16時01分
――
PCとモニターがひしめき合う、直線だけで構成された空間に、私はポツンと佇んでいる。
閉じ込められたのは人生で2回目――すなわち、美春に嫌がらせをされた時と、そして今、この瞬間だ。1週間ほどの短い期間に2回も閉じ込められるなんて、どれだけ運が悪いんだよ。呆れてしまって、思わず、乾いた笑いが出てしまう。
まあ、運が悪いというのは、ちょっと語弊があるのだけれど。どちらも、強烈な悪意を受けて、必然的に嵌められただけだ。美春の時は、私が追試を受けるのを妨害するため。そして、今回は――
あれ、なんで、部屋に閉じ込められたのだろう? まず、犯人は分かっている。いや、犯「人」では無くて、「ボット」なのだが。どういう技術を用いたのかは知らないけれど、アイカは巧に私をここに誘い出して、そして、鍵を掛けて封鎖した。でも、なんで? それに、一体、ここはどこなのだろうか?
何らかの意図があっての事だと思うが、全く心当たりが無い。再三に渡って口にしていた「幸せ」とかに関係があるのだろうか? そういえば、莉奈を削除するとかいう件はどうなったのだろうか? なぜ、アイカは私から姿を消したのだろうか?
正直、何も分からない。至る所で「ハテナ」のマークが飛び交っている。なんにしても、とにかく、ここから脱出しないことには、どうしようもない。誰か来てくれればいいのだけれど、見た感じ、そういう場所では無さそうだ。もしも、飲まず食わずで何日もこのままになったら……想像するだけも、ぞっとして鳥肌が立ってくる。
そういえば、さっきは「閉じ込められたのは人生で2回目」と言ったが、実は3回目というか、「未遂」みたいなことが1回だけあった事を、ふと思い出した。
あれは、確か小学5年生ぐらいの夏休みだったか、莉奈と街はずれにある廃ビルで「肝試しだ!」って言いながら、遊んでいた時のこと。とある部屋に入った時に、天井が崩れてきて出られなくなったんだっけ。で、仕方が無いから、窓を割って強引に脱出したのだ。その時に誤って手首を切っちゃったから、ママにバレて、こっぴどく怒られたものだ。
そうだ。ドアが開かないとなれば、脱出するとしたら窓しかない。幸いにも、ここは2階だから、落ちたとしても、多少のケガくらいで済むだろう。なのだけれど……部屋をキョロキョロを見渡してみるが、どうも、ここには窓が無いみたいだ。火事になったら、どうするの? ショーボーホーとかいうのに抵触するのではないかと疑問に思ったが、無いものは無い。
どうしよう、このままだと……
「あ! あった!」
部屋の角の、PCが置いてある棚の隙間に、それを発見した。いや、窓ではなくて、一人通るのがやっとなくらいに小さなドアがあったのだけれども――残念ながら、外には繋がっていなかった。
ドアを開けた先にあるのは、どうやら、事務室のようだった。灰色の古びたテーブルの上に書類の山が無造作に置かれていて、筆置きにはボールペンが上下アベコベに刺さっている。椅子はボロボロで、ところどころガムテープで補修してあり、ゴミ箱にはカップラーメンの空き容器があふれんばかりに積み重なっている。部屋全体に、ちょっと酸っぱい臭いがするのは、生ゴミが溜まっているからに違いない。
先ほどの場所がいわゆるサーバールームというやつで、実際には、仕事はこっちの部屋でしていたのだろうか? 打って変わって、人の生活臭がプンプンする。ただ、ここの住民は、相当にズボラなのだと容易に想像できる。IT関係の男性っていったところだろう。
「あれ?」
壁にはコートが掛かっていた。すっきとしたデザインのロングコートのそれは、ブルーグレーの落ち着いた色合いで、一目で女性のものだと分かった。やはり、ここの住民のものなのだろうか? 女性なのか男性なのか、ちょっと、イメージが出来なくなってきた。あるいは、ズボラな女性とかかな?
それに、よく見ると、机の上にはネックレスが置いてある。淡く青い宝石――たしかアクアマリンがぶら下がっていて、派手さは無いけれど、気品を感じる。この人は、青色が好きなのだろうか? そして、やはり女性に間違いはない。それも、落ち着きのある、知的な女性なのだろう。けれど、どこか不安で、それでいて一抹の寂しさを感じる――いや、さすがにそこまで分かるわけがないけれど、なぜか、そんな風に思えて仕方がない。
―― ピチョン ――
「えっ?」
どこかで、水が落ちる音がした。空耳だろうかと、もう一度、耳を澄ましてみる。
―― ピチョン ――
やはり、水だ。間違いない。けれど、サーバールームにも、こっちの事務室にも、水回りはどこにもないのに――
いや、ある。事務室の奥をよく見てみると、洗面室と書かれたドアが開けられていて、洗面台が顔を覗かしている。たぶん、音の発信源は、そこなのだろう。おそるおそる覗いてみると、洗面台のほかにも、トイレと浴室があるみたいだった。
「そうだ、窓だ!」
と思って見上げてみたが、残念ながら、そこに窓は無かった。
―― ピチョン! ――
洗面室に入ると、さっきよりも音が強く聞こえる。洗面台は別に水が漏れているといった感じでは無かった。そこには、歯ブラシと、たくさんの化粧品、それにドライヤーなどが乱雑して置かれている。見たところ歯ブラシは一本しかない。どうやら、ここの住民は女性一人で間違いなさそうだ。
―― ピチョン! ――
洗面台ではないとすると、ではトイレだろうか? 確認してみるけれど、ここでもなさそうだ。ならば浴室かなと、ドアを開けてみると――
―― ピチョン!! ――
ビンゴ! どうやら、浴室の水が漏れているらしい。だけど、真っ暗で何も見えない。明かりを付けてみると、ようやく、浴室の様子が鮮明となった。
―― ピチョン!! ――
蛇口からの水が浴槽に流れている。流れ出た水は浴槽を満たし、あふれ出た水が浴室の床を伝わり、排水溝に流れ落ちていく。
けれど、赤い。床が真っ赤に染まっている。そして、流れる水も、同じくらいに赤い。
水をたどると、やはり、浴槽の水も真っ赤だった。ワインを煮詰めたような、パトカーのランプのような、夕日に照らされた街のような――赤だ。
浴槽には、沈んでいた。
青白く、美しく、髪の長い、すらりとした、裸の、たぶん……
女の死体が。
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