試験本番 (1)

 正式にミシュレの弟子になって1年。

 その頃にはローズの魔力の素晴らしさは誰もが認めるところとなり、今年の試験ではローズが王太子の婚約者に選ばれるだろうと専らの噂だった。


「そろそろ試験だな」


 久しぶりに休みの取れた兄が、サロンで一緒にお茶を飲んでいたローズに声を掛ける。


「えぇ。準備は完璧ですわ」


 今では全属性の魔法を完璧に操るだけでなく、この国では王太子しか使えないと言われている転移魔法も使えるようになっていた。魔法の実力だけなら王太子と同等の力を持つと言っていい。


「まぁ、結果は見えている気がするが…。あの王太子殿下とローズじゃ水と油だろうな」


 今年17歳になる王太子には、王宮勤めの兄は普段から相当苦労させられているようだった。


「そんなに性格が悪いのですか?」

「悪い…というか、何をお考えなのかさっぱりわからないな」


 肩をすくめ、お手上げだという兄にローズは呆れてしまった。

 もちろん兄にではなく王太子にだ。

 家臣にそんな風に思われている王太子ってどうなのよ?と思ってしまう。


「いくら外見が良くて優秀でも絶対にお近づきになりたくないわね」

「敵も多いしね」


 王太子という身分である以上、ある程度仕方ないとはいえ、無駄に敵を作るのだ。あの王太子は。

 そう言って溜息を吐いた兄には同情するが、自分は無関係でいたいと思ってしまうちょっと薄情な妹であった。


「そういえば…まだお兄様にはお相手は現れていないのよね?」

「あぁ、そうだね。こればっかりは自分ではどうしようもないしね」


 女性が相手を選べないように、実は男性側も相手は選べない。自分に合った相手が現れるまでただ待つしかないのだ。だがローズは兄が密かに思いを寄せている令嬢がいるのを知っている。


(確か今年が試験だったわね)


 自分と同い年の可愛らしいという言葉がぴったりな彼女の笑顔を思い浮かべる。彼女の相手に兄が選ばれてくれればいいと思っているが、現実問題として男爵家の令嬢である彼女は家柄、魔力の量から言って選ばれる可能性の方が低い。


「ねぇ、お兄様。恋愛結婚がしたいですか?」

「………は?」


 何を言われたのかわからないといった表情をした兄だったが、すぐにローズの言いたい事を察したらしい。驚きから苦笑に変わった表情がすべてを物語っていた。


「ローズ、お前は何も心配せず自分の思う通りに生きていいんだ。だから余計な事は考えるんじゃないよ?」


 暗に自分のために余計な事はするなと釘を刺す兄に、ローズは納得がいかない表情ながらも黙って頷いた。このすべては試験次第という現実が本当に腹立たしい。


(私のわがままにこれ以上巻き込んではいけないけれど…)


 それでもやっぱり自分にできる事ならなんとかしてあげたい。


(そうだ!結果を書き換えてしまえばいいんじゃないかしら?)


 おそらく自分の今の力なら余程の事がない限り失敗はしないだろう。試験官本人に魔法を掛けないといけない場合はちょっと厄介だが、やってできないことはないはずだ

 万が一発覚したとしても、侯爵家の令嬢で、おそらく全貴族の中で王族に匹敵する魔力を持ち、最高の魔法を操る自分ならばいくらでも強気に出ることはできる。

 そしてそれでもダメなら国外に出ていばいい。

 絶対に国の言いなりにはならない、とローズは改めて心に誓ったのだった。




 そして試験当日。

 ローズは試験会場に向かう馬車の中にいた。

 一緒に乗っている両親は覚悟を決めているのか、穏やかな表情でローズを見ていた。

 兄は仕事のため一緒に立ち会えないと昨日の内に言われていたので、ここにはいない。


「ローズ、気にする事はない。お前の好きにしなさい」


 最悪家ごと取り潰される事も覚悟しなくてはいけないのに、両親は何でもない事のように言う。確かに王族以外では国内有数の権力を持つウェルズリー家ではあるけれど…。


「もしもの時は私が必ず護りますから」


 真っすぐに自分たちを見る娘の目に両親はそっと微笑んだ。



 馬車が試験会場に着き、ローズ達が試験会場へと向かうと会場には緊張した空気が流れていた。そしてローズが会場に足を踏み入れると、空気に更なる緊張感と、ほんの少しの好奇心が上乗せされる。

