王太子ウイリアム

 この時をもって、あくまでも公的にはローズは王太子の婚約者となった。公式発表はまだだが、すぐに公然の秘密となるのだろう。


「さて…どうしようかしら」


 結果の紙を持ったまま考え込んでいたローズだったが、ゆっくりとその場を離れると両親の元へと向かう。

 そして結果が記載された紙を渡すと、両親は苦笑いするしかなかったようだ。目の前であれだけの実力を見せつけられれば結果は必然だった。

 そんな親子の様子に一緒にいたメアリーは困惑した表情を浮かべている。それはそうだろう。普通なら王太子が伴侶として選ばれた時点で喜ぶべきことなのだ。しかしメアリーも王太子の噂は聞いているのか、素直におめでとうとは言いづらいようだった。


「メアリー様、お気遣いは無用ですわ。どうぞお気になさらず。でも今日のところは失礼いたしますね」


 試験前と変わらぬ笑顔でそう言ったローズにメアリーもやっと笑顔を見せた。


「はい、どうぞお気をつけて」


 とりあえずは兄とメアリーが無事結婚できること、家に迷惑を掛けない事を優先に穏便に動こうかしら…などと考えながら外に向かっていると、引き留める声があった。


「待て」


 小さくとも良く響く声に、ローズと両親は小さく溜息を吐くと声の主に向かって振り返り、そのまま最上級の礼をした。


「ローズ・ウェルズリーだな。顔を上げろ」


 その言葉に従いゆっくりと顔を上げると、ローズは先ほどから自分を見つめていた視線の主と視線を合わせた。


「ウェルズリー侯爵、彼女と二人で話がしたい。構わないな?」


 つい先ほど自分の婚約者に選ばれたローズと二人きりになりたいという王太子に両親はそっとローズを見た。そして大丈夫だというように小さく頷いた娘から王太子に向き直ると、王太子に了承の旨を伝える。


「帰りは送らせる」


 それだけを言うと、さっさと歩き出した背中をローズが追いかける。その二人の背中が消えるまで見送った両親はもう一度、小さく溜息を吐いた。


「忙しくなりそうだねぇ」

「そうですね」


 二人は半年前からこの日のために様々な準備をしてきた。それこそこの国で爵位を剥奪されても悠々自適に暮らしていけるくらいの準備は済ませてある。いざとなったら他国に亡命する手筈も整えている。

 だけどできれば穏便に、と思ってしまうのは仕方ないだろう。やがてすべての試験が終わったのか、会場から次々と人々が出てくるのに合わせ、二人も馬車へと向かったのだった。




 ローズは王太子のあとに続きながら、慎重に周囲を観察していた。

 この試験会場は王宮から少し離れた場所にあるとはいえ、王家が所有する建物だ。そのためか華美ではないものの、品の良い建物だった。

 その中でもおそらく王族専用だろう部屋に連れてこられたローズは王太子と向かい合わせに座っていた。


「今日の試験、なかなか興味深かったぞ」


 そう言われて「どこがでしょう?」と聞き返すほどローズも馬鹿ではない。

 そのまま無言を貫いていると、右肘をひざ掛けに置きながらゆっくりと足を組んだ王太子が面白そうに続けた。


「試験結果をその場で書き換える度胸、試験で見せた高度な魔法とそれを支える魔力の多さ。これほど条件に合う令嬢は他にいないだろう」

「条件、ですか?」


 怪訝そうな表情に変わったローズに王太子が小さく笑った。まるで獲物を前にした獣のようだわ、なんて思いながらローズは彼の次の言葉を待った。


「そう、条件だ。知ってのとおり私には敵が多い。だが彼らが私に手を出す事はできない。そこで矛先が向かうのが…」

「その妃、というわけですね」

「その通り。だが残念ながら私は忙しくてね。妃まで護ってやる余裕はない」


 それはつまり自分の身は自分でを守れということか。随分勝手なことだ。

 ローズは王太子の前にも関わらずはっきりと溜息を吐くと、呆れた口調で言葉を返す。


「私ならそれが可能だと?」

「そうだ」

「残念ながら私は王太子妃になるつもりはありません」

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