決意表明
きっぱりと告げられたありえない言葉にほんの僅かだが、王太子の眉が動いた。
「随分はっきりと言うな。そんな事が許されるとでも?」
「許してもらう必要などありませんわ。私の人生は私の物です試験結果などに左右されるつもりはありません」
「それならばどうして試験を受けた?」
ローズの言葉を楽しそうに聞いている王太子に怒っている様子は見えない。
だが、油断はできない。
「この試験のばかばかしさを証明しようと思いまして」
「証明?」
「私は私の力で試験結果などに従わない人生を送ってみせます」
あえて試験を受けた上でその結果とは違う人生を選び取る。そう言い切ったローズに王太子が「気に入った」と呟いた。
「やはり、私の妃はそなたしかいないな」
「人の話聞いてました?」
もはや口調を取り繕う事すら諦めたローズの左手をいつの間にか椅子から立ち上がっていた王太子の右手が強引に掴む。そのまま流れるようにその指先に口づけを落とす。
「ローズ・ウェルズリー、私は必ずそなたを妃にするぞ。覚悟しておけ」
いっそ冷酷とも言える表情で告げられた言葉に流石のローズも一瞬言葉に詰まった。そんな彼女の様子を満足気に見つめると、王太子はもう用は済んだとばかりに立ち上がり、扉の外に声を掛けた。
その扉の向こうから現れたのはリチャードだった。
「お兄様!?」
とても…とても嫌そうな表情で王太子に向かって礼をしたリチャードが「お呼びでしょうか、殿下」と言えば、こちらは逆に楽しそうなウィリアムが「ローズ嬢を家まで送っていけ」と命じた。
「そうそう、リチャード。ローズ嬢は非常に素晴らしい令嬢だな。まさに王太子妃に相応しい」
「………恐れ入ります」
「では、頼んだぞ」
そう言って部屋を出ていったウィリアムの足音が聞こえなくなってから、二人は深い溜息を吐いた。
「ローズ、お前何をした?」
「何もしてないわ。試験を受けて、王太子妃に決まったけどお断りをしただけよ」
帰りの馬車の中で兄と妹は予想と違う展開に確かに戸惑っていた。
「なんなのあの王太子、人の話全然聞かないのね」
「こら、言葉遣い」
一応窘めたものの、リチャードもそれ以上強く言う事はなかった。
「それにしてもあの王太子が令嬢を気に入るなんて聞いたことないぞ」
ぽつり、と呟いた兄の言葉をローズは聞き逃さなかった。
この国では試験によって定められた相手が絶対とはいえ、兄とメアリーのように恋愛をしてはいけないという事ではない。だから王太子ともなれば、思いを寄せるまでいかなくても、親しくしている令嬢がいてもおかしくはない。
それなのに本当に浮いた噂一つないのだ、この国の王太子は。
「実は女性に興味がない…なんてことないわよね?」
「こら、いい加減にしろ。憶測でものを言っていい御方ではない」
「…ごめんなさい」
王太子の側近も勤める兄に窘められれば、ローズも黙って従うしかない。
やがて二人の乗った馬車がウェルズリー家に到着すると、二人は両親がいるというサロンへと向かった。リチャードも今日はこのまま帰宅していいことになっているという。
「まさか王太子に気に入られるとは思わないじゃないか」
「本当ですよ。急に王宮から呼ばれたと思ったら『ローズを送っていけ』ですからね」
「冗談じゃないわ。あんな底意地悪そうな王太子と一緒になるなんて嫌よ」
「でも、せめてリチャードとメアリーの結婚が終わるまでは大人しくしていて貰えると嬉しいわ」
突然の母の言葉に一番驚いたのはリチャード本人だった。完全に動きが止まってしまった兄を見て、全員が「あぁ、そうか」といった表情を浮かべる。
「そういえばお兄様はまだ知らなかったのよね」
「今日の試験でメアリー嬢の伴侶としてお前が選ばれたのだよ」
「良かったわねぇ。これで私たちも安心だわ」
ウェルズリー家の跡取りに無事相手が決まっただけでなく、その相手が兼ねてより本人が想いを寄せていた相手となれば、両親が手放しで喜ぶのは当たり前だ。だがいきなりその事実を知らされたリチャードはたまったものではない。ローズの話をしていたと思ったらいきなり自分に話が飛んできたのだ。
「そ、そういう話は先にお願いします…」
がっくりと肩を落とした兄にローズが「嬉しくないの?」と問いかければ「そんなはずないだろう!」と食い気味に否定された。
「良かったわ…おめでとう、お兄様」
心の底からの笑顔でそう告げると、リチャードも今度は素直に「ありがとう」と答えた。
「あとでグレンヴィル家に挨拶に行ってきます」
「そうしなさい。きっとメアリー嬢も待っているだろうからね」
「はい」
その後、衝撃から立ち直った兄も交え、今後の対策を相談する。流石に家存続の危機までは想定していたが、王太子からローズ自身を望まれるとは思っていなかったのだ。
「それにしてもどうして王太子はローズの事を…?」
試験を見ていなかったリチャードが首を傾げると、両親も不思議だったようでローズを見つめる。
「私なら自分で自分の身を守れそうだから、って言われたわ」
確かにローズほどの魔力があれば、護衛すらもいらないかもしれない…と3人は思ったが、それを口に出す者はいない。
「で、受けるのか?」
「もちろんお断りしまs。王太子殿下のために魔法を磨いてきたわけではありませんもの」
「では、これからどうするつもりだい?」
この国で試験制度のルールに乗らなかった貴族の前例はない。まして今のローズの身分は侯爵家令嬢で王太子妃となる身だ。
「とりあえずお母さまのおっしゃる通りお兄様の結婚が終わるまでは大人しくしていますわ。流石にすぐに王太子殿下と結婚とはならないでしょうし」
王族の結婚には準備に時間がかかる。確実に自分より兄の結婚式の方が先なはずだ。
「でも…メアリー様にご迷惑を掛けてしまうかもしれないわ…」
自分がやった事とはいえ、これからのウェルズリー家の事を考えると、メアリーを巻き込むべきではなかったかもしれない、と少しだけ思う。するとリチャードがローズの肩を安心させるように軽く叩いた。
「心配することはない、彼女の事は僕に任せておいてくれたらいい」
「お兄様…」
少しだけしんみりした雰囲気になったサロンに突然ポン!という音が響くと、黒猫が姿を表した。
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