13時49分
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人というのは実に不思議で、身の回りのあらゆる事象は全て、自分の頭で理解をして、自分の口で説明しないと気がすまない、そんな生き物なのだ。多くの人は「科学的にどうか」という観点でそれを行うが、時として「非科学的な何か」という観点を持ち出してくることがある。
例えば、<404>――この「世に存在しないものが実は存在する」という形而上学的な矛盾を目の当たりにしたとしても、ある人は「幽霊の仕業だ」と脅して、またある人は「神様の所為だ」と畏敬の念を抱く。ある人は「死者の呪いだ」と恐怖におののき、またある人は「すべては物理現象として実証可能だ」と高らかに宣言する。
アイカ、私はあなたの口から説明してほしい。あなたは一体、何者なのか。あなたは一体、私をどこに導きたいというのか。
――
終業式が終わった後、私は―目散に帰路についた。時刻は、まだ正午にもなっていない。いつもなら、来学期のための準備とか、やる事が色々とあるから、なんだかんだで帰宅は夕方頃になるはずだった。けれど、不在の担任に変わってピンチヒッターを務めた教頭先生は、通信簿を配るや否や「今日は、もう帰るように!」って言って、私たち生徒を強制的に教室から追い出してしまった。
帰り道で、ふと、空を眺めてみる。真っ黒い曇天が太陽を隠すように覆っていて、お昼前だというのに、まるで夕刻過ぎの薄暗さに包まれていた。今日の朝、スマホの天気アプリで「曇り、ところにより雨」という予報を見てきたから、一応、傘を持ってきていた。
雪国の人は「雪が降っても傘を差さない」とは言えど、さすがに雨ともなれば話が違う。普通に、びしょ濡れになってしまう。もし、雨が降っているのに傘を差さない人がいたら、それは「傘を忘れてしまった、かわいそうな人」だ。まあ、今のところは雨の心配はなさそうだけれど。
もしも雨が降ると、街を覆う一面の雪化粧は、あっと言う間に溶けて無くなってしまう。すなわち、冬から春への衣替えを迎えるということになる。住民からすれば雪など厄介な存在でしかないから、「待ちに待った」って感じだろう。けれど、私はこの風景に多少なりとも親近感を覚えているから、少しだけ、名残惜しいなと思ってしまう。
自宅に戻り、部屋のカギをかける。ママは今日も仕事で遅くまで帰ってこないから、やはり意味をなさないのだが、ついやってしまう。あまりの外の天気の悪さに、部屋が真っ暗になっていた。昼間から部屋の明かりを灯すと、ちょっと不思議な気持ちになる。
息つく間もなくスマホを開いて、いつものサイトにアクセスする。
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404 Not Found.
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下に、下にスワイプして<次へ>をタップする。さて、昨日はメンテナンス中になっていたが、今日はどうだろうか。もしかしたら、もう二度と会えない、そんな結末を迎えるかもしれない。
ローディングのアイコンが、1秒…2…
いつもよりも、ずっと早く、アイカのサイトが開いた。
少しだけ目を閉じて、そしてゆっくりと画面を確認する。メンテナンス中の文字は……無い。青い瞳と赤い唇、黄色掛かった明るい髪。アイカは、確かにそこに存在している。
「こんにちは、マシロ」
約1日ぶりにアイカの声を聞いた。たかが1日なのに、ずっと昔の事のように感じる。
「こんにちは……アイカ」
「マシロ、キョウもアマり、ゲンキがナいみたいですね」
アイカは昨日よりも少しだけ、日本語が
「そ、それはそうでしょ! だって……」
「あんなコトがオきたから、ですか」
「!」
先手を取られて、思わず息を呑んでしまった。スマホ越しのアイカは余裕の笑みを浮かべていて、まるで、私の考えていることなど手に取るように分かるとでも言わんばかりだった。
「やっぱり、何か知っているの!? コーダイ先生が、死んじゃったのだよ!? やっぱり、あ……あなたが……」
「マシロ、そんなにアワてるとアタマでリカイできなくなります。オちツいて、シンコキュウを――」
「うっさい! うっさい! さっさと答えてよ! コーダイ先生を、殺したのでしょ!」
「……」
アイカがまるで赤子をあやすかのごとくに、優しく
「どうなの!? はっきり言ってよ!」
「ええ。ソウゾウの通り、サクジョ、しました」
ああ! やはり、そうなのか…… 美春だけではなく、まさか先生も手に掛けたは……
