広間で、深緑色の制服を着た新入生と真紅色の生徒が複数名いた。数としては深緑色の新入生の方が多かったが、新入生の何名かが倒れていた。


「真紅色の制服、ってことは中級生?」


「ったく、どこに目をつけてんのよ、新入生ども!」


「今は私達がこの広間を使う時間だ。のこのこ入って来てんじゃないよ!」


 真紅色の制服を着た女子生徒らが、新入生らを威圧し怒鳴っていた。その中の一人はかなり背が高く170cm近くはあり、長い茶髪を手で梳くっていた。


「なんなの、あいつら?」


「真紅色の制服を着たのは中級生よ。私達より学年が一つ上なの」


「ってことは、これはもしかして……」


「あーあ、これだから新入生達は、ルールちゃんと守れてないから困るわ」


「ご、ごめんなさい。近道になるから……ちょっと、あの……通り過ぎようとしただけです」


 新入生の一人が申し訳なさそうに謝っていた。そして何より声が震えていた。さっき説明を受けた生徒寮での諸規則をさっそく忘れ破ってしまったらしい。生徒寮の中にある大広間は、様々な生徒が交流し雑談や自習、魔術の稽古、模擬戦などに使うことがあるが、実は使用時間が厳格に定められていた。


「正午過ぎだから、ちょうど中級生が使う時間よ」


「なんだ、ただルール破っただけじゃない。行こう、変に絡まれたくないわ」


「でも、だからと言って、あれは……」


 セリナが目をやった方向には3名の女子生徒が倒れていた。腹部を抑えたり、腕を抑えたりとかなり苦しそうにしていたが、何より目についたのは若干の火傷の跡があった。


「もしかして、あれって……」


「炎の術……」


「私見てられない!」


「あぁ、ちょっと……」


 セリナの心の中にあった強い正義感が彼女を動かした。颯爽と怖気づいて動けなくなった女子生徒の前に立った。


「私、あの人知ってる」


「え、オルハ、知ってるの?」


「確か名前は、モニカ・ダウニー・キューブリック。炎の術が得意で……」


 そこまでオルハが言いかけて、セリナが強い口調で中級生に向かって叫んだ。


「やめてください! ちょっとルール破ったくらいで、何なんですかあなた達? 私達まだ入学したばかりなんですよ。あろうことか暴力に出るだなんて、それでも中級生ですか?」


 広間中にセリナの声が響き渡った。カティアとミリアとオルハも黙って聞いていたが、正直3人ともかなり怖くてしょうがなかった。そして中級生の中で最も背が高い茶髪の女子生徒が睨みながら言った。


「また新入生か。あんたもここのルールは知ってんだろ。ここは私達だけの問題だ。部外者は引っ込んでな」


「いいえ、下がるわけにはいきません!」


 後ろにいた女子生徒とは裏腹に、セリナは強硬な態度を崩さない。そのセリナに対してほかの2名の中級生が何かに気づいたようだ。


「あ、モニカ! こいつだよ。ほら……」


「あん、なんのこと?」


「もうさっき言ってたじゃん。こいつだよ、大賢者の末裔って」


「え、マジ!?」


 セリナもその言葉を聞き逃さなかった。中級生にも自分の噂が広まっていたようで、一瞬喜びそうになったが、今はそんな喜びを感じている場合ではない。


「ふぅんそうか、あんたが大賢者の末裔ね……」


 モニカは急に態度が変わった。さっきまでのよそ者感を捨て、セリナを好敵手ととらえ、不敵な笑みを浮かべつつ不気味なオーラを放った。


「な、なに!?」


「気を付けて! その人、めっちゃ強いです!」


 後ろにいた女子生徒がセリナに叫んだ。その直後、モニカの背後から強烈な炎が立ち上がった。その炎の先端は簡単に5mはある天井まで楽々届いた。しかもモニカはポケットに手を突っ込んだまま、全く動かず、その炎を自在に操っているように見えた。


