第2話 遅すぎた告白
ある冬のとても寒かった日の事。バイトが終わってマミーから家に帰ろうとすると、入口に住田佳奈が立っているのが見えた。佳奈は少し前にここを辞めた元アルバイトで、やはり僕の後輩だ。
彼女は目が大きくぱっちりして鼻筋が通った顔で、ウエストがキュッと締まったスタイル抜群の女の子。モデルとか女優としてスカウトされても驚かないくらいの女性で、いわば職場のアイドルだった。
「誰かと思ったら佳奈ちゃんじゃないか。久しぶりだね。元気?」
「はい。次の仕事も決まりました」
「へ~どんな?」
「別のレストランです」
そんな感じの挨拶を一言二言交わしてから佳奈は言った。
「今日来たのは相原さんに大事なお話があるからなんです。今日7時までというのはまどかさんから聞きました」
藤森まどかは僕と佳奈にとって職場の先輩にあたる。
「何だい話って。ここじゃなんだから車に乗る?」
「はい」
佳奈を助手席に乗せて、僕は車を出した。しばらくは佳奈がまだバイトしていた頃の話とかをとりとめもなくしていた。そしてついにその時がきた。
「実はね……私、ずっとずっと相原さんの事好きだったんです。だから私と付き合ってください!」
(え~っ! 今なんて言った?)
あまりに突然で予想外すぎる言葉に、僕の心臓は爆発寸前、頭の中が真っ白になった。
「ぼ・僕で良ければぜひ。よろしく」
しどろもどろになりながらもなんとか返事をした。そのあとの佳奈の嬉しそうな顔は今でも忘れられない。でも、他にどんな言葉を交わしたのか、全く思い出す事が出来ない。それくらい動揺していた。
なにせ女の子から告白されたのは生まれて初めての経験だったから。しかもその相手がかつての職場のアイドルだなんて。
少なくとも、その時にはこれが人生最大最悪の失敗だなんて考えもしなかった。他に選択肢はない。あの佳奈から告白されて交際を断る男なんているはずがない。そう思い込んでいた。
でも、どんなに動揺しようが、まわりに大馬鹿者だと言われようが、職場の男達全員を敵に回す事になろうが、僕は断るべきだった。なぜなら他に大好きな女性がいたのだから。
そう、もちろん裕美の事だ。
あんなに好きだった裕美の顔を、なぜこの時には思い出せなかったのだろう。言い訳にはならないけど、目の前にいた女優並みの美女と付き合えるというあり得ないはずの現実と、言葉は悪いけど若さゆえの男としての本能がすっかり僕の目を曇らせていた。交際拒否というもう一つの選択肢であり正解肢を見えなくしてしまう程。
こうして僕は佳奈と付き合う事になり、裕美とはただの友達になった。
少なくとも初めのうちは毎日が楽しくて仕方なかった。きっと周りからは変な人と思われるくらいニヤニヤしてたんじゃないかな。とにかく舞い上がっていたんだ。
僕自身の中身は何も変わっていないのに、佳奈の彼氏になったというだけで、自分が凄い人にでもなったかのような勘違いをしていた。
そんな訳で、一度はこんなふうに決意した事もあった。
(もう裕美の事は忘れよう。これからは佳奈との新しい恋を育てていこう)
しかし、その後僕は佳奈という一見理想と言える恋人を得た代償に、失ったものがいかに大きく、僕にとってかけがえのない大切なものだったのかと思い知らされる事になる。徐々に、真綿で首を絞められるかのように。
決して佳奈との相性が悪かった訳でも、佳奈との日々がつまらなかった訳でもない。
ただ、裕美との相性が良過ぎたんだ。裕美との日々が楽し過ぎたんだ。
どれ程裕美の事が好きだったのか、失くしてから気づいた。
佳奈と会っている時も、思い出すのは裕美の事ばかり。きっと態度にも出ていたと思う。それでも佳奈は僕の事を責めたりはしなかった。それがかえって僕の後ろめたさを増幅した。心苦しさを拡大した。
少しづつ佳奈とのデートの間隔は広がり、電話も次第に減っていった。
こうして佳奈との付き合いは、どちらからも別れを切り出す事もないまま、いわゆる自然消滅という形で終わった。
そして裕美とは音信不通になったまま、時はあっという間に流れた。
