アナタがいない、その部屋で
もと
たまに道端に死骸が落ちてる理由
1
「行ってきまーす」
行ってらっしゃい、気を付けて。
毎朝、毎回、出かける度に律儀に行ってきますと言ってくれるユミコの後ろ姿、ドアの向こうの朝日、ああ閉まってしまった。
鍵をかけた音、コツコツと遠くなっていく足音、ああ行ってしまった。
ションボリしてる場合じゃないか、最近ちょっと色々あるからな。
大人しい赤系で揃えたベッド、枕元の水色のペンギンのヌイグルミから抜け出す。
ユミコがペンペンと名付けてくれた誇らしさを胸に、
水色の霧みたいなその魂をヒトガタに整えて準備万端、今日もユミコのいない部屋を守り抜く。
「みなさーん、おはようございます」
ザワザワと返ってくる朝の挨拶、今日もみんな元気そうでなにより。
オレも服を着ておこう、白いパーカーにジーンズ、まあ動きやすいからコレで行こう。
水色の髪をかき上げた所で、隣に座る人影。見なくても分かる、テレビのリモコンだ。
いつも出て来てすぐ、全裸のままオレの所に来る。
「おはようございます」
「おはよ。今日もよろしく」
「はい、よろしくお願いします。あ、昨日ユミコに電池替えて貰ってましたね? おめでとうございます」
「あ、見てた? やっぱ恥ずかしいな、あの、まあ、あれだよ、あの後……ウェットティッシュで拭いてくれたんだ」
「マジですか? ヤバいですね」
「うん、ヤバかった。昨日も赤外線ちょっと出ちゃった……あ、秘密だからね、誰にも言わないでよ?」
「言いませんよ。いや、どうしようかな?」
「ペンペンそれマジで無理、やめて」
「うふふ、嘘ですよ。じゃあ今日はオシャレ出来ますね」
「そうそれ聞きに来たの、何がイイかな?」
オレ達はユミコに大事にされるほど、強く美しく
今日のリモコンは絶好調だろう。
「前のウェットティッシュ拭きの後に着てたの、似合いましたよ?」
「ああ、よかったでしょアレ?」
「
「そっか、前は忙しい日だったもんね。じゃあ今日は最新アー写の衣装にしよっかな」
ユミコの好きなバンドのアーティスト写真、来月に新曲が出るって喜んでたな。ゴロゴロしながらスマホを見てたからオレも知ってる。確か和服だった。
毎晩のようにDVDでライヴやらPVを観てるから、テレビ周りの家電や物はみんなユミコが好きなボーカルの顔に近くなっちゃってる。
誰が誰だか分からない時は大きさで区別するしかない。
まあそれも面白いから別にいいか。
何でもない話をしに、嬉しい話も悲しい話もリモコンはオレの所に来る。もうユミコが一人暮らしを始めて10年と少し経つけど、テレビのリモコンとはその初日から一緒にいる。
ユミコは神だから物持ちが良い、長い付き合いになってきたな。キレイな横顔が眩しい。
「どう?」
「良いですね、着物も似合います」
早速身にまとった衣装でヘヘッと嬉しそうに笑うリモコン、長い黒髪を後ろでくくる。ふざけてる様でも前髪に隠れそうな
そうだ、色々あるんだ最近は。
「ペンペーン! 助けて! いるかも!」
「さてリモコン、行きますか」
「ああ、
「お互いに、ですね?」
情けない叫び声のした方、キッチンへ二人でパシュッと飛ぶ。今のは冷蔵庫の声だった。
「早く! 早く! 下、ボクの下!」
ワインレッド色の冷蔵庫の上、白い肌に赤髪が
「リモコン、ここを頼みます。オレは裏に回ります」
「了解だ」
このレトロなデザインの冷蔵庫はユミコが1時間も迷って買ったんだ、一人暮らしの初期メンバーなんだ。
それをまた今日も狙われた……許さない。
「下から追い出します、行きますよ!」
「了解だ!」
手のひらを冷蔵庫の下に向ける、冷蔵庫の上の冷蔵庫はキャッと膝に顔を埋めた、分かるよ見たくない、オレの手から出た小さな風が冷蔵庫の下をくぐる。
「コッチだ! 黒1!」
「すみません、こちらも黒1です!」
リモコンの声に叫び返す。2匹もいたのか、クソッ。
壁と冷蔵庫の隙間に逃げ込んだ黒ゴキブリ、許さない。
ユミコの部屋に、冷蔵庫の下に、オレ達の縄張りに入り込んだ事を後悔させてやる。
小さな竜巻を2本作って挟み撃つ。飛ばされない様にしてるつもりか、壁に立てたギザギザの足が邪魔だ。
竜巻を細くして風圧を強めながら、氷の
あっさり足が離れた、待っていたよ、この瞬間を。
水色の触手を一瞬で蜘蛛の巣状に編む、竜巻ごとグルッと巻いて生け捕りだ。
「リモコン、大丈夫ですか?!」
「ああ、もう終わるよ!」
「先に行きます!」
「すぐに追いかける!」
侵入を許してしまった。茶バネが続いていたのが、今日は遂に黒だなんて……ユミコには絶対見せたくない。
さっさと終わらせよう、飛ぶ、叫ぶ。
「レースのカーテン、窓、開けて下さい!」
「はい!」
「いつでもオッケー!」
2人に開けてもらった隙間から、黒ゴキブリを包んだ触手だけを外に出す。
氷の槍を2本、柔らかい腹の両側からブッ刺す。こんな
「死ね」
水色の槍がハリネズミみたいになった、もう虫の息の黒ゴキブリを離す。折れてもげた足は風に舞った。
視界から消えた所で、指をパチンと鳴らして槍を消す。氷の
振り向くとリモコンも
白いダイヤ柄のレースのカーテンに身を寄せておく。
同じく触手を外へ出してから、リモコンはバキッという音と共に握り潰した。2階の窓から投げ捨てる。
「……ユミコに近付くな、虫ケラが」
リモコン用にも水を用意してやる。セリフも決まった。本当に絶好調だな。
ありがとう、と触手を洗うリモコン。
オレ達が使った水を外に落とすと、レースのカーテンと窓がシャッとパタンと同時に閉まった。
オレは窓の鍵に腰をかけて、リモコンは洗った触手をブランコの様にしてカーテンレールからブラ下がる。部屋を見渡しながら。
「なあ、やっぱオカしくないか? 最近のコレ」
「オレも思ってました。ユミコは掃除も神です。冷蔵庫の下にホコリもありません、排水口も使う時以外は蓋で閉じてます。一体どこから?」
「ちょっと探ってみるか?」
「外へ?」
「怪しいのは上だと思う。今年動いた近くの部屋は上だけじゃん」
「4月に入居した女子大生ですね? 確かに、この異変は6月頃からでした。怪しいですね」
「……行くか? ユミコの為だ」
「そうですね、ユミコの為です。偵察だけならオレ達2人で行ってみましょうか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます