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 一息ついて、ふと顔をあげる。

 部屋の真ん中でトースター達と話していたリモコンが手招きをしている。嬉しそうだな、フワッと飛んで横に浮く。


「ペンペン、ヤバいよ、今日だよ今日。高橋さんはバイト休み、学校から真っ直ぐ帰って来る確率95パーセントだって。大家さんも平日だから19時までいる。ヤバいね」

「……今日ですか。ふむ」


「今日を逃したら高橋さんは来週末まで休みが無いよ、あれは1日でも早く何とかしよう」

「なるほど。では他の入居者の方々へ……」


「もう今日の夕方って回してある。大家さんがいる管理人室の物達か、高橋さんの部屋で待機する誰かの合図でスタートさせよう。どう?」

「フフッ、さすがです。やりましょう」


 リモコンは本当に絶好調だ、やり過ぎなければいいけど、まあいいや。

 祭りみたいで楽しくなってきた。


 細かい人選の報告を受けて、15時過ぎから配置に付いた。

 リモコンはユミコの部屋で、オレは高橋さんの部屋で待機。


 高橋さんの部屋を動かせばゴキブリやネズミも動くだろう。各部屋へも戦える物を待機させるよう伝えてある。

 絶対に侵入も目撃もさせない、どの部屋の物達も同じく思ってるはず。いつも大事にしてくれてる持ち主への恩返し、オレ達の腕の見せ所だ。


「大家さん、テレビをつけて新聞を持った! 1時間は動かないよ!」

「了解です、では高橋さんが帰り次第始めます。皆さんとも共有を」


 エアコンのリモコンが飛び回る、白い天使みたいなストンとしたワンピースがはためく。

 彼は一昨年の夏にユミコの部屋に来た。ユミコの一挙一動を見守り、最適な温度の風で追いかけ包み続ける最新のエアコンのリモコンだ。

 この伝達役に最適だと思う、Red Moonレッドムーンのボーカルに似た白い横顔がキラキラしてる。


 さて、と高橋さんの部屋の真ん中に浮く。

 本当に凄いな、なぜゴミを捨てないんだろう?


 高橋さんの布団はオレ達が出て行った時と同じ姿勢のまま、全裸で項垂うなだれたままだ。ユミコの布団とベッド、冷蔵庫が気の毒そうに目を反らしている。


 彼はこの作戦が済んだら捨てられてしまうかも知れない。ギュッと胸が痛んだ。


「高橋さん発見! 角を曲がって向かって来てます!」


 他の部屋の洗濯物達だ、ベランダから見張ってくれていたタオルが飛んで来てくれた。


「ありがとうございます。さて、布団ベッド冷蔵庫、準備はいいですか?」

「大丈夫!」

「いつでもオッケ!」

「うん!」


「タオルさん、準備完了を伝えて下さい」

「了解です!」


 さあ始まる。角を曲がった所なら後2、3分でこの部屋に着くだろう。

 この時計が狂っていなければ16時12分、16時半には決着がついてるだろう。


 バチンと乱暴に鍵が開いた、ガチャッとドアノブが回される、バッタンと大きな音、風に押されて閉まったドアだ。

 手で開けるんだから、ちゃんと手で閉めて欲しい。この音はオレ達の部屋までよく響いてるんだ。


「……はあ」


 ため息をきたいのはコッチだよ高橋さん。

 玄関で待機してる全裸の冷蔵庫をすり抜けて、ゴミを踏んで、足元をにらみ付ける全裸のベッドもすり抜けて、ヒールのままベッドに向かってる。

 靴のままだと?


 ベッドで待機してた貴族っぽい布団も白いヒールに気付いた、眉間にシワが寄る。


 ベッドに腰かけてヒールを脱ぎ捨てる高橋さん、フワフワのスカートのままアグラをかいた。買ってきたコンビニのお弁当を開けてフタをテーブルの上に、すぐ床にカタンと落ちる。

 そりゃ落ちるよ、アレも最初はテーブルだったんだろうな。


 高橋さんの布団が不意に動いた。


 ご飯を食べる高橋さんの後ろからゆっくり近付く、なんだ? 何をしている?


 グイッと体をひねってテレビをつけた高橋さん、主電源からかよ、手動でチャンネル変えるのかよ。

 またモグモグし始めてるけど、後ろから全裸の白い布団に抱き締められてるなんて想像もしないだろうな。


 ……そうか、そうだよな。

 高橋さんは布団が無いと寝れなくて困るぐらいにしか思ってないんだろうけど、そのほんの少しの思いだけでも布団には幸せな力になっていたのかも知れない。

 オレ達はユミコに大切にされてるから透けたり実体を持ったり使い分けが出来るけど、彼には出来ない、最後になるかも知れないのに透けたまま抱き締めるしか無いんだ。


「……ごめん」


 振り切るように叫ぶ。


「作戦開始!」


 冷蔵庫が玄関でビニール傘を倒した、何本あるんだ、一斉に倒すんじゃなく一本ずつやってる。それ怖くていい。高橋さんはモグモグしながら玄関の方を見た。


 部屋の真ん中辺りで軽いビニールがガサッと激しく鳴る。ベッドがポテトチップスや服屋の硬めのビニールを踏みながら歩いてる、いい音がしてる。ガサッ、ガサッと自分に近付いてくる音に高橋さんが立ち上がる。


 ユミコの布団が貴族っぽい服のヒラヒラを両手で持って、高橋さんの顔を目掛けフンワリした風を起こしてる。

 普通に風を起こせば良いと思うんだけど、なんでそんな面倒な事を。

 高橋さんがキョロキョロし始めた、高橋さんの全裸の布団はまたうつむいて固まってしまった。


 玄関に向かおうとする高橋さんをガサッという音とフンワリした風が、精神的にベッドに押し戻す。


「……キモッ?! なに?!」


 高橋さんが叫んだ、よし、怖がってくれてる。

 郵便受けから廊下にでる、待機してくれていた掃除機に音を頼む。


 一斉にアチコチでドンドン、ドスドスという音がし始めて振動も伝わってくる。


「なに?! なに?!」


 高橋さんが玄関に向かおうとする、もう少し待って欲しい。


「大家さんが管理人室から出た! こっちに向かってる! 入居者複数人、廊下に出た!」


 ユミコのエアコンのリモコンが来た。各部屋への伝達も上手くいってるな、騒音が高橋さんの部屋周りに集まり始めた。

 よし、今かな。


「布団、ベッド、高橋さんを押し出しますよ! 冷蔵庫、ドアを開けて下さい! エアコン、避けて下さい!」


 全員の返事と同時に、せーのと号令をかける全裸のベッド。

 チラッと視界に入った高橋さんの布団は膝を抱えてた。ごめん、でもやらなきゃいけないんだ……!

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