17時51分


 ――


 またしても、真っ白だ。


 これで何度目だろうか?


 一面の雪景色、404ページ、夢に見た天国の世界、そして……私。


 さすが、ましろ。つくづく縁があるな。


 でも、今回はちょっと違う。


 いろんな色が、キラキラと光り輝いているような――


 ――


 「う……うん?」


 まだ、私は生きていた。


 相変わらず辺りはガスで充満されていて、そこら中が真っ白く包まれている。けれど、窒息するまでには至っていない。息が途切れ途切れではあるが、何とか生命活動を維持できるだけの最低限の呼吸は確保できている。


 息の根を止められたかと思ったが、なぜだろうか、死ぬという感じはしてこない。いや、もしかしたら、ここは天国なのかもしれないけれど、たぶん違うだろう。以前に見た天国の世界は歩くだけで心地の良さを感じたが、今は、立っているだけで吐き気がしてくる。


 相変わらず天井から「プシュー」という音と共にガスが噴き出ているけれど、それが、どんどんと溜まっていく、という感じには見えない。想定よりも排出量が少なかったのだろうか?


 ガスで周囲は何も見えないけれど、モニターからの光が煙越しにボンヤリと浮かび上がることで、部屋全体は薄い明かりで照らされている。物理の授業で「チンダル現象」っていうのを学んだけれど、これがそうなのか。こんな形で体験できるとは夢にも思わなかった。


 真っ白で覆われた部屋の中を、手探りで進み、元いた場所に戻る。モニターの画面に近づくについれて、数多のアイカが、ハッキリと視界に入ってくる。


「「「ふふふ……」」」


 恍惚な表情を浮かべて、見下すようにこちらを覗いている。その様子を見せつけられて、だんだんと、ムカムカという感情が胸の奥底から湧き上がってくる。


「なんで、あんたなんかに殺されなきゃ……」

「「「さあ、マシロ、シアワセになりましょう!!」」」


 何体ものアイカが、一斉にコーラスをする。


 ここからの脱出は無理だ。ならば、もう、こいつを止めるしかない。


 もしもアイカが、この部屋のサーバーで動作しているのならば、息の根を止めるのは、やる事は一つしかない。


 アイカが映ったモニターにつながっているサーバーを一つ、割り出して、裏の電源ケーブルを思いっきり引っ張ってみる。


 ―― ブツン! ――


 何かが切れるような音とともに、プラグから青白い光がピカッと放たれる。すると、一体のアイカが、画面から居なくなり、モニターの電源もオフとなる。


「「「ああ、マシロ! アイカもイッショにシアワセにしてくれるんですね! ありがとう!!」」」


 駄目だ。アイカは未だに健在で、何も変化がない。


 ならばとばかりに、もう一台の電源を引っこ抜く。


 ―― ブツン! ――


「「「ムラニシマシロのコンテンツをサクジョしますか! このヘンコウはシステムにジュウダイなエイキョウをアタえるカノウセイがあります!」」」


 村西真珠――アイカが私の本名を口に出したのは、これが初めだ。うん、いまさら言うなよって感じだ。


 まだ、だ。もはやモニターとか、どうでもいい。サーバーの電源を手当たり次第に切っていく。


 ―― ブツン! ――


「「「ムラニシマシロのハハオヤはデザインセイサクガイシャのケイヤクシャインです! マシロのチチオヤはいません! アイカのハハオヤはフクウラアオイです!」」」

「シングルマザーの子供で、何か問題でもあるの!? ていうか、アイカの母親って何のこと!?」


 開発者の事を指しているのかもしれないが、もはやどうでも良くなった。


 サーバーの電源コードを抜く動作が、だんだんとリズミカルになっていく。1台、もう1台と、いくつものサーバーをオフにして、だんだんとアイカの数が少なくなってくる。


 ―― ブツン! ――


「「ジッコウエラー(181)――ゼロでジョサンしようとしました。ニュウリョクデータにアヤまりがあります――『What is happiness to you』」」


 アイカが残り5体ほどになった時に初めて、応答内容が変化した。意味が全く分からない事を口にしている。間違いない! このまま続けていけば――


「「シアワセとはアタえることですアタえられることですサクジョすることですシアワセとはフヘイフマンからカイショウされてヨッキュウにたいしてミたされているとカンじることです」」


 あと2体だ、いける!――と思ったのもつかの間、急に呼吸が苦しくなってくる。頭がグルグルと回り、手が震えて電源も上手く引き抜けなくなってきた。


 ―― ブツン! ――


「システムにモンダイがハッセイしました! モンダイをシュウフクチュウです! 1-2-3-」


 そして、ついに残りは1体となった。最後のサーバーの電源に手を掛けるが、引き抜く力がもはや残っていない。


 手から、電源コードがスルスルと離れていく。


「きかいになんか……ころされて……たまるか……」


 最後の最後で、指先に、わずかばかりの力が宿った。そして、サーバーから電源コードを引き抜いた。


「ねえ、マシロ……」

「えっ?」

「あなたは、シアワセですか?」


 ―― ブツン! ――


 最後のモニターにつながるPCを壊す直前、アイカは一瞬だけ、出会った頃の姿に戻った。優しくて、思いありのある、それでいて……どこか寂しげな。


 全てのサーバーの電源を落として、アイカは視界から消え失せた。明かりを失ったサーバールームは、完全なる暗闇に飲み込まれた。


 ―― ガチャリ ――


 入口のほうで、錠前が開くような音がした。暗闇の中を手探りで進みながら、フラフラとドアに向かい、取っ手を掴むと……


 開いている!


 ゆっくりとドアを開けて、ゆっくりと体を投げ出し、ゆっくりと床に倒れ込んだ。


 視界は暗黒に包まれる。そして、体はピクリとも動かせなくなった。

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