第2話 模擬戦
能力試験で選ばれた者たちは、候補者同士で総当たりの模擬戦を行う。表向きは周囲に見守る現役の竜騎士たちが戦い方を見て審査することになっているが、選ぶのは候補者に紛れ込んでいるブルクハルトだ。
エッカルトのときにはガスパールがあらゆる意味で圧倒的だったので彼一人が選ばれたが、この模擬戦では数人までに絞り込むことになる。
「ブルクハルト、遅いぞ。失格にされたいのか?」
今回の模擬戦を取り仕切る金髪碧眼の美しい男が、ブルクハルトを睨みつける。一応、表向きは試験官なのにブルクハルトへの敵意を隠す気もないようだ。
「ガスパールさん、すみません」
ブルクハルトは試験官であるガスパール・ドリコリンに謝罪する。ブルクハルトがいないとはじまらないので失格はあり得ないが、未来の義兄を怒らせてもなんの徳にもならない。
「まったく、クリスティーナはなぜこんな男が良いのか。私にはさっぱり分からん」
他にも竜騎士はたくさんいるのにガスパールを試験官に選んだのは誰だろう。ブルクハルトはガスパールの言葉を無視して、この状況を作り出したであろう他の竜騎士たちを見回す。すると、何故か皆が同情するような目でこちらを見ていた。見学に来ている竜人たちも同じような雰囲気だ。
(え、なんだ?)
ブルクハルトとガスパールは犬猿の仲だが、竜騎士や竜人たちはいつも二人の言い合いを楽しそうに見ているだけだ。同情されるのなんて初めてで、何だか逆に怖い。
「あの……、ガスパールさん?」
「ブルクハルトの最初の相手はコイツだ。怪我をさせたら殺すぞ」
ガスパールの本気の殺気で候補者たちが震え上がっていたが、ブルクハルトに気にする余裕はない。ガスパールの影から様子を伺いながら出てきた人物を呆然と見つめた。彼女は不安と期待が入り混じったような顔をしていたが、ブルクハルトと目が合うと表情をキリッと引き締めた。
「ティ、ティーナ? こんなところで何してるんだ?」
「竜騎士になりに来たに決まってるでしょ。模擬剣を構えてよ。手加減したら許さないからね!」
ブルクハルトの愛しの婚約者、クリスティーナ・ドリコリンが模擬剣をブルクハルトに向けてくる。ポニーテールにした金髪が揺れていて可愛いが、クリっとした碧眼で一生懸命睨みつけてきているので、今褒めたら怒るだろう。
ブルクハルトは何も言い返せないまま、クリスティーナと向き合い、お互いに距離をとる。
「はじめ!」
ガスパールの掛け声でクリスティーナが走り込んできた。クリスティーナからは魔力が漏れ出していて、最初から本気で打ち込んでくるのだと分かる。ブルクハルトは動揺したまま魔力を剣に這わせ、クリスティーナの渾身の一撃を真正面から受けとめた。
キィーン
二人の剣がぶつかり合うと、魔力の影響で不思議な音がなる。ブルクハルトはこの音がとても好きだった。魔力の相性の良い竜人とその
クリスティーナと剣を合わせると、怪我をさせてしまわないか不安になるが、同時に楽しくてしょうがない。
「何笑ってるのよ。真剣にやってよ!」
「俺はいつでも真剣だぞ」
クリスティーナに叱られるところまでがいつもの流れだ。人間はこの音を感じ取れないようなので、共有できない寂しさはある。
しばらく二人は剣を合わせたまま見つめ合っていたが、ブルクハルトは竜人の力を使ってクリスティーナを容赦なく吹き飛ばした。ただ、吹き飛ばす方向だけは安全に考慮する。ガスパールが殺気立っていないので合格だろう。
(俺はなんの試験を受けてるんだ……)
クリスティーナは、ブルクハルトが竜人であることをまだ知らない。そのため、ブルクハルトは小さい頃からクリスティーナが竜騎士や竜について話すたびに、ヒヤヒヤしながら聞いてきたのだ。
『竜騎士って格好いいよね。私もなれたらいいな』
『竜騎士になりたいヤツはたくさんいる。俺に一度も勝てないうちは話にならないぞ』
クリスティーナの可愛らしい夢を、ブルクハルトが竜人の持つ人間離れした力でへし折ってきた。いや、へし折ってきたはずだった。心を鬼にして可愛い婚約者と剣を合わせてきたのに、この結果はなぜだろう。
クリスティーナは思いっきり吹き飛ばされたにも関わらず、いきいきした顔で立ち上がる。ブルクハルトはその顔を見てため息をついた。諦めてくれる気はなさそうだ。
ブルクハルトは、今日も愛するクリスティーナをねじ伏せ続けなくてはならない。幸い模擬戦には時間制限がある。ブルクハルトにとって、それだけが救いだった。
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