ふられてBANZAI!~失恋したから前へ進めた。青春を取り戻せ!【カクヨムWeb小説短編賞2021中間選考通過作品】
北島 悠
第1話 捨てる神あれば拾う神あり
「ちょっと言いにくいんだけど、もう電話して来ないでくれる?」
ある日、緑川照代から電話が来た。いつもなら僕から電話するのだが、最近はしつこいかなと思う程の頻度だったので、ちょっと駆け引きのつもりでしばらく電話せずにいた。そしたら、めずらしく彼女から電話が来たのだ。
すごく嬉しい反面、いやな予感がしていた。そしてその予感が的中した。
僕の名は相原祐介。
この経験は僕にとって自殺を考える程の大失恋だった。なぜ自殺を考えたのかと言うと、もちろんかなり好きだったという事もあるが、照代はバツイチ子持ちで10歳以上年上、見た目も普通の人。少なくとも僕は気が合うと思っていた。
だから、決して高嶺の花に無謀な恋をした訳ではなかった。きっと上手くいくと思っていた。それなのに振られ方があんまりだったからだ。
なにせまだ告白すらしていなかったのだから。言い方はソフトだったけれど、要するに僕は照代のタイプではなかったのである。
僕は今年29歳で、まもなく
次の地下鉄に飛び込もう、そう思って改札を通った瞬間だ。
(ン……あいつ、天ちゃん?)
天ちゃんこと
底抜けに明るく前向きな信一郎と、こんな時に出会ったのは偶然とは思えない。彼は僕の命の恩人だ。彼のバカ話で大爆笑した僕は、すっかり死ぬなんて事を考えなくなっていた。
そして、捨てる神あれば拾う神あり。それから3日後に葉山裕美から手紙が来た。裕美は僕が大学生の頃にレストラン「マミー」でアルバイトしていた時の後輩である。
僕と裕美の関係を一言で言えば、いわゆる「友達以上恋人未満」という事になる。
お互いに気持ちを確かめ合った訳ではないが、少なくとも僕は裕美の事が好きだった。そして、きっと裕美も僕を好きであるに違いない。そう思っていた。
2人で色んな所へ行ったっけ。ディズニーランドや八景島みたいに、ただの友達同士ではあまり行かない所も。僕からだけでなく裕美からの誘いも、一度や二度ではなかった。
なにもしなかったけど、僕が住んでいたワンルームマンションで2人だけで過ごした事も……
しかし、僕達はとうとう恋人同士になる事はなかったんだ。それは気持ちを伝えなかったからに他ならない。
なぜなら、裕美との日々があまりにも楽しすぎて、この関係を絶対に失いたくなかったから。
裕美との出会いはぶっ飛んでいた。「ドラマかよっ!!」って突っ込まれても仕方ないくらい、ある意味で最悪(?)の出会い。
ある日、店長に呼ばれて休憩室に行くと、1人の女の子を紹介された。
「相原君、今度うちに新しく入った新人を紹介するよ」
それが裕美だった。
裕美は決してブスではないが、ごく普通の顔でデブと紙一重のぽっちゃり体形の女の子。
そして、時間帯のリーダーだった僕は、裕美の教育係を命じられた。
レストランのアルバイトの仕事の中心は、お客さんから注文を取る事である。でも、初日は無理なので、もう一つの中心である料理運びと雑用を教えた。例えばグラスの水やコーヒーのおかわり等である。
この日裕美は仕事が終わってからこんな事を言ってきた。
「相原さん、今日は一日本当にありがとうございました。お礼に一緒にごはん食べに行きませんか?」
「えっ?」
「もちろん、相原さんのおごりで!」
おいおい、たしかに女の子と食事出来るなんて嬉しいけど、それが初対面でしかも先輩に対する態度か。なんてずうずうしい娘だろう。これが第一印象。
こんな感じの最悪な出会いで、僕は初めて会った日に裕美と食事する事になった。
少なくともこの時には、裕美が今までで一番好きな人になるなんていう予感はただの1ミリもなかったんだ。
まさに180度気持ちが変わってしまった訳だけど、なぜなのか言葉で説明してくれと言われると困ってしまう。
なんせ、出会いとは裏腹にその後の日々は平凡そのもの、他人が知ってもつまらないんじゃないかな。
何かドラマティックな胸キュンエピソードがあって、ある日フォーリンラブ突然! みたいなのを期待していた人はがっかりするかもね。
本当に日々のほんの小さな事、その地味な積み重ねの賜物なんだ。
出会いの日の食事と、行き帰りのちょっとしたドライブで裕美と話してみてわかった事は、裕美が天才的な聞き上手だっていう事。
質問の仕方がいいのはもちろんだけど、その絶妙な相槌のタイミングと打ち方、全く違和感のない7色のゼスチャー、まっすぐこちらを見つめる透き通った瞳etc...
