2

 オレ達は自分から離れ過ぎると薄くなって弱くなる。10メートルぐらいか、自由に動けるのは。

 上の階ぐらいなら問題は無い。


 リモコンと2人で玄関へ、郵便受けからフワッと抜け出してまたヒトガタに体を整える。

 朝日がまだ眩しい、リモコンの衣装も金銀の飾りが光を反射してうるさい、頷き合ってパシュッと飛ぶ。


 廊下から見ても何か不穏な空気を感じる部屋だ。301号室、女の子の一人暮らしのはず、表札は高橋という名字だけ。


「おはようございます。下階の田中です」


 返事は無い。

 オレ達の声は魂に共鳴する、中にいる高橋さんの持ち物には届いてるはずなのに。


「……ペンペン、これってアレかな?」

「はい、そうかも知れませんね」


「覗く? 入る?」

「入ってみましょうか、侵入経路も見当を付けたいです」


「よし」

「すみません、郵便受けからお邪魔しますね?」


 やっぱり返事は無い。オレを枕に眠ったりする可愛いユミコの為だ、乗り込む。

 あかい槍を持ったリモコンと並んで、氷の剣を作る。必要かも知れない。


 パシュッと2人同時に郵便受けに突っ込む、中に入ってすぐ体を整える。

 まず郵便受けに張ってた蜘蛛の巣が絡まった、気持ち悪い、剣で切り裂き凍らせて砕く、リモコンのも同じようにしてパンパン払ってやりながら。


「……うわ、アレだ、やっぱり見事なゴミ屋敷だな」

「……なるほど」


 そこは想像以上の大惨事だった。一応、女の子が住んでいるとギリギリ分かる。玄関にはヒールや可愛らしいサイズのスニーカーが転がってる。


 ゆっくり進む、部屋の奥に行くにつれて落ちている物が服やバッグから食べ物や飲み物のゴミに変わっていく。

 オレ達の部屋と同じ間取りのはずなのに、なんて愚かなんだろう。


 全ての場所に落ちている色とりどりのビニール袋が、不規則にカサッと鳴り続けている。

 槍にまとわりついたイヤな物を振り払いながらリモコンが追い付いてきた。


「ペンペン、水場は蜘蛛とコバエもスゴいな」

「……なるほど」


「誰もいないのか?」

「高橋さんが物を大事にしてる様に見えますか? これは近隣にも協力を要請しましょう。被害は我が家だけでは無いはずです」


「そうだな、もう手に負えない。ペンペン、バスルーム……」

「おや、いらっしゃったのですか」


 半分ゴミに埋まってるベッドの上、いつの間にか丸坊主で全裸の白い男が座っている。


 オレ達の身長は物で決まる。立ち上がれば2メートル近くありそうな寝具なのに、体は透けてるし、脚を投げ出してる無気力さが全てを物語ってる。


 毎日眠るはずのベッド、彼は布団か? なのに大事にされていないんだ。

 せめてシーツやカバーを洗濯して貰えればコバエぐらい倒せる力を持てるだろうに、それすらされてない。


 なんて悲惨な物なんだ。


「こんにちは、下階の田中です。布団さんですかね? あなたの他に誰かいますか?」


 ゆっくり首を横に一度だけ振った。


「では、少し大変な事になっているので、こちらで対処させて頂きます。宜しいですね?」


 ゆっくり首が縦に、そのまま項垂うなだれて動かなくなった。


 ベッドの周りには洋服が散乱してる。ビニール袋もペットボトルも、お菓子の袋もからの惣菜の容器も割り箸も。

 その中にピクリともしない虹色のユニコーンのヌイグルミがひとつ、足を天井に向けて転がってる。


 哀れだ……いや、オレ達はユミコという物持ちの良い女神に偶然出会えただけか。

 もし売られている店が違えば、並び順がひとつ違えば、タイミングが違えば、こうなっていたのはオレだったかも知れない。


「……行こうペンペン、しんどい」

「そうですね。とりあえず……あ、バスルームに何か?」


「ああ、そうだ、ちょっと覗いて行こう。変な音がした」

「分かりました」


 パシュッとバスルームの前へ、確かに変な音がする。半透明なドアの換気用の隙間からフワッと入る。


 そこは大惨事を越えて異様だった。

 高橋さんはここでシャワーを浴びたりしているらしい。床が濡れてる。


 浴槽にミチミチと溜まる濁った水、覗き込めば底が薄っすら見える。

 排水を邪魔しているのは何故かこんな所にもある白いビニール袋、それが詰まって水が溜まったみたいだ。


 シャンプーやボディソープの容器も浮いてるし落ちてる。これもからか、これがかすかに揺れて当たり合うのが変な音になってる。


 使ってるボトルは浴槽の縁に置いてあるコレだと分かる。コレも空っぽになったら浮かせるか床に行く運命なんだろう。


 カタン、と上から音がした。リモコンと同時に見上げる。


 オレ達が見守る中、茶色の小さなネズミがチョロチョロッと壁を走り降りた。

 浴槽の水をチマチマ飲んでキョロキョロ、また天井に走る。軽そうな音をカタンと言わせて、ネズミは天井裏に帰って行った。

 なんて図太い生き物なんだ。


 さっきの布団の姿が浮かぶ。何もしてやれないけど、コイツらはダメだ。ユミコが部屋にいる時にこんなのが出てきたら……そんなの許されない。


「……ここか、ここで繁殖して天井裏を歩き回ってる感じか」

「ですね。小さなゴキブリなら隙間から普通に抜けているでしょう。ネズミと一緒に出入りしている可能性も有り、ですね」


「どうする?」

「……ここに引っ越して来て3年目だったでしょうか、覚えていますか? お婆さんを助けた物達を」


「ああ、あの時のやり方か。ペンペンはリーダーに聞きに行ってたね、みんな元気かな?」

「きっと元気ですよ。良い物達ばかりでした」


「だね。よし、作戦会議が必要かな? 一時撤退だ」

「はい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る