第5話 生徒寮にて

 生徒寮に着いた一行はアグネスから生活寮での諸規則の説明を受け、それが終わると実質解散になり、各々の名札が貼られた部屋に移動した。セリナが住むことになった部屋はほかにも3人の女子生徒が一緒だった、やはりというかセリナはカティアと同じ部屋になった。


「やった、同じ部屋だね。セリナ」


 セリナもかなり嬉しかった。そしてカティア以外の2人の女子生徒も、自分と同じ10組の女子生徒だった。


 一人は金髪で橙色の瞳が特徴のミリア・アイレス・カシンジャ、サロニア中等学校出身だ。


「ミリアって呼んでね。炎の魔術が得意よ。それよりあなた大賢者の末裔でしょ? 一緒の部屋になれて本当嬉しいわ!」


 部屋に来てそうそう荷物を自分のベッドの上に置いて、ミリアもセリナに握手を交わした。社交的で明るい性格だ。セリナも快く返事をした。


「こちらこそよろしく、ミリア」


「私はカティアよ、これから仲良くしましょう!」


 カティアもミリアと握手を交わした。そして残ったもう一人に話しかけようとしたが、どこにも見当たらなかった。


「あれ、もう一人いるはずだけど?」


「あぁ、オルハちゃんでしょ。私の前に座ってたけど、どこかな?」


 その時やや遅れて入り口のドアを開けて女子生徒が入ってきた。入ってきて早々、申し訳なさそうに謝った。


「あ、ごめんなさい。遅れてしまって……」


 黒髪でポニーテールが特徴の女子で、どことなく地味な印象が拭えなかった。それを見たカティアとセリナも握手をしようと手を伸ばした。


「あなたがオルハね。よろしく、私はカティア。これからよろしくね!」


「私はセリナ。よろしくね!」


「あ、よろしく……お願いします。オルハ・ジーラ・テイナンです」


 オルハはかなり緊張した様子で、握手を交わしたが、さすがのカティアも心配した。


「だ、大丈夫?」


「すみません。私……人見知りで……」


「もうオルハちゃんったら、緊張しないの!」


 ミリアもオルハの緊張ぶりを無視せずにはいられなかった。二人は既に仲良くなっていたようで、入学式からミリアがオルハに自己紹介していた。


「これから一緒に共同生活していく仲間なんだから、もっとリラックスしないと!」


「は、はい。わかっています」


「敬語も使わない!同級生でしょ」


「う、うん。わかった」


「よし、それでOK!」


 ミリアがオルハの言葉遣いを無理にでも強制したが、確かに敬語で話されると親近感が湧きづらくなると感じたから、これでセリナも一安心した。


「ねぇ、オルハ。あなたどこの出身? あと得意魔術は?」


「私はアルテナ中等学校出身で、得意魔術は……風」


「え、風?」


「どうしたの、セリナ?」


「あ、なんでもないわ」


 セリナはその言葉に思わず反応した。セリナが反応したのも無理はなく、その得意魔術はフリッツと同じだったからだ。ここに来て、またもセリナの頭の中にフリッツのことが頭に思い浮かんだ。


(そういえば、フリッツはどこの部屋?)


 セリナはふとそんなことを考えたが、それを今するのはかなり危ないことだと感じた。なぜなら男子生徒は、自分達女子生徒がいる寮と分けられていて、2つの寮はかなり離れているからだ。 

 

 学園内規則に記載された不純異性交遊禁止の項目が、そうさせている原因だ。まだ日が上っている昼間の時間、夜でさえ見つかるリスクが高いのに、昼間のこの時間にしかも入学式が終わった直後で学園内規則に違反するような行為はできない。


 セリナも早くフリッツに会いたいという欲求は諦め、今日だけは寮内でおとなしくしようと決意した。


「あなた、アルテナの出身だったの?」


 ここで唐突にカティアがオルハに質問した。 


「うん。そうだけど」


「アルテナって言ったら、ロゼッタとかいう1位と同じ学校じゃん」


 セリナもここでその言葉に注目した。ロゼッタと言えば自己紹介で2番目に教壇に上がった女子生徒だ。そのロゼッタは自分の自己紹介が終わった時に、恐ろしい表情で睨んだことも覚えていた。何かと因縁がありそうな感じがした、セリナもオルハに質問してみた。


「私も気になってたの。あなた、あのロゼッタって子と知り合いじゃないの?」


「ごめんなさい。私もよく知らないの、別のクラスだったわ」


「あぁ、そうなの」


 セリナの期待通りの答えは返ってこなかった。だがその後でオルハは興味深い言葉を漏らした。


「あの人も凄い魔術の持ち主だとは思うけど、確かお姉さんが凄いって噂の方が……」


「お姉さん?」


「へぇ、あんな人形みたいな女子生徒に姉がいるなんて」


 セリナもその言葉が気になった。ロゼッタがどうして自分のことを睨んだのか、もしかしたらその姉が関係しているのかもしれない。


「だけどあの子、得意魔術が確か防御って言ってたよね?」


「防御って……それで1位取れるって聞いたことないんだけど」


 防御術、文字通り防御を主体とした魔術だ。相手が放った攻撃術に対して強固で分厚い防護壁を周囲に張ることができる。魔盾(シールド)と呼ばれる術だ。


 セリナもその魔術は気になっていた。どんな魔術かは見たことある。自身もそれなりに魔盾を張ることができるが、昔から攻撃こそ最大の防御だと強く教われていたので、防御術は軽視していた面もあった。


