第16話 結界

 まもなくして、罠を作り終えたガスパールたちが戻ってきた。罠の配置を見てみると逃げてくる騎士にも配慮しているようだ。ただ、うまく罠を避けて逃げたとしても、溢れ出てくるであろう魔獣から生還できるとは限らない。


「結界から距離を取って待つぞ」


「……はい」


 四人は罠の後方まで下がって、その時を待つ。ここにいるという事は逃げてくる騎士の援護はしないということだ。それぞれ思うところはあるだろうが、誰もその事には触れなかった。



「大規模討伐のときと同様に、結界が破れたときの修復には数刻かかるらしい。一区画で済みそうなのは不幸中の幸いだな」


【ものすごく不幸だけどね】


 エッカルトは結界を管轄する魔導師と、警護している竜人を通して連絡を取ったらしい。結界は区画ごとに作られているので、全てが消えるわけではない。魔獣が広がって結界にぶつかってきても、二区画に跨がらない場所なのは良いことだ。


「今からだと、日没までには修復できるといったところでしょうか」


「そうだな」


 ジュリアンの的確な言葉にブルクハルトは明るい空を見上げる。結界が戻ったあとも殲滅できるまでは戦闘が続く。長時間の戦いを想定して動かなければなれない。


「心配するな。それまでこの人数で戦うわけではない。非番の竜人も準備を進めている」


 王都で会議をしている竜騎士は間に合わないだろうが、近くにいる者はこちらに応援に来ると連絡が入っている。家族が領内にいる者も多いのに、つがいと逃げる選択をする者はいなかった。皆、覚悟を持って向かってきてくれる。


「戦力が揃うまでは魔獣の動きを止めることを優先する。翼や足などを狙うようにしろ。仕留める必要はない」


【あと、飛行する魔獣は絶対に通さないようにね。後方の砦から矢で落とすこともできるけど、高度を上げられたら不味い】


「まぁ、魔獣は竜騎士がいれば見過ごしたりはしないから安心しろ。人間は奴らの好物だ」


【……】


 魔獣が人間を捕食するのは常識だが、反応に困るのでこの状況で言うのはやめてほしい。なお、気づかれなければ無視されるが、他の魔獣と戦闘中ならそれもない。


「敗走が始まリましたね……」


 結界の外の騎士たちには、押し寄せてくる魔獣に恐れて逃げる者も出はじめている。ただ、本当の恐ろしさは知らないようで、結界の内側に入ると立ち止まってしまっている。安全が確保出来たと勘違いしているのだろうが、座り込んでいる者までいて呆れるしかない。


「結界から離れろ! 魔獣が押し寄せてきたら破れるぞ!」


 ジュリアンが風魔法に声をのせるように叫ぶ。その声は届いたようで、騎士たちは慌てて結界を背に走り始めた。


【結界について王都騎士団では教えないの?】


「私は騎士学校でも習った記憶がある。辺境の子供が聞かされるほど詳しい説明はなかったがな」


 エッカルトの質問にガスパールが騎士たちを見つめながら小さな声で言う。人間であるジュリアンの耳には、この会話は届いていないだろう。


【辺境の子供の場合、説明を忘れると結界の外に魔獣を取りに行くことがあるからね。竜人の子供は強いけど、竜化しなければ結界を通過できるんだよ。これ、あまり知られていない豆知識ね】


 エッカルトは楽しそうに話しているが、気を紛らわすためなのは明らかだ。


 騎士を追って来た魔獣の一部が結界をすり抜けている。結界のこちら側でも戦闘が始まっているが、これからの事を考えると、助けに行くわけにはいかない。


「ジュリアン、無理はするなよ。魔力はなるべく温存して、限界が来る前にブルクハルトに申告しろ。青龍に何かあれば、竜人に動揺が広がる。覚えておけ」


「はい……」


 ジュリアンの声に悔しさが滲んでいる。上空でなければ一人で助けに向かったかもしれない。


【ブルクハルトも無理しないでね】


【ああ。分かっている】


 青龍は竜人にとって特別な存在だ。しかし、ブルクハルトの代には弟のヒューゴもいる。ブルクハルトに何かあれば、彼が代わりを務めるだろうと頭の片隅を過ぎった。


「増援は間に合いそうにないか……」


 ガスパールが呟く。


 結界は一部の魔獣を通しながら、こちら側に膨らみ、音もたてずに弾け飛んだ。標的を再確認した魔獣たちが勢いよく飛び出す。


「来るぞ!」


【生きて帰ろうね】


【もちろんだ】


 ブルクハルトはエッカルトと短く言葉を交わして距離をとる。炎を得意とするエッカルトと共闘するのは難しい。


 地上の魔獣にはガスパールが作った罠が効いているようだ。ブルクハルトは前方から飛んでくる鳥型の魔獣たちへの攻撃をはじめた。

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