王家のダイヤモンド

「ラウザー家は知ってるな?」

「もちろんです。確かエリス様を王太子妃にしたがっているとか」


 王家の血筋にも連なるラウザー公爵は、現国王の弟であり、ウィリアムにとっては叔父にあたる。夫人は2年前に病気で他界しており、家族は一人娘のエリスだけのはずだ。

 現国王に近い血筋にも関わらず、国のために尽くす現国王とは違い、権力への執着が凄まじいという噂だ。

 今回の試験でもいざとなったら試験結果の改ざんなど平気でやってのけるつもりだったのだろう。だが試験会場で見せたローズの魔法は予想以上に強大で、しかもその力を試験会場で大勢が目にした今となっては試験結果の改ざんでエリスを婚約者にねじ込むのは無理だろう。

 例年通りならローズの試験時間にはほとんどの人間が試験を終えて帰っていると思っていたのだろうが、目論見が大きく外れてしまったに違いない。


「単刀直入に言おう。君はラウザー家に狙われている。そしてもう一つ、残念ながら彼らの手に決して渡ってはいけないものが渡ってしまった」


 その言葉を聞いたミシュレが何かに思い当たったかのように眉を顰めた。


「流石、察しが良いですね」

「あれが奪われるなんて王家の怠慢ではなくて?」

「それを言われると何も言えませんね」


 小さく肩を竦めたウィリアムを軽く睨みつけると、ミシュレは自分を見つめていたローズが会話についていけてない事に気づく。視線でウィリアムの許可を取ると、ローズにもわかるように説明する。


「シェラード王家には代々の王が受け継いでいるダイヤモンドがあるのよ。それは単なる王家のための宝石というだけではなく、歴代の王族の魔力が少しずつ蓄積されているの」


 シェラード王家の者は王族というだけあって皆大きな魔力を持って生まれる。

 その中でも王になった者の魔力は即位と共に格段に上がると言われている。それは即位と同時に受け継ぐダイヤモンドの力が元々の魔力に上乗せされるからだ。

 そしてそのダイヤモンドに秘められた巨大な力を制御する力と術を持たない者にとって、ダイヤモンドは危険極まりないものとなる。迂闊に魔力を注ぎ込めば、自分の魔力が底上げされるどころか、制御できない魔力が暴走して爆発しかねない。

 だからこの国の王太子は幼い頃から魔力を制御する術を徹底的に教え込まれるのだ。


「…爆発したらどうなるの?」

「この国くらいは軽く吹き飛ぶ」


 冷静なウィリアムの声がそれが事実である事をローズに伝えてくる。


「ミシュレ様はこの事を知っていたの…?」

「ダイヤモンドの存在についてって事?」


 ローズが頷くとミシュレは「当然よ、だってあのダイヤモンドを譲ったのは私だもの」ととんでもない告白をした。


「「はぁ!?」」


 流石にそれは知らなかったのか、ウィリアムもローズと同じタイミングで驚きの声を上げた。


「あら、あなたたち気が合うじゃない」

「そんな事は…っていうかそんなことはどうでも良いんです。あなたが用意したというのは本当ですか?」

「本当よ。もう随分昔の事だけど。ある日偶然手に入ったダイヤモンドを何に使おうかと思っていたら、1人の青年が訪ねてきて『譲ってほしい』っていうから、ある条件で譲ったの」

「その条件、とは?」

「そのダイヤモンドを受け継ぐ者は受け継いだ時に必ずその身に宿す魔力の半分を私に受け渡す事」

「半分?しかしそれはまた随分と…」


 いくら王族の魔力が多いと言ってもかなりの負担なはずだ。そうまでしてそのダイヤモンドを手に入れる必要があったのだろうか?


「納得いかない、って表情ね。あのダイヤモンドはね、特別なの」

「特別とは?」


 それに対するミシュレの答えは2人の想像を超えるものだった。


「あのダイヤモンドが王家にあり、正しく統治されている限り、この国の平和と安全は保障される。そう魔法を掛けたのよ。この私がね」


 その魔法の代償が歴代の王達の魔力というわけらしい。


「スケールが大きすぎてついていけないわ…」


 疲れたようにソファに深く腰かけたローズを見て、ウィリアムも同じようにソファに座りなおした。


「だが、そういう事ならなんとしても取り戻す必要がある」


 ラウザー公爵は王家の血を引いているとはいえ、王位継承権を持つ王族ではない。ダイヤモンドについては即位の象徴くらいにしか思ってないに違いない。


「そもそもどうして奪われたりしたのかしら?」


 ミシュレがまっすぐにウィリアムを見つめながら失態の説明を求める。


「…通常、あのダイヤモンドは王だけが開ける事のできる場所に保管されている。だが先日自然災害が起きた地方に遠征する際に持ち出した時を狙われた」


 通常ならそれでも奪われる事などなかっただろう。だがその時は災害が大きすぎて、複数の魔法の使い手を連れていく必要があったのだ。そして王族に準ずる地位を持ち、魔力も多いラウザー公爵が選ばれるのは必然だった。