「明日が初日か。さっそく実戦型の授業あったよね」


 カティアがワクワクした表情を浮かべながら喋った。


「そこであのロゼッタっていう子の実力がわかるわ。それにフィガロっていう坊ちゃんもいるしね。あの二人と戦ってみたいなあ」


「カティア、あなたの気持ちわかるけど……」


 ミリアがカティアのワクワクを阻害する発言をした。


「自分の試験の順位、ちゃんと知ってる?」


 ミリアのその言葉を無視することはできなかった。それはカティアだけでなく、セリナ自身も気にしていたことだ。「余計なこと言わないで」とセリナは心の中で叫んだ。


「あぁ、ちゃんと知ってるわ。だからって何?入学試験の順位なんて全然関係ないんだから、今からだって逆転のチャンス十分あるでしょ。」


「うん、そうよね。その意気よ。偉い、カティア!」


 ミリアは一見嫌味な発言をしたように見えたが、カティアのその発言を前向きに受け止め褒めた。セリナも思わずミリアのことを見直した。


「そういうことだから、オルハ! あなたも頑張るのよ!」


「わ、私は……全然あの人達とはレベルが……」


「なぁに言ってんの、努力と根性は誰にだって与えられた無敵のパワーよ。それを最大限に生かせば怖いものなしよ」


 ミリアはなんともいえない独自理論を紹介した。だがその言葉にセリナも納得した。


(努力と根性か……)


 思えばセリナも今までの人生は、それだけで成長したようなものだった。確かに生まれながらにして魔術の才能はあった。だがそれは、ほかの一流の魔導士と比較してずば抜けているというほどではなく、むしろ一流の魔導士なら持って当たり前のものだ。


 だからというわけではないが、セリナはそれならばと余計に努力した。大賢者の末裔であるというプライドが、人一倍の努力をしないといけない気概を強くした。


 今ようやく魔導学園エルグランドの生徒寮で暮らすことができたのも、努力に努力を重ねた結果だとセリナ自身もわかっていた。だからこそミリアの言葉は余計響いたのだ。


「そういえば、あなたラングランの出身って言ってたわよね?」


 ここで突然ミリアが思い出したようにセリナに質問した。


「え? そうだけど…」


 セリナも突然質問されて動揺したが、思えば自分の出身地について、詳しく紹介するのは初めてだった。


「あ、私知ってるわ。確か、すごく風光明媚な所よね。」


「そうそう! ねぇ、夏休みになったら里帰りするでしょ。よかったら案内してよ?」


 カティアもミリアの質問に合わせて、セリナに懇願した。


「うん、いいけど。私こそ、あなたの故郷案内してほしいなぁ」


 セリナもカティアの出身地が気になった。サピエ地区はセリナも行ったことがなくどんな場所かは気になっていたが、カティアはあまり乗り気じゃなかった。


「わ、私の故郷は……本当にド田舎よ。なんもないんだから、知ってると思うけど……」


「そんなことないでしょ? 私行ったことないんだけど、確かギラードの爪跡があるんでしょ」


「ギラードの爪跡って、神話に出てくる大災魔が残したっていう爪跡?」


「それくらいしかないわよ」


 セリナが口にしたギラードの爪跡とは、サピエ地区随一の観光名所だ。サピエ地区もラングラン地区と同様、自然が多い場所だが、際立って目立つのが、何千メートル以上もの深さを誇る谷があることだ。


 その深い谷こそギラードの爪跡と呼ばれている場所だ。ギラードという大災魔が、その昔自身の巨大な爪で残したという神話がその名前の由来になっている場所で、その谷底に行った者は誰もいない。


 一流の魔導士でさえ谷底に行けば、二度と生きては帰れないと言われている。しかも上級の災魔まで出現すると言われている。現在ではその谷の観光は、あくまで遠目から深い谷底を目で眺めるだけにとどまり、谷に登ることは禁止されている。


「私、ギラードの爪跡一度は行ってみたかったんだよね。あなたこそ里帰りしないの?」


「本当何もないんだから、帰ったって相当暇なの。それよりここは首府のサロニアに近いでしょ。マジで早くサロニアを観光したくてしょうがないんだけど……」


「もしかして、それ目当てで入学したの?」


「ち、違うわよ! 観光はあくまでおまけ、息抜きなのは百も承知です! 私だって超一流の魔導士目指すんだから!」


 カティアも志は高いことをアピールした。


 その時だった。ドスン、と何やら部屋の外で大きな鈍い物音が聞こえ、部屋全体が揺れるのを感じた。


「何、今の!?」


「なんかぶつかった音がしたわね」


 続けて再びドスン、と大きな音がした。さらには、ぱぁんと破裂する音まで聞こえてきた。


「な、なんかやばそうだよ……」


「下の広間の方からしたわ! 行ってみる!」


「あぁ、ちょっとセリナ!」

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