「な、なんて巨大な炎……」


「あぁ、やっぱりあの人、真紅のエースです!」


「え、あの真紅のエースのモニカ!?」


 オルハがモニカの正体に気づいた。そしてカティアとミリアも続いて声を上げた。


「学園内屈指の炎魔術の使い手って聞いてるわ。セリナ、逃げて!」


 セリナにも3人の言葉が届いていた。なぜモニカが真紅のエースと言われているのか、それは単に真紅色の服を着ていただけではない、その体から放たれた真っ赤な炎をも象徴していたからだ。そしてさらに胸元には、その実力を証明するかの如く金の花形のブローチもつけていた。


(なんて凄い炎、あんなの喰らったら……)


「あーあ、真紅のエースに目つけられちゃった」


「しーらないっと」


 セリナが怯えているのをわかってか、モニカの取り巻きの女子生徒二人がニヤニヤしながら言った。セリナの後ろにいた女子生徒は足がガクガク震えていた。その震えは前に立っていたセリナにも伝わっていたが、それを感じるとセリナの正義感とプライドは余計に上がった。


(私だって負けるわけにはいかない!)


「なかなかいい面構えだね。そうこなくっちゃ」


 モニカは左手を天井に上げた。その直後背後に立っていた炎は一瞬にして小さな球体に変わり、そのままセリナに向かって一直線に飛んで行った。


「え?」


 直後セリナの背後にあった壁にその火球がぶつかって爆発し、激しい物音を立て地面も揺れた。セリナも目で追えないほどのスピードだった。


 それは魔導士なら初歩的な術で、中等学校卒業レベルの生徒なら習得済みの火球を出す術だったが、それにしては明らかに威力とスピードが違い過ぎると感じた。頑丈な作りをしていない並の建物なら、とっくに大穴が開いていた。


「い、今のって……」


「火球(フレイムスフィア)だけど、明らかに威力おかしい……」


「信じられない……」


 カティアとミリアとオルハもその威力に驚いていた。特に炎の魔術を得意とするミリアはやろうと思えば自分でもできる術だが、その差は超えられそうにないと感じてしまうほどだった。


「こんな初歩的な術でビビってんの、あんた達?」


「あはは、うける! これだから新入生は可愛い!」


 取り巻きの女子生徒2人は煽った。あくまで初歩的な術に過ぎないことを強調し、それで驚くセリナ達を見下していた。


「今のはわざと外したんだよ。今度はちゃんと当てるよ。防御術かけないと、そこで倒れてる新入生と同じことになるよ」


 モニカは恐ろしい表情を浮かべ、左手の指先で火球を高速で回転させながら喋った。モニカは親切心をアピールするような言葉を発したが、それを聞いたセリナもさっきまであった強気な気持ちが消え、恐怖に変わってしまった。


(だめだ……レベルが違い過ぎる)


 たった火球一発だけだったが、それでもセリナのそれまでの経験や知識から、モニカは並外れた魔導士だと感じた。


「じゃあ、行くよ!」


「ひっ!?」


 モニカはセリナの準備を待ってくれなかった。モニカに言われたように素直に防御術をかけようとした。だがセリナの動揺がその準備を遅らせてしまい、一手早くモニカの火球が飛んでくるのが見えた。


 その時だった。


「えっ!?」


「カティア?」


 横から飛び出してきたのはカティアだった。カティアが渾身の力で出した水の防御壁でセリナを素早く覆い、火球をガードし消し飛ばした。


「マジ? 今のガードしたの?」


「嘘でしょ、新入生にそんな芸当できるわけ……」


「へぇ。けっこうやるじゃん、あんた」


 モニカの取り巻きの女子生徒は驚いた。カティアもそれくらいはできると言わんばかりの表情を浮かべていたが、それでもすぐに苦痛の表情に変わった。


「ぐぅ、なんて凄い炎なの……」


 ガードしたのはいいものの、予想以上に威力は高かったようだ。カティアの左腕から出した水膜は一瞬にして蒸気へ化した。


「あ、ありがとう。カティア……」


「ありがとうじゃないでしょ! あなたもちゃんと防御術かけないと!」


「あ、ごめんなさい」

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