借りた物が部屋にある時の違和感

6

 次の日の昼には、高橋さんの部屋は見事に空っぽだった。


 家電も家具も何もかも、ゴキブリや見た事の無い虫に卵を付けられていたり住み着かれていたりで処分するらしい。

 同じ理由で服や靴も全てゴミ袋に詰め込まれてトラックに乗せられた。


 あの布団も、最後までペタンと座ったまま荷台に積まれている。


「ペンペン、高橋さんは引っ越さないのか?」

「そうみたいですね。大家さんとご両親が週1回訪問するそうですよ」


 全裸のベッドが腰に手を当て、トラックが角を曲がるとレースのカーテンをシャッと閉めた。

 その肩に乗せてもらうオレ。


「週1回の訪問ってチェックのつもりだろうけどさ、それ多分ただの週1回の片付けになるんじゃね?」

「そうでしょうね。自分から片付ける様には思えませんから」


「忙しくなるな」

「はい、生き残りが結構います。他の部屋とも連携していますが数日はかかるでしょう。ユミコの目に触れない様、全力で叩き潰します」


 ベッドが布団にゴロンと横になった。オレは枕元へ、自分のペンギンのヌイグルミに座る。


「ところで、アレですね」

「アレ? ンフッ、昨日の夜のユミコ?」


「可愛らしかったですね」

「うん、半年ぶりのライヴか」


 ユミコが追っかけているヴィジュアル系バンド、Red Moonレッドムーンが47都道府県ツアーをやるらしい。

 ゴロゴロしながらヤッターと叫ぶ姿はいとしくて仕方なかった。


「新曲を出すという発表から数日待たされてからです、ユミコは嬉しかったのでしょうね」

「アイツらすぐ解散するからな、油断はならねえ」


「また不吉な事を」

「なんであんなのがイイんだろうな?」


 そう言うベッドもボーカルの顔に寄せてるから笑える。もしユミコがオレ達を見る事が出来たら……笑えるな。


 確かに今まで解散や活動休止や脱退や逮捕で消えていく数多あまたのバンドに、ドウシテナノと涙していたのは知っている。

 けれど端から見ていても分かりやすい容姿端麗さ、それに関してはヴィジュアル系は本当に凄い。だから何度泣かされてもユミコはこの界隈から抜け出せないのだろう。


 ここまで問題無く5周年を迎えるRed Moonレッドムーンは、5人それぞれ個性的で仲も良さそう、追っかけ甲斐はあると思う。


 今朝からツアーとかライヴという単語がチラホラ聞こえるからか、ユミコが大切にしているチェキ達からも魂が出て来ている。

 バンドのロゴが入ったチェキホルダーからハミ出して、身長8.5センチメートルのメンバー達が部屋の隅っこでキャッキャウフフしている。普通に可愛いな。


 誰かがこちらに飛んで来た、後ろから肩に手が乗る。


「ペンぺーン」

「はい、何ですか?」


「遊ぼ」

「はい、何をしましょう?」


 エアコンのリモコンが飛んできた。ベッドはもうスヤスヤと昼寝に入ってる。

 暇だし、ちょうど良い。


「鬼ごっこは?」

「いいですよ、オレが鬼になりましょう。10数えますね」


「わーい!」


 今はテレビのリモコンとテレビ本体を中心にしたリビング家電系布陣で、この部屋には一匹たりとも進入させないよう厳戒態勢が敷かれている。

 いつもの相棒、テレビのリモコンがいないなら全力で相手をしよう。


 エアコンのリモコンもボーカルの顔になっているけれど、白い天使みたいな、シーツをまとった様な姿でフワーッと逃げていく。

 エアコンの風のイメージなのか、白い髪にあかい赤外線のように透けた目がキレイだ。


 まだこの部屋に来て2年目、幼くて可愛い。


「……9、10、いきますよ」

「わー!」


「逃げてます?」

「逃げてまーす!」


「捕まえました」

「ペンペン速いー」


「すぐに捕まりすぎですよ? お仕置きです」

「くすぐったーい!」


「いーれーて!」


 ワラワラと小さい子が沢山寄ってきた。

 チェキ達と、ツアーグッズのタオル、アクリルスタンド、カンバッジ、まだ増えてる、何人いるんだ?


 まあいいか、ユミコが元気で健やかに過ごせるなら別に構わない。グッズでも何でも好きなだけ集めて欲しい。

 みんなまとめて相手をしよう。


「では、オレが鬼で行きますよ? みなさん、準備は良いですか?」

「わーい!」


 いつの間にか部屋中を巻き込んで、冷蔵庫まで全裸で走って逃げてる。

 冷蔵庫は大きいんだから鬼側だろう、一番に捕まえて口説くどく。


「冷蔵庫も鬼になりませんか? 手伝って下さいよ」

「なる!」


 昼寝中の全裸のベッドの下に潜って隠れる子達を捕まえたり、カーテンに頭だけ隠れてたり、見えないフリをしながら捕まえる方が難しい。


 冷蔵庫は上手いな。

 あれれ、と言いながらジワジワ近付いて、笑いが堪えきれなくなった小さな子達を見付けてやっている。


 気は優しくて力持ち、本当にイイ奴だ。


 ひとしきり遊んで、日も傾いて来た頃にリビング家電系のヤツらがドヤドヤと帰ってきた。

 小さな子達がシャッと部屋の隅に引っ込む。

 草食動物みたいで可愛らしい、が、そんなに怖がらなくても良いのに、とも思いながら振り向く。


 ああ、なるほど。


「お疲れ様でした、リモコン。まずは水を浴びましょうか? 殺気と返り血で悪魔の様です、フフッ」

「ああ、いや、水道でいいよ」


「ダメですよ? 排水口もユミコが掃除をしています、ネズミの血なんて流したくありません」

「ああそうか、ペンペンの言う通りだ」


 窓を開けてもらって、ついでにオレも外の空気でも吸おう。

 窓枠に腰掛けて、シャワーの様に出してやる水の術でリモコンを包む。


 交代の準備をしていたキッチン家電系達は炊飯器をリーダーに、食器やカトラリーを引き連れて配置先へ散っていく。

 聞いてなかったのか忘れてたのか、冷蔵庫は明日また遊んでね、と慌てて追いかけて行った。


「お疲れ様でしたね、酷い事になってますよ?」

「ああもう、屋根裏っていうのかな、部屋と部屋の隙間が大変な事になってたの」


「なるほど。では待ち伏せより攻めた方が早そうですね」

「そうそれ、それでこうなった。ペンペンは夜中か。アイツら夜とかムダに元気だからヤベーよ」


「フフッ、ありがとうございます。気を付けますね」

「あー、気持ちイイー」


 服のまま水を浴びていたリモコンが、サラリと術を解いて全裸で汚れを流している。オレンジの夕日に白い素肌が眩しい。


「あれ? ユミコじゃん?」

「そうみたいですね?」


「今日こんな早く帰る日だっけ?」

「いえ、特に……とりあえず戻りましょうか」

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