婚約者が竜騎士候補に混ざってる

五色ひわ

婚約者が竜騎士候補に混ざってる

第1話 竜騎士選定

 ティラノ王国の郊外にある竜騎士団の演習場は、異様な熱気に包まれていた。数年に一度行われる新しい竜騎士の選定が行われるためだ。ティラノ王国で騎士を目指す者は、を除いて皆が竜騎士になるために腕を研いている。


 憧れの存在である竜騎士の選考にも関わらず応募条件は特にない。強さより竜との魔力の相性が重要になるためで、現役の騎士以外にも竜騎士に憧れる多くの者が集まっている。今は候補者を絞るための能力試験が行われているところだ。


 ブルクハルト・ヴェロキラは演習場が見渡せる場所に座り込んで、ラピスラズリのような青い瞳でその様子を睨みつけていた。


「ブルクハルト、誰か気に入った男は見つかった?」


 ブルクハルトが名前を呼ばれて振り返ると、従兄のエッカルト・ヴェロキラが後ろに立っていた。


「誤解を生むから、そういう言い方は止めてくれ」


「間違ってないだろう? 相棒は大事だよ」


 エッカルトは笑いながら、ブルクハルトの隣にドカリと座る。


 ブルクハルトは、竜騎士団と共に魔獣と最前線で戦う辺境伯騎士団の若き有望株と言われており、今回の竜騎士選抜の有力候補だ。しかし、実際にブルクハルトが竜騎士に選ばれることはない。


 ブルクハルトはこの国の『ごく一部の例外』なのだ。その理由は単純で、ブルクハルト自身が竜になれる竜人だからだ。


 今日の竜騎士選定は、竜人であるブルクハルトの成人に合わせて行われている。選ばれるのは竜化したブルクハルトと共に戦う竜騎士だ。そのことを知るのはヴェロキラ家の者と竜騎士を除けば国王だけである。


 ヴェロキラ家に竜人が生まれることは、ティラノ王国の建国にも関わることなので秘匿されている。


「応募者の人数が多すぎるよな。この中から一人を選ぶなんて気が遠くなる」


「まぁ、仕方ないよ。青龍の竜騎士を選ぶのは二十五年ぶりだ。皆、待ち望んでいたんだよ」


 エッカルトのルビーのような赤い瞳が、ブルクハルトの青い髪を見つめる。人間の姿のときには、その特徴的な色が髪や瞳に現れる。つまり、エッカルトは赤龍、ブルクハルトは青龍なのだ。


 竜の中でも青龍は特別だ。一般人にとっては他の竜より強い竜というだけの認識だが、ヴェロキラの一族にはそれ以上の意味がある。ヴェロキラ家の人間であり、竜人の一族の長の子のみに現れる特別な色なのだ。


 ブルクハルト以外には三人しか存在しておらず、青龍の竜騎士が選ばれるのはエッカルトの父であるブルクハルトの叔父のとき以来となる。分家の者は翠龍になる者がほとんどで、エッカルトのように赤龍になる者も青龍の次に珍しく特有の強さを持つ。


「エッカルトはいいよな。俺だってガスパール・ドリコリンが候補にいれば、こんなに悩んだりしない」


「まぁ、うん。それはそうかもね」


 エッカルトの相棒であるガスパール・ドリコリンは、竜騎士を一番多く輩出しているドリコリン伯爵家の跡取りだ。ブルクハルトの五つ年上だが、本来なら時期当主同士、ブルクハルトの相棒になってもおかしくなかった。


「ガスパールさん、俺のこと嫌いだからな」


 完全に私情だが、ブルクハルトもガスパール相手では気を使うので、これで良かったと思っている。


「クリスティーナちゃんが男だったら良かったのにね」


「良いわけないだろう」


「冗談だって」


 ブルクハルトが睨みつけると、エッカルトがクスクスと笑う。怒ると分かっていて言っているのだから質が悪い。


 クリスティーナ・ドリコリンは、ブルクハルトの最愛の婚約者だ。ガスパールの溺愛する妹でもあり、ブルクハルトが嫌われているのは、この辺りが影響している。ブルクハルトとしては妹離れしてほしいところたが難しいだろう。仲裁すべき立場のクリスティーナはブルクハルトとガスパールの争いを『喧嘩するほど仲が良いのね』の一言で受け流してしまっている。


「そろそろ本線が始まるみたいだよ。ブルクハルトも一応参加者なんだから、行ったほうが良いんじゃない」


「そうだな」

 

 ブルクハルトが演習場に視線を戻すと中央に騎士がズラリと並んでいた。やたらと大きく重そうな者から女のように華奢な者までいる。あの中に本当にブルクハルトの相棒はいるのだろうか。


「心配することないよ。自分の竜騎士になれる人間は、剣を合わせれば分かる。その中から性格の合う者を選べばいい。番を見つけたときと同じ感覚だから、ブルクハルトにもピンとくるよ」


「ティーナがもう一人いるわけないだろう?」


 ブルクハルトはクリスティーナと初めて会った幼い日のことを今でも鮮明に覚えている。この子は自分の唯一無二だ。たとえ自分の命と引き換えになっても守ってあげたい。そう思ったのだ。それは竜人だけが持つ特別な感覚で、竜人は人間とは違い例外なくたった一人の番を生涯愛し続ける。呪いだなんて呼ぶ者がいるほどの執着だ。


「ほら、ブルクハルトを待ってるみたいだよ」


 竜騎士の候補者の数人がブルクハルトを睨みつけていた。ヴェロキラ家の人間は、所属する辺境伯騎士団からの推薦という形で能力試験を免除されている。竜騎士を自ら選ぶために本戦に出るのだから当たり前だが、そんなことを知らない候補者たちは、ブルクハルトの特別扱いが気にいらないのだろう。


「最初から相棒と険悪になるのはまずいよな」


 番に似ているというエッカルトの言葉を否定はしたが、真実なら睨んでいる者の中に相棒がいる可能性もある。ブルクハルトは慌てて立ち上がって候補者の輪に加わった。

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