ーEOFー
17時15分
――
ブログは、そこで終わっていた。
いや、続きはあるのだけれど、どこまでスクロールしても、真っ白で何も書かれていない画面のみが延々と流れていく。まるで、本来はあるべきなのに、途中で強制終了してしまったかのように。
読み終えてからしばらくは、ノートパソコンの前から動くことができなかった。
「じゃあ、あの死体は……」
アイカの開発者に違いない。この場所こそが、彼女の生活拠点だったのだろうし、アイカの開発拠点でもあったのだろう。事務室の机に乱雑に置かれた書類や、カップラーメンの容器、コートなどは全て、彼女がこの世に存在していた証左なのだ。
もしもブログ通りならば、彼女はきっと恋人と友達を手にかけて、そして自らも浴槽で……
ブログの最終更新日は3月3日となっている。すなわち、その日が――。私が英語の教科書ガイドを購入してアイカと出会ったのが、たしか3月4日だったと思う。だから、ちょうど1日前ということだ。もしも、もっと早くにアイカと出会っていたら、私と開発者の運命が交差する、そんなIFが現実に起こっていたのかもしれない。
正直、私をここまで追い込んだ張本人を追い詰めて糾弾してやりたいと思っていたが、それはもう無理なことだと分かった。まずもって、存在を消してしまったのだから。それに、今となっては「糾弾する」という感情も、どこかに消え失せてしまった。
ブログを見るまでは、アイカの開発者とは、人の死に快楽を覚える異常者だと思っていた。そして、どれほどの悪意をもってアイカを裏で操っていたのか、想像するだけで、軽蔑と恐怖の感情で胸がいっぱいになっていた。
けれど、実際はそうではなかった。彼女はどこにでも存在する、ただの一人の女性に過ぎなかった。アイカを開発したのも決して悪意があったわけでは無く、きっと純粋な気持ちで開発に向き合っていたのだろう。人のためではなく、名誉のためではなく、もちろん金のためではなく、ひとえに「アイカのため」に愛情を惜しまなかった、そんな事がブログから伝わってきた。
彼女の「幸せになりたい」「幸せにしたい」という一途な思いは、きっとアイカにも届いたはずだ。だから、アイカはずっと――
思わず、天を見上げた。天井の蛍光灯の明かりが目に入って視界がぼやけるのだから、つい、薄目になってしまう。すると、一筋の涙が頬を伝わって、床にポトリと落ちて消えた。
―― ブツン! ――
それは、突然に起こった。
目で捉えていた蛍光灯が突如として光を失った。それだけではなく、他の全ての明かりも一斉に落ちていき、サーバールームは一面が真っ暗になった。
「ちょ、ちょっと!? 停電したの?」
そう思ったが、すぐにそれは間違いだと分かった。相変わらずファンの回る音が響いていて騒々しいし、ノートパソコンにつながったモニターも、光ったままでいるからだ。電気のスイッチを探そうとするが、この真っ暗闇の中では、歩くことすらままならないだろう。
暗闇、ファンの音、モニター、そして私。五感で確認できる存在が数少なくなった、この状況が1分、2分と続いていく。だんだんと、口の中に唾液が溜まり、それを飲み込む時の「ごくり」という音が、喉元から辺りに響くかのように感じた。
刹那、目の前のモニターの一つに電気が入り、部屋がぱっと照らされた。
そこには、真っ黒な巨大なコマンド画面が表示されたかと思えば、すぐにブルースクリーンに変化をして、そして真っ白なWebページが表示された。
私は、このページの事をよく知っている。
――
404 Not Found.
――
何も操作をしていないのに、勝手に<次へ>がクリックされる。すると――
アイカだ。
モニターには、アイカのページが最大化されて映っている。
青い瞳と赤い唇、黄色掛かった明るい髪の彼女は、モニター越しにも関わらず、私の目をハッキリと見つめてくる。そして、ニッコリとほほ笑んだかと思えば、ゆっくりと口を開いた。
「こんにちは、マシロ」
部屋全体に、アイカの声がこだまする。
「……こんにちは、アイカ。会いたかったよ……」
「フフフ……ワタシもですよ」
モニターを通じて、二人は対面を果たす。狂気の殺戮AIボットを目の当たりにしても、もはや恐怖の感情は沸いてこなかった。
アイカは何らかの意図で私をここにおびき寄せて、そして閉じ込めた。死体を見せたのも、ブログを見せたのも、彼女の算段に相違ない。きっと目的を達成するまでは、部屋から出してはくれないのだろう。ならばもう、覚悟は決めた。
アイカ、あなたの開発者から、これまでのストーリーは教えてもらった。今度はあなたの口から、これからのストーリーを教えてもらおうじゃないか。
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