 ラウザー公爵はその地位を利用して警戒の目をすり抜けると、ダイヤモンドをすり替えたのだった。

 間の悪い事に、災害対応が終わった日にすり替えが行われたことと、すり替えられたダイヤモンド自体も非常に品質のいいものだったため、すり替えられた事に気づいたのは王宮に戻ってきてからだったのだという。


「その件に関しては、申し開きはできない。本来なら国王陛下自ら取り戻すべき事態ではあるが、今回は私が指揮を取る事になった」


 現在の国王と王太子の実力を考えれば、残念ながら打倒な判断だろう。


「…というわけで、ローズ嬢、悪いがこのまま式の準備を進めさせてもらうぞ」

「それとこれとは話が別よ!」


 それまで放心していたのに、間髪入れず返ってきた返事にウィリアムがにやりと笑った。


「もう遅い。既に全貴族に結婚式の招待状を送ってある。ラウザー公爵もそれを見て今頃慌てているだろう」


 元々王位を狙っていたからダイヤモンドを奪ったのだろうが、先日のローズの試験を見て王太子と結婚されては困ると焦ったのだろう。

 あれだけの力を持つ彼女が正式に王太子妃になってしまえば、この国の権力を手にするチャンスはもうない。ラウザー公爵に残された道は、ローズを亡き者にして自分の娘を王太子妃に立てるか、予定通りダイヤモンドを使って王位簒奪を狙うかしかないと思ったに違いない。


「まぁ、私が即位する前しかチャンスがないという判断だけは褒めてやろうじゃないか」


 そして狙われているローズ自身も、国が吹き飛ぶような事態の回避と家族全員をラウザー家から完璧に護りとおす事を同時にできないことくらいはわかっていた。


「ミシュレ様…」

「手伝わないわよ」

「そんな!」

「今回の件は王家の不手際。私には関係ないわ」


 どうやら本気で手伝う気はなさそうだ。それを悟ったローズがウィリアムを見ると、実にいい笑顔で自分を見ていた。


(は、嵌められた…!)


 いや、そもそも試験会場であんなに全力で力を見せる必要などなかったのだ。試験結果に異議を唱えた際に必要であれば力を使ってみせれば良かった。


「考えが浅いのにゃ」


 リアにばっさり言い切られたが反論すらできない。


「…わかりました…今回『だけ』は殿下に協力して差し上げます。でも結婚は別の話ですから!」

「その話はあとで聞くことにしよう」


 意味深な笑みを見ないようにしながら、ローズは一蓮托生とばかりにリアのしっぽをきつく掴んだのだった。



           ◇ ◇ ◇



 あのあと今後の作戦についてウィリアムと遅くまで話し合ってきたローズが帰宅すると、既に日付も変わろうかという時刻にも関わらず、両親と兄はまだ起きて自分を待っていてくれた。


「ローズ、大丈夫かい?」


 心配そうな兄の言葉にローズは作り笑いすらできずに溜息を吐いた。

 そしてとりあず話せる範囲で状況について説明をする。流石に自分がラウザー公爵家と戦うかも、などという話は両親には聞かせられない。

 両親には今回の結婚式の準備は反逆者を捕らえるための囮だという事と、王家から盗まれた宝物を探す手伝いだと言っておいた。

 あくまでもローズはウィリアムに協力する、という事にしておく。

 その一方でウィリアムの側近でもある兄には本当の事を話しておく必要があるが、それは明日ウィリアムから聞いて欲しい。


(流石に疲れたわ)


 いくら魔法に長けているとはいえ、戦場に立った事などない自分を主力に組み込むウィリアムの考えが全く理解できないが、やるしかないのだろう。

 ローズは寝支度を終えると、侍女を下がらせベッドにもぐりこむ。


「ねぇ、リア」


 自分は手伝わないけどリアを置いていくわね、とこちらも良い笑顔でさっさと帰っていったミシュレに不満そうな表情を見せたものの、大人しく自分についてきてくれたリアにそっと話しかける。

 ローズの足元に丸まっていたリアのしっぽが返事をするように布団の上からローズの足を叩く。


「私にできるのかしら?」


 魔法を使える=戦えるということではない。未知の状況に対する不安が無いわけではないのだ。


『もちろん、ローズに剣を持って戦えなんてことは言わない。でも君の魔法が届く範囲内で確実に敵と戦ってもらう事になるだろう』


 怖いか?と真剣な表情で自分に尋ねてきたウィリアムに素直に『怖い』とは言えなかった。そんなローズの気配にリアが淡々とした答えを返す。


「…相手を殺すだけが戦いじゃないにゃ。その魔法を覚えたのはなんのためにゃ」


 戦い方は一つではない、と示唆するリアの言葉にローズの表情が少しだけ柔らかくなった。


「そうか…そうよね」


 自分の力を過信せず、でも自信を持って進めば道はひらける。元々自分は国をも敵に回す覚悟でこの力を身につけたのではなかったのか。


「たかが一貴族に負けるような魔法は教えてないにゃ」


 言外に自分とミシュレを信じろ、というリアにローズが頷く。安心したせいか眠くなってきたローズにもう寝ろというように、リアのしっぽがもう一度ローズの足を軽く叩いたのだった。

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