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駅の方からトボトボと歩いているのは確かにユミコだ。
帰宅は20時頃になるはず、あの雰囲気からして何かトラブルか体調を崩したか、とにかく良くない事がユミコの身に起きたのは間違いないだろう。
部屋中のみんなにユミコが帰ってくると伝えると喜ぶのは小さな子達、長い付き合いのオレ達も嬉しい反面、顔を見合せたり不安そうになる。
とりあえず自分の居場所に戻って静かに待つしかない。少しずつ探ろう。
全裸のままのリモコンがガラスのテーブルに腰かけて、窓も閉まって、オレは水色のペンギンのヌイグルミの上で脚を組む。
多分、あと30秒ぐらいで。
「……ただいまー」
ドサッとカバンを床に置く音、ドアを優しく閉める音、鍵をかける音、ため息。
キッチンにガサッと置いたのは晩ご飯か、珍しい、コンビニの袋だ。
そのまま手を洗って、通りすがりにメイク落としのウェットティッシュを箱ごと持ってガラステーブルに置いた。
みんなソワソワと、ペタンと座ったユミコを見つめる、
「……ふへ」
なんだ? 疲れたのか、体調不良か、変な声が漏れてる。
メイクを拭き取りながらテレビをつける、リモコンが全裸のままユミコの人差し指にオカエリのキスをした。
ガラステーブルにリモコンを置いて、スーツのポケットからスマホを出して並べる。
そういえばジャケットも脱いでないじゃないか、着替えていない。事態は深刻なのかも知れない。
ポケットからハンカチも出してスマホの横へ、顔を拭いていたウェットティッシュはゴミ箱へ、その場でジャケットを脱いで……何か落ちた。
ワラワラとみんなが集まる。ベッドも布団も冷蔵庫まで覗きに来た。
落としたのはボールペン、ジャケットに差していた物か、いや、これは……ユミコの物じゃない。イヤな予感がする。静かにしていてくれると良いが。
「……あ、ヤバ……」
ユミコがスマホのロックを解除、ロック画面は
打ち込む文字をみんなで追う。
お借りしたままでした、すみません。明日お返しします。
「……はあ」
テーブルに置いたばかりのスマホには即返信が届いて光る。相手、早いな。
気にしないで、いつでもいいよ。お大事に。
アイコンは猫、登録名は早瀬さん。
……男か女か分かりやすいアイコン使えよ。
ボールペンがコトンと、人間には分からないぐらい微かに揺れた。
「はあ、早く帰りたーい!」
「うわ?!」
「なるほど。こんにちは、お嬢さん。少し声を下げて頂けますか?」
ボールペンに脚を組んで座るのは黒髪の全裸の女の子。
そのキツそうな顔立ちを見た瞬間、リモコンがオレの背中に隠れた。というか部屋中の物が自分の物に引っ込んだり、とにかく隠れた。
他人の物が部屋にあるとは、こういう事だ。どんな奴か分からないし、ガサツな奴だったりすると部屋を乱される。
魂だけが遊びに来ていたりするのは構わない、長居はしないし大人しいから。
物自体があるとこういう態度になるから嫌いだ。気が大きくなるのだろうか。
そして当たり前のように持ち主が男なら、物の
ボールペンの持ち主は男か、しかもこういう女が好みの。なるほど腹立たしい、嫌いだ。
フンッとソッポを向いたボールペンに警戒しながら、ソロソロと冷蔵庫がユミコの顔を覗き込む。
「ユミコ、具合悪いの?」
泣きそうな声で囁く。
ちょっとそれは近過ぎる、今はユミコに妙な気配を感じさせないように冷蔵庫のアゴに手を、クイッと上げさせる。
そのままその大きな肩に座る。
「大丈夫ですよ。きっともうすぐシャワーでも浴びて薬を飲んで眠るはずです。顔色やメッセージからしても風邪か、何か軽い体調不良でしょう」
「ほんと? 何か出来るかな?」
「とりあえず見守りましょうか」
「……うん」
膝立ちの冷蔵庫の股間を透けながら、ユミコが立ち上がる。
スーツを掛けて、ブラジャーも取ってタンクトップに、
テーブルに出してたハンカチも、白いブラウスとブラジャーをそれぞれネットに入れてから洗濯機に、戻りしなにコンビニの袋から飲み物とメロンパンを持ってくる。
テレビでは夕方のニュース、どこかで工場が爆発したと、どこかで殺人事件が起きて犯人は逃げたと。
「……メロンパンか、まあまあ具合悪そうだな?」
「そうですね。半分食べられたら寝る感じでしょう」
「……風邪かな?」
「ですかね? 朝は普通だったのに、人間は可哀想ですね」
ボールペンはペンに沿ってゴロンと横になってる、こちらに背を向けてるからリモコンがジワジワ移動、ガラステーブルにオレと並んで体育座り。
二人で、モサモサとメロンパンを食べるユミコを見上げる。
いつも何故だか体調を崩すとメロンパン、パサパサだからモクモクと食べ辛そうに食べる、そんな不思議な所も可愛らしい。
床に落ちてしまったパンの欠片を、掃除機とモップがコッソリ拾ってゴミ箱に放り込んでる。
本当はテーブルの上もキレイにしてあげたいけど、それはやり過ぎだ。
半分食べて袋を折ったメロンパンを置くと、ユミコはテーブルの上をウェットティッシュでキレイに拭いて、床を見た。
何も落ちてない、ユミコはキッチンへ向かった。
余計な手間を一つ減らしてあげたぞと、掃除機達がハイタッチでお互いを褒め称えている。
オレ達が出来る事なんてこれぐらいだ、いつも大切にしてくれるお礼。ヌイグルミの出番はこれからだ。
「風邪薬か、確定だな」
「そうみたいですね。横になっていれば明日には元気になるでしょう」
「いいな、ペンペンはまた抱かれるのか」
「オレは次の交代で出撃です。代わりに抱かれておきますか?」
風邪薬をミネラルウォーターで、一気にペットボトルを飲み干したユミコが布団にモゾモゾと潜り込んだ。
リモコンはムセてる。
オレは深夜から朝まではリビング雑貨系を率いて、朝から昼まではその他雑貨系と警備を任されている。
だからオレの代わりにリモコンなら、というかリモコンしか許せない。
「いや、それは」
「良いですよ? ペンギンの中で温もりを感じるのも新鮮でしょう?」
「いやいやいや、なんかダメでしょ、悪いし」
「フフッ、良いんですよ。では練習に、今一緒に入ってみますか?」
慌ててブンブン首を振って
半分本気、半分冗談だけど笑える。本当にからかい甲斐があるな。
ピンポン、と控えめに来客のチャイムが鳴った。
サッと部屋の中の空気が変わる……どこのクソ人間だ、せっかく眠る準備をしてたのに起き上がってしまったじゃないか、風邪を引いたユミコが。
ブッ飛ばしてやる。
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