ラウザー公爵邸

 ラウザー家の邸宅は王宮から馬車で20分ほどの距離にある。おそらくすべての貴族の中で最も大きいであろう邸宅は、豪華絢爛な内装と共に権力の象徴といえる。そんな屋敷の前に1台の馬車が到着すると、紋章も何もない黒塗りの馬車から男性が降り立つ。

 出迎えた執事らしい人物が黙って一礼する。


「ラウザー公爵と約束をしている」

「伺っております。ご案内いたします」


 そのまま来客用の応接室に案内されたリチャードは、慎重に周囲を伺いながら公爵が現れるのを待った。


「待たせてすまなかったね」


 ドアの開く音と同時に座っていたソファから立ち上がると、リチャードはこの屋敷の主であるラウザー公爵に向かって最上級の礼をした。


「あぁ、かしこまらなくていい。楽にしてくれたまえ。そこで、今日は何用かな?」

「お忙しい中お時間を割いていただきありがとうございます。実は折り入って公爵にご相談させていただきたい事があり、本日お伺いさせていただきました」

「相談?珍しいな」


 元々ウェルズリー家とラウザー家の交流はほとんどないとい言っていい。せいぜい王家主催の夜会で挨拶を交わす程度だ。


「公爵は先日の試験で我が妹が王太子妃に選ばれた事はご存じでしょうか」

「もちろん知っているとも。異例の速さで公表されたからね。王太子殿下は余程ローズ嬢が気に入ったとみえる」

「ありがたいことではありますが…実は妹は王家に嫁ぐのを酷く嫌がっております」

「それはまた理解できない事だな」


 貴族であれば王家との繋がりを求めるのは当然といえる。それを嫌がるなど考えられないという公爵にリチャードも同意する。


「それが普通の考えだとは思いますが、妹のあまりの嫌がりように両親もこのままでは嫁がせてもご迷惑になるだろう、と。そのため今回は辞退させていただけないかと思案しております」

「しかしそれでは王家が黙っていないだろう。それに試験制度の根幹を揺るがす問題にもなりかねん」

「はい、そこで妹は急な病という事にして修道院に行かせるつもりです。ただ…王太子妃を辞退という事になりますと、家名に傷がつきます」

「そうだろうな、場合によっては取り潰しの可能性もゼロではない」


 表面だけは心配そうな表情をしている公爵だったが、リチャードには内心でほくそ笑んでいるのが手に取るようにわかる。


(もう少しポーカーフェイスを覚えた方がいいですよ、公爵)


「はい、そこで是非公爵にお力添えをいただけないかと…」


 そういうと同時にリチャードは手にしていた小さな箱の蓋を開けると、中身が公爵に見えるようにしてテーブルの上に置いた。

 そこには直径5センチはあろうかという見事なルビーが輝いていた。


「今回の件によって、私どもが今後王家とつながる事はございませんが、なんとしても家名だけは残していただきたいのです」


 公爵は差し出されたルビーとリチャードを見比べると、ゆっくりとルビーを手に取り、その品質を確かめるかのように確認した。


「実に見事なルビーだ。これほどの物を受け取っては口添えしないわけにはいかないだろうな」

「それでは…」


 期待に満ちた表情を作って公爵を見れば、相手は簡単に騙されてくれた。


「あぁ安心するといい。必ず家名だけは残るよう陛下にも殿下にも取りなしてあげよう」

「心より感謝いたします」


 そう言ってもう一度深く礼をしたリチャードは先ほどと同じ執事に案内され、屋敷をあとにした。




「お兄様が屋敷を出ましたわ」


 公爵邸を出たリチャードからの連絡を受けたローズがウィリアムにそれを告げる。同時に邸内にあるルビーに神経を集中するが、まだ邸内の1地点からルビーが動く様子はない。ラウザー邸の見取り図を前に無言のままだったウィリアムが「どこにある?」と尋ねる。


「ここです」


 ローズの指先が先ほどまでリチャードがいた応接室を指さすと、ウィリアムがそこに印を付ける。

 とりあえず動きがなくとも一晩は様子を見るつもりだが、相手はあの公爵だ。ルビーの細工に気づかれたら終わりだ。


「…気づかれないだろうな?」


 それがルビーに紛れ込ませた自分の魔力の事だと気づいたローズが顔を顰める。


「誰に言ってますの?」


 実際ウィリアムでさえルビーに紛れ込んだローズの魔力の欠片さえ見つける事ができなかったのだ。


「そうだな、悪かった」


 少しも悪いとは思ってない口調だったが、今はそんな事を指摘している場合ではない。ローズはもう一度ルビーの位置に集中すると、ゆっくりとルビーが移動するのが感じられた。

 ペンを持ったローズの手がルビーが動く軌跡をそのまま見取り図に書き出していく。その軌跡が止まった部屋を見たウィリアムが僅かに眉を顰めた。


「厄介だな」

「…そうですね」


 ルビーが止まった部屋は寝室だった。転移直後、そこに公爵がいれば完全にこちらが不利になる。

 そうとなれば邸内の様子を把握しておく必要がある。


「お兄様を連れてきますわ」


 そう言って姿を消したローズと共に、数分後にはリチャードが現れる。おそらく呼び出される事を予想していたのだろう。勤務時と同じ制服のままだった。


「今現在ルビーはこの部屋にある。この周辺の様子はどうだった?」


 邸内に入り込んでしまえばわざわざ歩き回らずとも、リチャードなら邸内の様子を探る事は容易い。


「この部屋を囲むように護衛が配置されていました。邸内で公爵の寝室を護衛するには大がかりな…と思いましたが、宝石も護っているということであれば納得です」

「ということはここで決まりだな」


 最短で探し出すにはあまりにも場所が悪い。だからと言ってこの機を逃すわけにもいかない。


「…では、二手に分かれましょう」

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