結婚式の招待状

「リア!」


 今ではすっかり自分の相棒となった黒猫の使い魔をローズが嬉しそうに抱きしめる。


「離すにゃーっ!」

「リア、静かになさい」


 突然割り込んできた女性の声に、ローズ以外の3人の動きが止まった。



「ミシュレ様、どうしてここに?」


 今までミシュレを彼女の屋敷以外で見た事はない。彼女に用がある人物がいれば、どれほど高い地位の人間であろうと彼女の元へと足を運ぶ。


「ちょっと気になる事があってね」


 ミシュレはローズの顔を見ると、「何かやらかしたわね」という表情をした。さり気なく視線を逸らしたローズの手の中でリアもじとり、とローズを見ている。


「突然お邪魔してごめんなさい。王太子殿下からこんな書状が届いたのだけど。一応ローズの意見を聞こうと思って」


 その言葉と同時にテーブルの上に現れた書状を見たローズの肩が怒りに震えたのを見て、リアがその腕の中から逃げ出した。

 書状に書かれていたのは『来月のローズ・ウェルズリー嬢との結婚式に是非とも参列して欲しい』というものだった。


「どういうおつもりなのかしら…?」


 ありえない日程で結婚式への参列を打診した王太子にローズの手がきつく握りしめられた。


「…お父様、私ミシュレ様と一緒に王宮に行ってまいりますわ」

「え…、ローズそれはちょっと…」


 流石に謁見の申請も行わずに王宮に押しかけるのはまずい…と慌てる父と兄に、ローズは「本人以外にバレなければいいのでしょう?」とこともなげに言った。


「ミシュレ様、ご一緒いただいても?」


 言われたミシェルの方も「いいわよ」とあっさりしたものだ。そうして2人と1匹は転移魔法で一瞬にしてその場から消えたのだった。




 そのころ王宮の執務室で書類を見ていたウィリアムは、手に持っていた書類の束を机の上に投げ出した。


「来たな」


 そう言うと、まるで待っていたかのように今はまだ何もない空間を見つめる。

 数秒後、その空間には予想通りの人物が現れた。


「ようこそ、と言いたいところだが不法侵入だよ、ローズ嬢。いくら婚約者でも手続きを無視してはいけないな」

「心にもないことを言わないでもらえるかしら?先に非常識な招待を出したのは殿下ではありませんか」

「さて、非常識とは心外だな」


 楽しそうに机の上で両手を組むと、ウィリアムはローズとミシュレを見据えた。


「どうせ私たちが来る事なんてお見通しだったのでしょう?さっさとどういう事か説明してくださる?」


 目の前に掲げられたミシュレ宛ての書状を見たウィリアムが「あぁ、それか」と笑った。


「婚約者の師匠が『あの』ミシュレ様とあっては利用しない手はないだろう?ここ最近物騒でね。できれば一気に片をつけたいと思っていたところだったからな」


 そのセリフにミシュレが呆れたように返す。


「だからって結婚式を利用して反逆者を炙りだして一気に叩くなんて私の趣味じゃないわね」

「おや?弟子の晴れ舞台を守ろうとか思いませんか?」

「思わないわね。弟子は別に私の保護対象じゃないのよ」

「残念。それならばローズ嬢、君だけでも手伝って貰わないといけないな」

「手伝うなんて言ってませんわ」


 不機嫌を隠しもせずに言うと、ウィリアムの目がすっと細められた。


「いいや、君は手伝うよ。何故なら君が手伝わなければ君も…この国も滅びるかもしれないのだから」


 突然告げられた言葉の意味を図りかねたローズは言葉を飲み込んだ。ここで迂闊な事を言うべきではないと思ったのだ。


「賢い人間は好きだよ」


 口元に小さな笑みを浮かべながら、ウィリアムは立ち上がるとソファへと向かうと、ゆっくりと腰をおろした。そしてローズとミシュレにも向かい側に座るよう促した。

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