試験本番 (2)


(面白いな)


 今年の受験者の中に自分の婚約者候補がいるという噂を聞いて会場に来てみたが、予想以上に面白いものが見られたようだ。


「まさか試験官達に気づかれずに結果を書き換えるとは…やるじゃないか」


 そう呟いて見つめていたら、視線に気づいた少女が自分を見つけた。だがその表情は驚きではなく、まるで自分を睨んでいると言った方がいいものだった。

 令嬢から向けられるには強すぎる視線に、ウィリアムはほんの少し口の端を上げて笑った。


「お手並み拝見だ」


 ウィリアムは近くにいた側近に「彼女の順番が来たら呼べ」と言うとその場から立ち去った。

 一方ローズは確実に自分を見ていたであろう王太子が立ち去る直前、自分を品定めするように見たのが気に入らなかった。


(多分、気づかれたわよね)


 おそらく自分が結果を書き換えた事を王太子は知っているだろう。

 その上で何も言わなかったということは、自分を試すつもりに違いない。あの去り際の表情がすべてを物語っている。

 そしてその間にも試験は着々と進んでいたが、今年は自分の試験が終わっても一人として帰るものがいないのが妙だった。

 例年なら自分の結果が出れば早々に試験会場を後にするものだが、誰も帰ろうとしない理由は1つしかないだろう。


(私待ちってことかしら)


 ローズはさりげなく、だけど確実に自分に向けられている多くの視線をうっとうしそうに軽く頭を振って振り払った。

 幸い自分の順番まではもう少し時間がある。

 少しだけ外の空気を吸って気分転換をしてこよう。


「お父様、少し外の空気を吸ってきますわ」

「予定より試験が早めに進んでいるようだ。遅れないように戻ってきなさい」

「はい」


 軽く礼をすると、隣にいたメアリーに小さく微笑み掛けてから、ローズは会場の外に出た。

 するとそこには見慣れた姿。


「リア!来てくれたの?」

「別に心配したわけじゃないにゃ。自分とミシュレが教えて失敗などするわけがないのにゃ」


 そんな憎まれ口を叩くくせに、視線はローズの頭からつま先まで異常がないか、緊張していないか心配するように見てくるものだから、ちょっとくすぐったい。


「そうよ、安心して見ていてちょうだい。会場をあっと言わせてみせるわ」


 自信に満ちたセリフにリアは当然だというように、小さくしっぽを左右に振った。




 それから10分ほどして、ローズの順番がやってきた。


「ローズ・ウェルズリー嬢」


 名前が呼ばれた途端、会場が静まり返る。

 彼女のほんのささいな動きさえも見逃さないとでもいうように向けられた数多くの視線。

 その中でも一番強いのは先ほど感じた階段の上から向けられた視線だ。

 間違いなく王太子が自分を見ているのだ。


(でも、関係ないわ)


 ローズは試験官の前に立つと課題を受け取った。課題は全員同じでは無いが、一つ目の課題だけは共通となっている。


 それは目の前にあるダイヤモンドに結界を張ること。

 ダイヤモンドは王族のための宝石だ。

 それに対して結界を張るという行為は、いざというとき王族を護るための結界を張る強さを示す事になる。

 しかし王族のための宝石だけあってその波動は強く、結界を張ることすらできない者も少なくない。

 それにも関わらずローズは軽く右手を振っただけでダイヤモンドそのものの形に強固な結界を張ってみせた。

 その結界を確認しようとした試験官達は誰一人として、ダイヤモンドに触れる事すらできなかったほどだ。


「これほどの力とは…」


 試験官達の口から困惑と感嘆の混じった呟きが漏れる。


 続いて試験官から会場の指定された2地点間で物質の移動を行うよう指示される。

 移動させるものはなんでも良く、会場には小さなものから大きなものまで対象となる物質が用意されていた。

 だがローズはそれらには見向きもせず、自分自身が片方の地点に立つと、やはり軽く右手を振っただけで、自分自身をもう片方の地点へと転移させた。これには思わず会場からも驚きの声があがる。

 転移魔法は移動魔法よりも高度な魔法なだけでなく、人を転移させることは王族といえどもできる者は限られる。おそらく現在この魔法が使えるとしたら、王太子くらいだろう。

 つまり、この時点でローズの魔力と魔法の能力は王族にも匹敵することが証明されたといえる。

 一向におさまらない会場のざわめきに、試験官が「静粛に」と声を上げる。再び静かになった会場に、試験官が3つ目の課題を告げた。


 3つ目の課題は攻撃魔法を使って指定された物質を破壊せよ、というもの。

 最後の課題では魔力を使った攻撃力を見る。

 この国の貴族は魔力が強いゆえに、戦争などが起これば最前線で戦う義務を追う。多くの魔力を持たない民衆を護るのも貴族の役目だからだ。

 だがそれゆえに能力は常に高く保つ必要があり、この試験のような制度ができたのだろう。

 ローズもその考え方自体に反対はしていない。だが、そのための犠牲は少ない方がいいに決まっている。


「攻撃対象はこれを。わかっているだろうが、周囲への被害は最小限にするように」


 試験官が用意したのは、不用意に攻撃すれば広範囲を破壊するであろう、まるで爆弾とも言えるようなものだった。もちろん普段の試験ならこんな危険な物質が用意されることはない。

 驚いた試験官の一人が止めようとしたが、物質を用意した試験官が何か耳打ちすると、何事もなかったように口を噤んだ。


(王太子殿下の指金って事ね)


 おそらく自分が失敗したとしても王太子が会場の人々を護ってくれる事になっているのだろう。


(…周囲を巻き込まずにこれを破壊すればいいんでしょう?)


 ローズは胸に下げていたローズクォーツのペンダントを外すと、左手に握りしめた。

 そして左手ごと右手で覆うと、淡く光るローズ色の光を攻撃対象の周囲10センチ程度の大きさまで広げ、その光で攻撃対象を覆って結界を張る。

 次に今度はローズクォーツを右手に持ち替えて右手を結界の中の物質に向けて振り下ろすと、攻撃対象の物質が炎に包まれる。そして驚くべきことに、炎に包まれた一瞬後には跡形もなく消え去っていた。しかも爆発音すらしなかった事に会場の人々のみならず、試験官達すらも言葉を失った。

 物質のあった場所に残っていた淡くローズ色に光った結界が消えると、会場がわっと歓声に包まれた。


「静粛に!」


 試験官の声が響くと、再び会場がしん、と静まり返る。


「ローズ・ウェルズリー嬢、試験は以上です。結果が出るまで少々お待ちください」

「はい」


 大人しく結果を受け取る場所へと移動しながら、ローズは階段の上の気配が消えた事を確認する。

 目の前で、やはり誰も持っていないペンがさらさらと動いているのを見つめる。

 やがてペンが止まると、内容を確認した試験官が満足したように小さく頷く。

 試験官はローズに結果を渡すと、次の受験者の元に向かっていった。

 ローズの手に残された結果はある意味予想通りだった。


「すべての魔力ランク:最高レベル。伴侶:ウィリアム・シェラード」

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