そんな裕美から手紙が来たのだ。今の日常のとりとめもない出来事が書かれていた。元気でいるみたいだ。また前みたいに飲みに行こうとも。
僕は裕美に告白したくなった。あの頃言えなかった「好きだ」の一言。今の僕ならきっと言えるはず。なぜなら一度は自殺しようと思い、どうせいつか死ぬなら後悔しない人生を送りたかったから。
僕は6年ぶりに裕美の携帯に電話をかけた。
「久ぶりだね祐介。もう電話くれる事はないかと思ってた」
「裕美元気だった? 6年ぶりだよね」
「まあまあかな。祐介は?」
「もちろん健康過ぎて困るくらいだぜっ」
それにしてもあの馴れ馴れしさと紙一重ともいえる裕美の人懐こさは影をひそめて、すごく事務的で他人行儀な口調になったな。
「久しぶりに会ってくれないかな。つもる話もあるし」
「いいよ。今度の土曜日の夜なら」
そしてついに運命の日が来た。
裕美の家はマミーのあった東京都調布市にある。ここまで車で迎えに行き、かつて2人で何度も行った湘南平へ向かった。神奈川県平塚市にある、夜景の綺麗なデートスポットだ。
「お~い、裕美こっちこっち」
「わー祐介、前よりカッコ良くなったね」
「ありがとう。君も綺麗になったよ」
「もーやめて! 見え見えのおせじなんて祐介らしくないよ」
ドライブ中は、マミーが倒産した事について裕美と色々話をした。実は上手く告白につなげる伏線だ。
「マミーでバイトしてた日々は、僕の今までの人生で一番楽しかったんだよ。何故だかわかる?」
「佳奈さんとつきあってたから?」
「そうじゃない。単刀直入に言うよ。今までずっと言えなかったけど、裕美、君の事が好きだったんだ」
やっと言えた。あんなに言えなかったセリフがいとも簡単に。これが一度は自殺しようとした事の威力か。
でも、上手く伝わらなかった。
「何言ってんの。そんなの信じられっこないじゃん」
「本当だ。信じて欲しい」
「無理。ならなんで佳奈さんと付き合ったの?」
「それは……」
裕美はこちらを見ようとしない。こればっかりは本当に言い訳のしようがない。もうひたすら謝るしかないよな。
「本当にごめん。一時の気の迷いとしか言いようがない。でも信じてくれ。佳奈とはあまり続かなかったんだ」
「そんなの勝手すぎるよ」
「どうしても君の事が忘れられなかった。佳奈と会ってても君の事ばかり考えてた」
「……」
ふと裕美の顔を見ると、そこには一筋の涙が。
(裕美……泣いているのか?)
長い沈黙の後、裕美が話し始めた。
「やっと言ってくれたんだね。遅すぎるけど」
「本当にごめん」
「私の気持ちを知りたい?」
「もちろん」
「私も祐介の事大好きだったよ。誰よりも」
そうだったのか。やっぱり6年前に告白したかったな。
「裕美、僕のどこが好きだったの?」
「そんなの全部に決まってるじゃん」
「もっと真面目に答えてくれてもいいでしょ」
「大真面目だよ。ちなみに一目惚れに近かったから一番好きなのは見た目かな」
「それは信じられないなあ。僕なんて全然イケメンじゃないっしょ」
「そんな事ないって。祐介すごくカッコよかったよ」
「うそつけ」
「マミーで断トツの美人の彼氏だったのに、何故そんなに自信ないかなあ」
「……ありがとう」
「そういう祐介こそ私のどこが好きなのか言って」
「全部」
「人の事言えないじゃん! ただちに因数分解せよ!」
「なんだよ因数分解って……まず、その笑った時の顔が好きだな。それから声も毎日聞きたいくらい好き。しゃべり方もすごい魅力的だよ。あとは髪の毛をいじる癖がすごくかわいいと思った」
「後は?」
「話を聞く時の頬杖のつき方、足を組み替える仕草、全然おしゃれじゃないのにかわいらしい服のセンス、紙一重でデブじゃないぽちゃっとした体形、でかい胸。あーもう言葉じゃうまく言えない。もうとにかく全部好きなんだって」
「分かった分かった。これくらいで許してあげようかな」
◇◇◇◇◇◇
読んでいただきありがとうございました。
次はいよいよ最終話。いったいどうなるのでしょうか? お楽しみに。
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