第15話 相棒

 現場上空につくまでの短い間で、ジュリアンは落ち着きを取り戻していた。どんなときでも自分を律することができる強い人だ。


「それで、お前たちはどうするつもりなんだ? 逃げるなら早くしろ。巻き込まれるぞ」


「……」


 ガスパールが結界の外を凝視したまま言う。


 ブルクハルトたちが逃げたなら、ガスパールたちは増援が来るまで二人だけで結界を破ってくる魔獣と対峙することになる。ガスパールたちは分かっていて戦うのだろうが、確実に無事ではすまない。ブルクハルトがいれば勝てるというわけではないが、ガスパールが聞いてくるのだから足手まといにはならないのだろう。


 それならば、ブルクハルトの答えは決まっている。


【俺も戦う。ジュリアンに、竜騎士になって一緒に戦う覚悟があるか聞いてくれ】


【ジュリアンと竜騎士契約を結ぶんだね?】


【ああ、そうだ】


 どれだけの魔獣が押し寄せてくるか分からない中で、会話なしに連携をとるのは不可能に近い。どちらにしろ、今日の戦闘をふまえれば、近いうちにジュリアンと契約することになっただろう。


「ジュリアン、竜騎士になって戦う覚悟はあるか? 青龍はお前と共に戦うことを望んでいる」


「もちろんです」


 ジュリアンの迷いのない言葉で結論は出た。伯爵を王都まで迎えに行ったらしい辺境伯や、王都で会議中の伯爵に承認をもらう余裕はないが緊急事態なのでしょうがない。次世代の長であるブルクハルトと次の団長と言われるガスパールが承認となれば良いだろう。


 魔法が使用される契約はつがいと同等の結びつきを得られるが、竜人の信頼を裏切った場合にはそれ相応の報いがある。言ってしまえば竜騎士側に不利な契約だ。


 ガスパールが説明していたが、ジュリアンは竜騎士になれるなら、どんな代償でも払うと言って三人を困惑させた。


【〈〈ブルクハルト・ヴェロキラはジュリアンを竜騎士と認める〉〉】


 ブルクハルトが魔力をのせて呪文を唱えると、背中から光が溢れだす。ブルクハルトには見えないが、ジュリアンの足元の鱗に魔法陣が浮かび上がっているはずだ。


「契約はなされた。私達が戻ってくるまでに、連携が取れるように話し合え。あまり時間はないぞ」


 ガスパールはブルクハルトたちの契約を見届けると、地上に罠を張りに行ってしまった。竜二頭だけで溢れ出る魔獣に対応するのは不可能だ。後方の辺境伯騎士団が守る防衛線には連絡済みだが、こんな状況を想定した配置にはなっていない。


 ガスパールの土魔法で魔獣を落とす穴を作っているのが見える。彼らが作業している間に、ブルクハルトは正体を明かしておく必要がある。子供の頃から想像をめぐらせてきた瞬間ではあるか、躊躇している余裕すらない。


【ジュリアンさん。ブルクハルトです。今まで黙っていてすみません。これからよろしくお願いします】


「……なるほど、そういうことか。こちらこそ、よろしく」


 ブルクハルトが緊張しながら声をかけると、ジュリアンはアッサリと納得した。竜人に関する質問もそこそこに、指示を短くするためには敬語をやめようだとか実務的な話に移る。ブルクハルトは受け入れの早さに驚きながらも了承した。さすがに、王都騎士団の副隊長を務めている男だ。不測の事態に強い。


【もっと、驚くかと思ったよ】

  

「いや、十分驚いているよ」


【そうは見えないけど……】 


 ブルクハルトの呟きを聞いて、ジュリアンがクスリと笑う。連携の確認が済めばやれる事は少ない。饒舌なところをみると、黙っていると不安になりそうなのは、ジュリアンも同じなのかもしれない。 


「まぁ、青龍がブルクハルトだとすると納得いくことが多いからね」


【えっ? どういうことだ?】


「青龍のクリスティーナ嬢に対する並々ならぬ執着とかね。僕では駄目なんだなって諦めかけてたのに、たった一度の実践で早々に候補者から外したでしょ?」


 その点を挙げられると、ブルクハルトには返す言葉もない。クリスティーナは青龍の正体を知らないと伝えると、ジュリアンはひどく驚いていた。 


【……】


「もちろん、それだけじゃないよ。王都騎士団の機密資料とかも合わせて考えるとね。あ、騎士団に疑っている者はいないと思うよ。青龍と一緒に戦った僕だからこその考察だ」


【機密資料って……そんなものを見れる立場で、よく竜騎士選定試験を受けさせてもらえたよな】


「……受けさせてくれなかったよ。妨害されたから選定試験がはじまる前に辞めたんだ。騎士団に入るときの条件だったのにひどいよね」


 ジュリアンは団長に引き止められていて、現在も辞表は団長預かりとなっているらしい。


「王都騎士団をあっさり辞めたのに、竜騎士が決まるまで後任は保留にされている。不満に思った人間が暴走してもおかしくないよ。はっきり断らなかった僕の責任だ」


 現在、王都で会議が開かれているので上層部の目はそちらに向いている。武功を上げる唯一の機会だと捉えたのだろう。


【俺が言うことではないけど、ジュリアンが責任を感じる必要はないと思うぞ。代わりができる人間がいないから後任が決まらなかったんだろう? 不満なんか抱く暇があるなら、自分を高めるためにやるべき事はいくらでもある。命令違反の行動で一発逆転しようなんて発想では、人の上には立てない】


「手厳しいね……でも、ありがとう」


 ジュリアンは呟くように言って力なく笑った。

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