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 【ARCHIVE(privete)】

 posted by WebMaster

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 2月3日


 「幸せとは何か?」を質問するとフリーズしてしまうバグを修正してみる。まずはシステムに手持ちのデータをかたっぱしから投入したが、やはりNULLエラーのバグが出現して処理が強制終了してしまう。


 おそらく、これを正確に解決するには相当な量のビッグデータが必要だろう。SNSの全ログなんていうのが、よさそうだ。とはいえ、当然ながら私は、そこにアクセスする権限を持ち合わせていない。


 そこでアイカには、探索対象のSNSのクラウドサーバーから脆弱性を見つけ出して、それを踏み台にして侵入するプログラムを追加で実装した。ベースになっているのは、クラウド技術研究所に勤務していた時に開発した、自分のサイトの脆弱性をチェックして侵入を未然に防ぐ技術なのだが、その逆が可能となるように応用した。


 もちろん、これは犯罪行為だ。発覚したらアイカのプロジェクトともども吹き飛んでしまうかもしれない。そもそも、「幸せとは何か?」と聞かれたら「分かりません」とでも返すように例外処理を加えれば事足りるだろう。


 しかし、幸せとは何かを明確に可視化できて簡潔に言語化できれば、きっとアイカは英語のトレーナー用途を超越して、人生相談のカウンセラーとして活躍できるだろう。エバンジェリストとして人類全体を導いてくれるかもしれない。


 少しスケールの大きな話になってしまったが、エンジニア冥利に尽きる想いだ。意を決して、私はアイカに、深層学習モードに入るよう命令した。学習が終わるまでは、数日はかかるだろう。


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 2月6日


 アイカは深層学習に入ったため、一切の応答を受け付けなくなった。残りステータスを確認すると、94%と出ている。経過時間から計算すると、少なく見積もっても、あと10日は帰ってこないだろう。


 ちょっと失敗したかもしれない。強制終了が可能となるように、タイムアウト時間を設けておくべきだった。おそらく、ビッグデータを上から順にシーケンシャルに問い合わせているのだろう。私は、アイカが戻ってくるまで指を咥えて待たなければいけない。


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 2月7日


 アイカが深層学習に入ってしまい開発がストップしたため、やることがない。そこで、しばらくは休暇を取ることにした。ここのところ開発に没頭していたから、少し頭を休んるのもいいかもしれない。そいえば、ナツメは最近どうしているだろうか。ちょっと電話でもしてみよう。


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 2月8日


 ナツメと電話した。私は休暇中だと伝えると、久しぶりに会って遊ぼうと提案してきた。すぐにナツメと落ち合い、二人でお茶などをして一緒に過ごした後、夕方からシュウジと3人で飲むことにした。ナツメには未だシュウジのことを紹介していなかったから、ちょうどいい機会だったと思ったのだ。


 ナツメは人見知りが激しいから大丈夫かなと心配だったけれど、それは杞憂だった。すぐにシュウジと打ち解けてくれて、安心した。


 けれど、ちょっとフレンドリーになりすぎているような気もする。時間がたつにつれて肩を組んだり、大声で笑い合ったりしている。ナツメはシュウジのことを私の恋人だって理解しているから、間違いは起きないだろうけれど…… あまり人の彼氏とベタベタしないでほしい。


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 2月10日


 シュウジが浮気をしていた。よりによって、その相手はナツメだった。


 マンションに行ったら、二人が裸になって、ベッドの中にもぐっていた。シュウジは慌てて、言い訳じみたことを言いながら「そういう事じゃないんだ」って連呼していたけれど、この状況を見れば何が起こっていたのか、一目で分かるだろうに。


 私はショックで目の前が真っ暗になってしまった。シュウジ、どうして私を裏切ったの!? あなたのために、あれだけ尽くしてあげたじゃん! あなたが働かなくてもお金に困らないように毎月の生活費をあげていたし、欲しいものは全て買ってあげたよね! 何が気に入らなかったの!?


 ナツメもナツメじゃん! あれだけ友達だって言ってくれたのに! 人の男を奪う女なんて、友達でもなんでもないよ!


