標石がもたらすものは
怒りん坊の仲間を増やして
「なんかこう、どうにかならないのか? 瘴気消えろーみたいな感じで」
「なるわけないでしょバカじゃないの? もっと真面目に考えてよ」
「でも、テトのやつも無理無理言ってたけど熱湯出せたし、エルだってやれば案外できちゃったりさ」
エルは俺にそう言われて、「うーん」としきりに首を捻って思い悩んだ末、
「しょ、瘴気。き、きえろー」
と正面に両手のひらを突き出した。が、なにかが起こった気配はない。手に持った標石の色も変わらなかった。徐々にエルの顔が赤く染まっていく。
「ほら、やっぱりなんにも起きないじゃない! ただわたしが恥かいただけじゃん!」
エルがぽかぽかと俺の肩に拳を打ちつける。
「いや、勝手にポーズをとりだしたのはエルだろ。俺に責任をなすりつけるなよ」「うっさい。この世における悪いことは全部あんたのせいだ!」
挙句の果てに諸悪の根源にされた。まったく、俺はどこのラスボスだ。
エルがへそを曲げたことにより本日の浄化魔法開発訓練は終了。怒ったエルはさっさと就寝し、俺は食卓でテトと標石について話していた。
俺とテトが死の洞窟から帰還して3日。そのうちの一日はほぼ丸一日寝ていたらしいので、体感2日。その間俺たちはもっぱら浄化魔法の開発と標石の仕組みを調べる、というよりは神父様の持っている情報が正しいのかを確かめていた。
「やっぱり神父様の話しの通り、標石が接触したのが生き物だった場合は持ってる魔核の色と同じ色に変化する、で間違いなさそうだな」
鶏や牛など屠畜をした家畜の魔核の色を確認した結果、俺たちはそう結論づけた。
「孤児院のみんなと、動物でも嫌というほど試したんだ。人で確かめるわけにもいかないけど。まあ、ほぼ確定と言っていいんじゃないかな。」
と、なるとだ。俺は机の上にある標石に指で触れる。即座に標石はその色を赤色に変えた。光に照らされたワインのような、深く、それでいて透き通った赤。
俺は魔物の持つ、あの濃い紫色の魔核を思い浮かべる。孤児院のみんなにはすでに標石に触れてもらい、大雑把にだがそれぞれの色を確認している。エルとヨルは薄ピンク。俺とテト、そして神父様は赤だった。
俺に魔核が形成されたのはほんの数ヶ月前。だというのにこの世界で十年以上暮らしているテト達と同じ汚染度とは。
まあ予想通りといえば予想通り。俺の瘴気への耐性が皆無なのは最初から分かり切っていたことなので、落ち込みはしなかった。
しかし、孤児院の中で一番の年上であるはずの神父様の魔核がまだ俺と同じ赤色だったことには驚いた。一体俺の何倍瘴気への耐性があるのだろう。ホッとすると同時に、少し羨ましいと思ってしまう。
「じゃあ、確認もできたし、行くんだろ?」
「ああ。色々と急かして悪かったね。疲れてるだろうに」
「いや、疲れてるのはテトも同じだろ。それに神父様に体は治してもらったわけだし」
「キュアをあまり過信しないほうがいいよ。あれは、精神まで治せるわけじゃないからね」
「へー、そうなのか」
さすがの魔法といえど、精神的な疲労までは癒せないのか。
「疲れた時は食って寝るのが一番だ。魔法があるからといって、そこを疎かにしてると、体は良くても心が使い物にならなくなる。覚えておくといい」
「そもそもそんな頻繁にキュアをかけてもらうほど痛い思いをする気はないけどな」
「二回も自分から死にかけたやつが言っても説得力がまるでないね」
「はっ」とテトは鼻で笑った。
「誰がいつ自分から死にかけたって言うんだよ」
「マルベルに刺されたので一回。死の洞窟に同行したのでもう1回」
ほら、二回だとテトはチョキの形にした手をカニのように開閉した。
「それは両方不可抗力……」
でも、なかったか。確かにそのどちらも俺は自分の意思で危険へと飛び込んでいた。
「これから先が楽しみだね」
「人を自殺志願者みたいに言うなよ。俺には叶えなきゃならない夢があるんだ。そう簡単に死んでたまるか」
「ふうん?」
実に懐疑的な目がぼくを射抜く。
でもその言葉は本心だった。だけど同時に、夢を叶えるために必要なら俺はまた同じように危険に飛び込んでしまうだろうという自覚もあった。
でも大丈夫だ。俺だけだったらすぐに死んでしまうかもしれない。でもきっとテトが助けてくれる。ヘドが出るほどに他力本願でテトには悪いけど、でも仕方ないだろう。だって、テトは俺の泥舟に乗ったのだから。
俺に船を漕ぎ続ける義務があるように、テトには漕ぎ手を守る義務がある。
「じゃあ、行くか。ハンターギルドに」
「ああ」
やっとこさ手に入れた標石。まずはそれを使って、ハンターの寿命なんていうクソみたいなものを撤廃させるために。
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