私を弟子にしてください (2)
その翌日から毎日自分の元に通ってくるローズにミシュレが「毎日来るとは思わなかったわ」と呆れたように言うと、元気一杯の声が返ってくる。
「だってあと2年しかないんですよ?本当なら住み込みたいくらいです!あ、両親にはきちんと許可をもらっていますので!」
両親にはきちんと言っているというが、それならなおのこと毎日通ってきているのが不思議というものだろう。
「流石ローズのご両親って事かしらね」
普通なら令嬢が一人でこんな森の奥に通う事など絶対に許されないだろうに、ローズの様子からすると本当に家族公認のようだ。
一応、なんだかんだで面倒見のいいリアが、遅くなった時などは家まで送っているらしい。
「ローズ、さっさとくるにゃーっ!」
遠くの方からリアの声が聞こえてくると、ローズは挨拶もそこそこに慌てて走っていく。
その後ろ姿を見ながらミシュレが楽しそうな笑みを浮かべる。
「結構良いコンビになるかもね」
小さく呟くと、ミシュレは屋敷の中へと姿を消した。
「リア、今日は何をするの?」
リアの元に着いたローズが尋ねると、リアの右前足が宙に浮いているローズクオーツを指した。
「ローズクォーツ?」
自分と同じ名前を持つ水晶に、ローズが首を傾げる。
「ローズの魔力と一番近い波動を持つ石にゃ」
この国では大きな魔法を使う時は自分の波動に一番近い石を使うのが一般的だ。その石は人によって異なる。唯一の例外は国王と王太子で、この2人だけはダイヤモンドと決まっている。
普通は15歳の試験の結果で自分にあった石を知る事が多いのだが、別に試験前であっても問題はない。ほとんどの家ではわざわざ自力で子供に合う石を見つけるなどという手間を掛けていないだけだ。
しかし今回はローズに合った石をリアが確認してくれていたらしい。
リアに促されて直径5センチほどの球形のローズクォーツを手に取ると、ほんのり暖かい。リアによれば、自分の魔力に反応しているらしい。
「今日はそれを使ってローズの魔力量を確認するにゃ」
現時点での魔力量とコントロールを確認し、1年後にどれだけ成長したか確認するのだという。その時の結果によっては弟子入りができなくなるとあって、ローズの表情が引き締まる。
「左の手のひらにローズクォーツを載せて、上から右手で覆ったら、ゆっくりと魔力を注ぎ込むにゃ」
「こう?」
リアに言われるまま魔力を注ぎ込むと、右手を通り抜けてまっすぐ上に光の柱が現れた。
その柱はすぐ近くに生えていた高さ10メートルほどの木の先端まで伸びていくと、すぐに消えてしまった。
「え…っと、これってどれくらいだったの…かしら?」
空中に浮かんだメモらしき板に魔法でメモしていくリアにローズが心配そうに尋ねると、リアは「教えないにゃ」と言ってメモの板を隠してしまう。
だが、これだけは伝えなければと思ったらしく、珍しく真剣な目をローズに向ける。
思わず背筋を伸ばしたローズに、リアが告げた。
「ローズは全属性の魔力を持ってるにゃ」
「え?」
リアの言葉にローズが驚きの声を上げる。それも当然だろう。普通、魔力は1つの属性を持っているものだ。複数の属性を持っている事も無いとは言わないが、かなり珍しい。それが全属性となるとこの国でもいるかどうか。
「私…今までは火の属性だと思っていたのだけど…」
「それは一番強い属性だから目立ってただけにゃ」
他の属性を持っているとは思わず、リアの言う通り、一番最初に認識した火の属性が自分の属性だと思っていたのだ。
「…ということは…?」
全属性を持っているなんて人には会った事がないし、突然言われてもどうしたらいいのかわからない。そう思って恐る恐るリアにお伺いをたててみる。
「死ぬ気で魔力制御を覚えるにゃ」
リアの金色の瞳が楽し気に光ったような気がしたのは気のせいだと思いたかったが、その後の訓練の厳しさが各段に上がった事で、ローズは自分の置かれた状況を正しく理解したのだった。
その夜、ミシュレがリアに様子を尋ねると、ほんの少しだけ楽しそうなリアの声が返ってきた。
「鍛えがいがありますにゃ」
「どのくらい?」
「魔力量だけなら、既に今の王太子レベルと同じくらいありますにゃ」
現在15歳の王太子は、歴代王族の中でもトップクラスの実力を持っていると言われている。
そんな彼よりも年下のローズが同程度の魔力を持っている事を知れば、国中の注目を集める事は間違いないだろう。
「…それならばなおのこと、しっかりコントロールできないとダメね」
ほんの少し厳しい表情になったミシュレに同意するようにリアがしっぽを軽く振る。
「頼んだわよ、リア」
「おまかせですにゃ」
---それから1年後。
ローズは1年前のあの日と同じ場所で、ミシュレとリアの前でローズクォーツを手にして立っていた。
「いきます」
一度深呼吸をすると、ローズは右手を左手に載せ、目を閉じて手の中のローズクォーツに意識を集中する。
そのまま慎重に魔力を注ぎ込んでいくと、やがて淡いローズ色の光に包まれた手から1年前と同じように空に向かって光の柱が伸びていく。
だが一年前とは違い、伸びていく光の柱はやがていくつもの蔓のように分かれると、その先端に見事な薔薇の花を咲かせていく。
それらが周囲の木々の上をまるで虹のように掛かっていく様を、リアが嬉しそうにしっぽを振りながら見上げている。
そう、あの日単純な光の柱しか出せなかったローズは1年経った今、さらに遠くまで魔力の柱を伸ばすだけではなく、繊細なコントロールを駆使し、美しい薔薇のアーチを掛けられるまでになっていたのだった。
ローズが掛けた薔薇のアーチは5分ほどでゆっくりとその姿を消していった。やがてゆっくりと息を吐いたローズが目を開けると、唐突にリアを抱きしめる。
「リア!できたわ!綺麗な薔薇だったでしょう?」
「痛いにゃ!離すにゃっ!」
ジタバタと暴れるリアだったが、決してローズに爪を立てたりはしない。つまり本当に怒っているわけではないのだ。それがわかるからローズもぎゅっと抱きしめたまま、ミシュレを見た。
「あ、あの…どうでしょう…?」
一転して不安そうに自分を見たローズには直接答えず、ミシュレは「リア」と呼びかけた。
「…合格にゃ」
ぷい、とローズから視線をそらしたリアの言葉に、彼女の表情がぱぁっと明るくなる。
そしてミシュレは「やれやれ」といった表情でローズの頭を軽く撫でた。
「リアの合格が出たんじゃ仕方ないわね。今日からあなたは私の弟子よ」
こうしてローズはようやく最強の魔法使いへの一歩を踏み出したのだった。
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