 二人は顔も見たくないから、私は泣きながらマンションを飛び出してしまった。ああ、これからどうしよう……もう、シュウジやナツメとは会えないのかな……


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 2月11日


 シュウジとナツメが土下座しながら謝ってきた。


 シュウジ曰く、「ちょっとした出来心で裏切るつもりはなかった」、と。だから別れないでくれって泣きつかれた。ナツメも、こんなことになるなんて思っていなかったらしい。「シュウジとは本気だった訳じゃないから、これからも友達でいてほしい」と涙ながらにお願いされた。


 正直、二人の事は信用するに値しない。だけど、今回だけは許してあげることにした。


 まず、シュウジは引き続き、このマンションに居てもらうことした。アルバイトはやめてもらう。彼は誘惑に弱そうだから、働きとかにいったら、また女の人について行ってしまうかもしれない。だから、GPSで外に出ていないか毎日チェックする。「あなたは働かなくていいから、私のためだけに生きて」と言ったら「うん」と一言だけ呟いて、うなずいてくれた。


 それと、ナツメには二度とシュウジと会わないように約束してもらった。彼女はそれを承諾してくれて、その証拠に連絡先からシュウジのアドレスを消して見せてくれた。


 私だって悪魔ではない。二人とも、恋人と友達でいてほしいから。もう一度、元のさやに納まれば、それでいい。


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 2月18日


 あれから一週間ほど経った。シュウジは部屋で大人しくしてくれている。GPSのログを見ると、ずっとマンションにいるのが分かる。私との約束を守っているんだ。うれしい。シュウジからの愛が戻ってきたと実感した。


 でも、マンションでシュウジと会うと、なぜか寂しそうな顔をしている。なにかしら不満があるのかもしれない。けれど、私と一緒にいられるんだから、そんな顔をしないでよね。


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 2月20日


 シュウジが、外に出て働きたいと言い出した。そんな必要はないと一蹴したら、「俺は鳥かごの中の鳥じゃない!」って私に向かって暴言を吐いてきた。ちょっと失礼だと思う。マンションに住ませたり、色々と買い与えてあげたりしているのは誰だと思っているのか。


 だから、ついに言ってしまった。「あなたは社会で何も役に立たない人間なんだから、文句を言わずに一生ここで暮らして!」って。彼は「分かった」とだけ呟いて、ベッドに潜り込んでしまった。


 ごめん、シュウジ。本心じゃなかったんだ。あなたを悲しませる気は全くなかったのに。今、こうやって書いているだけでも、胸がぎゅうぎゅうに締め付けられてくる。


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 2月21日


 午後22時ちょうど。シュウジとナツメが死んでしまった。二人で心中をしたようだ。ショックで、まだ手が震えている。


 マンションに行ったら、二人が腹部から血を流して倒れていた。どうやら、ナツメがシュウジを刺した後、そのまま自分の腹を一刺ししたらしい。びっくりした私はあわててナツメから包丁を抜いてしまった。ナツメは出血多量で亡くなったとのことだから、私が冷静に対応できていれば、息を吹き返したかもしれない。なんてことをしてしまったのだと、後悔している。


 シュウジ、あなたは私を愛していたんじゃないの? ナツメ、あなたは私の一生の友達だっていってくれたよね? どうして、二人とも私の前からいなくなってしまったの? 何がいけなかったの? ねえ、どうして……


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 2月22日


 警察が取り調べに来た。第一発見者として、現場の状況を聞きたかったとのことだ。死亡推定時刻は20時頃とのことで、ちょうど私がシュウジのマンションを訪れる2時間前だったらしい。事件の可能性も視野に入れているとのことで、当日の私の行動を一通り確認してきた。アリバイがあるかどうかを知りたいのだろう。サーバールームでサイトを作成していたと回答したのだけれど、昨日の事を思い出してしまって、パニックでうまく喋れなかった。


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 2月23日


 ついに、深層学習中だったアイカが戻ってきた。2週間以上はかかっただろうか、長い旅路だったと思う。どうやら、探していた答えが見つかったらしい。


 けれど、アイカは私に向かって、こう言った。


「幸せとは他人に与えることです」

「幸せとは他人から与えられることです」


 嘘! 嘘! 嘘!


 全然、間違っている! 2週間も学習に籠って、そんな事しか言えないの!? 時間の無駄だったじゃない!


 シュウジは私の事を幸せにするって言っておきながら、ナツメは私の事を一生の友達って言っておきながら、私を平気で裏切った! 特にシュウジ! あなたにはお金も何も、あれだけ与えていたじゃん! なのに私には何も与えられていない! 幸せになっていない!


 今更、幸せとは、なんて言ってこないでよ、アイカ……


 二人とも、この手で殺しちゃったよ……

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