 これまで助けを求められた時など、ことあるごとに自分の強さを隠す事なく周囲に示してきたローズにとって、会場内の空気は想定内だった。

 試験の結果を拒否したとしても、「これだけの身分と高度な魔法を操るものを無碍にはできない」と思ってくれればラッキーだ。

 そして実際にローズの能力の高さは同世代でも抜きんでており、もはや誰もがその実力を認めざるを得ない状況になっていた。

 ローズはゆっくりと辺りを見回して兄の意中の女性を見つけると、ゆっくり近づいて挨拶をする。


「ごきげんよう、メアリー様」

「ローズ様、ごきげんよう」


 二人はにこやかに挨拶をかわすと、他愛もない会話に花を咲かせた。

 会話をしている間に、ローズはメアリーが手にした試験を受ける順番が書かれた紙を横目でちらり、と確認する。


(3番目…ね。早めに来て良かったわ)


 試験は事前に贈られてきた書類に記載されていた順番通りに行われる。

 ローズは今年の試験の中でも重要人物扱いなのか、ほとんど最後に近い順番だ。

 それにも関わらず、早めに来たのにはもちろん理由がある。


「メアリー・グレンヴィル嬢」


 試験官の声が会場に響く。

 緊張した表情のメアリーにローズが声を掛ける。


「きっと大丈夫ですわ」


 人生が決まるといっても大げさではない試験だ。

 緊張するのは当たり前だが、メアリーはそれだけが理由ではないほど緊張しているのがわかる。


(メアリー様もお兄様が好きなのよね…)


 夜会では節度を保ちながらも楽し気に語らう二人の姿を何度も見ていたローズだからこそ、二人が両想いである事はわかっていた。

 だからこそ二人には幸せになって欲しい。


(お兄様には余計な事はするなと言われていたけれど…)


 目の前で進むメアリーの試験を見つめながら、ローズは試験官が結果を書き記す紙に神経を集中させる。

 やがて試験の終わりを告げる声と同時に試験官の持つ紙の上で、『誰も触れていないペン』がさらさらと動いていく。

 どうやら試験結果は受験した者の結果を元に試験官が管理する魔道具で自動的に導き出され、紙に記載されていくようだった。


(魔法で動くものなら、操るなど容易い事だわ)


 ローズは誰にも気づかれないように魔法でペンの動きを操り、結果を書き換える。

 そして記述が終わった試験結果が試験官からメアリーに手渡されると、それを見たメアリーがその場で泣き崩れた。


(まさか失敗!?)


 焦ったローズはメアリーに駆け寄ると、そっと肩に手をおいて声を掛けた。


「メアリー様、どうなさいましたの?」

「ローズ様…」


 俯いていた顔を上げたメアリーの表情は嬉しさに溢れていた。

 その事にほっとしたローズに、メアリーが結果が記載された紙を見せてくれた。

 そこには確かに「伴侶:リチャード・ウェルズリー」と記載されていた。


「おめでとう!これからはメアリーお義姉さまね」

「ありがとう…嬉しい」


 まだ泣き止まないメアリーが両親と共に、自分の両親に挨拶に向かうのを見送ったローズがほっと息を吐いたその時だった。

 鋭い視線が自分に向けられている事に気づいたローズはゆっくりと室内を見渡す。やがて試験会場を見下ろす階段の上に立つ人物と視線がぶつかった。

 少し青みがかった漆黒の少しクセのある髪にサファイアのような深い青の瞳。180センチはある身長に均整の取れた身体。

 近衛騎士の紺色の制服を着ているが、何度か夜会で彼を見かけた事のあるローズにとって、それが誰であるかなんてすぐにわかった。

 何よりどんな令嬢も虜にできるだろう、こんな美貌の持ち主はそういない。


「…王太子殿下」


 自分を感情の見えない冷たい視線で見つめていたのはこの国の王太子、ウィリアム・シェラードその人だった。

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