これらを駆使されると、かなり答えにくい質問でもなぜかペラペラと話したくなってくる。
まるで昔からの幼馴染みたいに会話がはずんだ。僕は人見知りが激しくて、男友達でさえ打ち解けるのにはかなり時間がかかるくらいだから、ましてや女の子と出会ったその日に、こんなに喋りまくるなんて事は今まで一度もなかったんだ。
どんな感じだったかって?
「ね・ね・ね、相原さんて彼女いるの?」
(いきなりそれかよ! ねーだろフツー)
「いなくて悪かったな。第一いたら君と食事なんかしないし。こう見えてもすごい一途なんだぜっ!」
「一途ってのはちょっと違うんじゃない。彼女以外の女の人と食事もしない方が変だよ。それくらいアリでしょ」
「へ?」
「自分がナシってことは、相手にもそれを求めるって事だよね。あんまり束縛しすぎても嫌われちゃうよ」
「誰が何と言おうと、ぜーーーったいにナシ!」
これが会ったその日の会話とは思えないよね。普通激怒するよ。でもなぜか怒る気にならなかったんだな。
その日に裕美の印象は、出会った時の「礼儀知らずでずうずうしい娘」から「不思議な娘」に変わった。
この「不思議な娘」という言葉は、僕的には悪口ではない。どっちかというと誉め言葉に近いかな。でも、まだまだ恋の予感はコンマ何パーセントだけど。
その後、この調子で裕美と接していくうちに、どんどん印象は良い方へ変わっていくのを感じた。そしてその速度はどんどん増していった。
次は「ちょっと気になる娘」、その次は「かなり気になる娘」、さらに次は「めちゃくちゃ気になる娘」……
いつのまにか裕美しか見えなくなっていた。
思ってたよりずっと早く「今までで一番好きな娘」になった。
もっともっと裕美の事を良く知りたい。そして僕の事をもっともっと知って欲しい。
僕と裕美は信じられないくらい相性が良かった。男は多少なりとも女性の前では背伸びしたり、変にかっこつけたりするものだけど、不思議と裕美の前ではそんな事したいと思わなくなる。本当に自然に、等身大の自分でいいと思える。
気の利いたおせじも、面白い冗談も言えない僕の話を本当に楽しそうに聞いてくれる。そして僕がして欲しいと思ったまさにそんな反応を示してくれる。
中でも一番嬉しかったのが、知り合って1か月もしないうちに、2人きりのときに僕の事を「祐介~」と下の名前で呼び捨てにしてくれた事。さすがに職場では相変わらず「相原さん」呼びだけど。
この「下の名前呼び捨て」を好きな人にして欲しいというのは、自分流の色んなこだわりの1つ。恋人になった人には直接そう呼んでくれと頼んだ事もある。だって親しさの象徴みたいじゃない。「下の名前呼び捨て」って。
だけど、僕は裕美にそれらしい事は何も言っていないのに、本当に自然にそう呼んでくれた。「この娘、人の心を読む能力があるのか?」そう思った。
もしかしたら僕達の前世は「割れ鍋に綴じ蓋」だったんじゃないか、そう思わせてくれるような女性なんだ。
おせじにも美人とは言えないけれど、その笑顔は見ているだけで心を癒してくれる。そのちょっと甘ったるい声も、なにげなく髪をいじるその仕草も、何もかもがすっかり僕の心を虜にしてしまった。
もし、裕美と恋人同士になれたならどんなに幸せだろうかと思う反面、今の関係を失う事になる可能性を考えたらとても怖くて、情けないけれどどうしても告白できなかったんだ。
(もう、恋人同士になれなくてもいい。神様、どうか今の裕美との日々だけは絶対に奪わないで)
僕の人生で一番キラキラと輝いていた素敵な時間。幸せだった。ただ裕美と一緒にいるだけで。この日々が永遠に続いて欲しかった。
これ程までに好きだった裕美との関係は、ある予想も出来ない事件がきっかけで、突然終わりを告げた。
いや、責任転嫁はやめよう。他でもない僕自身のせいで、裕美と会う事が出来なくなったんだ。
◇◇◇◇◇◇
読んでいただきありがとうございました。
次の第2話はかつての職場のアイドルが祐介に会いに来ます。いったいどうなるのでしょうか? お楽しみに。
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