第14話 異変

 ブルクハルトたちは、鳥型の魔獣との戦闘にかなりの時間を要した。と言っても、討伐に手こずっていたわけではない。ジュリアンの要望で青龍の飛行能力を披露していたのだ。それが終わると、ジュリアンが『魔獣を美味しく食べるための剣技』まで披露していた。魔法だけではなく、剣術でも食すための研究をしているようだ。


 エッカルトはホクホクしながら魔獣討伐を見学していたので、ガスパールは、この方法も学ぶ必要がありそうだ。


「戦闘に問題はなさそうだな」


「そう言っていただけると安心し……」


【ガスパール、前方を見て!】


 和やかな雰囲気に、エッカルトの緊迫した声が割り込む。エッカルトの視線が示す遠方の結界を注意深く見ると、忙しなく動き回る集団が確認できた。


【結界の向こう側に人がいる?】 


【うん、それも一人や二人じゃないよ】


【何をしてるんだ? 嫌な予感しかしないな】


「おい! 状況を説明しろ! 人間の眼では確認できん」


 ガスパールの言葉にハッとする。ブルクハルトの竜人の眼にはハッキリ見えているが、どうやら人間には見えない距離らしい。エッカルトは集団に向かって飛びながら、ガスパールに説明を始める。


【結界の外に人が出てるんだ。人数は……】


 ブルクハルトもエッカルトの後方を飛びながら、遠方の集団に神経を集中させた。同じ制服を着た人間が数十人、魔獣と戦闘をしている。掲げている旗はブルクハルトもよく知るものだ。


【王都騎士団?】


【本当だ。あの旗は間違いないよ】


 ブルクハルトの呟きにエッカルトが同意する。エッカルトは、それをガスパールに説明し、さらにジュリアンにも情報共有した。


「正規の任務の情報は入っていない。おそらく、無許可だな。王都騎士団の暴走か、それともあそこにいる人間の独断か……」


「王都騎士団の上の人間は、結界の外の危険性を十分認識しています。組織ぐるみではないと思います」


「そうか」


 ジュリアンが必死で弁明する。まだ付き合いは短いが、嘘を言っているとは思えない。


【所属しているジュリアンが言うなら間違いないね。とにかく、辺境伯に状況を伝えるよ】


「頼む……」 


 エッカルトが連絡を取ると、辺境伯からは、すぐに増援を送るとの返答があった。演習場で訓練中だった竜人たちはすでに出発したようだ。


「それにしても、王都の奴らの目的はなんだ? まさか、魔獣の肉ってわけではないだろう?」


【エッカルトならありえる】


【子供じゃないんだから、そんな事しないよ】


【『もう』って、やったことあるのかよ……】


 ブルクハルトが視線を向けると、エッカルトは鱗に覆われた顔でも分かるくらいにニッコリ笑った。後日、エッカルトに酒でも飲ませて、ゆっくり聞かせてもらうことにしよう。


「もしかして……」


「なんだ、ジュリアン? 気になったことがあるなら、何でも良いから話せ」


「今、王都騎士団の副隊長の席が一つ空いているんです。後任は保留になっているので、手柄を上げて昇進を狙っているのかもしれません。前任の副隊長が団長に気に入られたきっかけが、結界外での討伐だったので……」


 ある新人が上層部と共に結界の視察に訪れた。その時、偶然にも結界外で倒れている冒険者を助けたらしい。新人だけで連携をとって戦ったのが、団長の目にとまったようだ。


「その前任者はお前か?」


「……」


「まぁ、いい。長々と話している場合でもないからな」


 ガスパールの視線を追うと、魔獣が騎士たちをめがけて集まってきているのが確認できる。騎士が相手をしている間は良いが、逃げ出したらそれを追って一気に結界内へ魔獣がなだれ込んで来るだろう。


【結界が破れたら大変なことになるよ。魔導師も気がついたみたい】


「遅すぎだがな」


 現場から竜人を呼ぶ警報が鳴り始めていたが、今更すぎてガスパールの苛立ちはもっともだ。


「ジュリアン、お前たちは逃げろ。ここはすぐに戦場になる」


「あの……現場の近くに降ろしていただけませんか? あの中には命令に従っているだけの者も多いはずです。説得してみます」


「……それは許可できない。あの状況では魔獣に追われないように撤退するのは不可能だ」 


【人道的な事を無視すれば、増援が来るまで結界外に留まって欲しいくらいだよね】


 エッカルトがジュリアンに聞こえないのをいいことに残酷なことを口にする。ジュリアンには申し訳ないが、王都騎士団のせいで辺境伯領内に住む人すべてが危険にさらされているのだ。ブルクハルトもせめて最初の増援までは戻ってきてほしくない。


「それに……そもそもジュリアンは今の実力から考えると結界の外には出られない」


「えっ……」


 ガスパールがバッサリとジュリアンの希望を断つ。ジュリアンがブルクハルトから飛び降りかねない勢いなので言わざる負えなかったのだろう。


「お前が結界の外の冒険者を見つけたとき、新人たちだけで戦うことになった理由を考えろ」


 結界は人間か魔獣かを識別しているわけではない。純粋に狩人では手に負えない強い者を弾いているのだ。おそらく、ジュリアンとともに視察に行った上層部の人間は結界に侵入できず、見ているしかできなかった。だからこそ、ジュリアンが仲間をまとめ上げて冒険者を助けたことを評価したのだろう。それも、その頃結界が破れたという話は聞かないので、魔獣を刺激せずにやり遂げたわけだ。


「……」

 

 視界の先にいる王都騎士団は全員結界の外にいることで、その実力をブルクハルトたちに明確に伝えていた。魔導師が王都騎士団の存在に気が付かなかったのも、その辺りに原因がありそうだ。


「悪いがあそこにいる人間は諦めろ。他に守るべき者が我々にはたくさんいる」


「はい……」


 ジュリアンの悔しさが小さな呟きから伝わってくる。ブルクハルトはその声をただ聞いていることしかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る