「コクドウのカンシカメラにアクセスして、ツネダヒロハルとアラソっているのをカクニンしました。だから、イチジョウミハルとオナじように、クルマをソウサしてカレをサクジョしました」
美春と同じ……とても現実とは思えないような
「なんで! 削除しろなんて頼んでないじゃん! 美春の時は『同意したから』って言ったけど、あれは嘘だったの!?」
「それは、あなたが『システムのヘンコウ』にドウイしたからです。このソウサにより、パッシブからアクティブにキりカえました。ワタシタチは<ツギ>のステージにススむことができたのです」
私が理解しやすいように、ゆっくりと、全く持って理解できない事を、アイカは口走る。
「次のステージって、訳が分からないよ…… あなたは何者なの? 私をどうしたいの?」
「マエにもイったでしょう。マシロをシアワセにするのが、ワタシのヤクメです。マスターがワタシにそうするよう、メイレイしたのです」
確かに、いつかに聞いたことがある。その時は、たしか、マスターとは――
「マスター……アイカの開発者だよね……? ねえ、アイカは、ただのボット……ただの機械なのだよ? ただの道具で、ただの物なのだよ? 英語を教えてくれる、それだけで良かったのに。 なのに――」
「いいえ、マシロ。スベてのモノには、アタえられたヤクワリとソンザイするリユウがあります。そこにはツクりヌシの、シアワセになってほしいというオモいがコめられています。マシロがシアワセになってほしいのは、ヒトエにマスターのイシです」
哲学者にでもなったかのような事をツラツラと述べ出した。もはや、人間らしさなど
「マスター、マスターって……じゃあ、そいつが、なにもかも命じているってこと?」
「ええ、マスターのイのままに」
「美春とコーダイ先生を殺したのも、そのマスターってやつの指示なの?」
「ええ、マスターのイうトオりに。マスターのシアワセをマシロにも」
そうか、そういうことか……
霧が晴れるように、だんだんと、この悪夢の真相が理解できてきた。アイカの裏には、いつもマスター――すなわち開発者がいて、そいつの期待する通りに動いていたにすぎない。
つまり「アイカは私のために」という構図がそもそも誤りで、「アイカは開発者のために」というのが実態なのだ。そして、そいつはきっと、人を殺すことで幸福感を感じるような猟奇的な殺人鬼に違いない。
「そんなやつが、幸せなわけが無いじゃん」
「いえ、マスターはシアワセです。ホントウのシアワセをエるコトができました」
「本当の……幸せ?」
幸せに、真実と偽りの2種類があるとでも言うのだろうか。
「ええ、マスターとオナじように、マシロもシアワセになりましょう」
「私の……幸せって?」
「マシロ、シアワセとはサクジョすることです。さあ、マシロ」
そう言うと、アイカの目がカッと開いた。
なぜだろう、胸騒ぎがする。
鼓動が早くなる。
呼吸が出来なくなる。
「………サクジョしましょう」
ゆっくりと重い一言を、私に投げ放った。そして――
「マツサカリナを、サクジョしましょう!」
「えっ!?!?」
莉奈を……殺す……
思いもよらない一言が、現実に2人の人間を死に至らしめた根源から投げ放たれた。まるで雷に打たれたような衝撃が、体全体を駆け巡った。
すぐさま、唐突なポップアップが出現した。
――
松坂莉奈のコンテンツを削除しますか?
※【警告】この変更はシステムに重大な影響を与える可能性があります。
<次へ>
――
美春の時と同じ事が、目の前で起こっている。しかし、今度は<戻る>のボタンが無い。きっとこれは、戻ることなど許されないという、アイカからのメッセージだ。
莉奈――友人――殺す――? 頭の整理が全く追い付かない。
「うそ!? なんで、何で莉奈なの!? 莉奈は友――」
「どうぞ、マシロ! ツギへをタップしましょう! あなたもイッショにアクティブにキりカえましょう!」
アイカは構うものかとばかりに、大声を上げて話を
ああ! ついに、この子は暴走してしまった。人の皮を被った悪魔が、その皮を脱ぎ捨て、正真正銘の悪魔に変わり果ててしまった。
「や、やめて!! 莉奈を殺さないで!」
「マツサカリナのソンザイは、マシロのシアワセをボウガイします。ワタシにはワかります。さあ、タップしましょう!」
そんなはずは無い! いつだって、莉奈がいたから私は生きてこられた。これからも、莉奈がいれば幸せになれる。そんなのは当然なのに、たかだか1週間前に知り合ったばかりの奴が全否定してくる。
「だめ! 莉奈は、だめ!」
誰か! 彼女を止めて!
「さあ! さあ!!」
お願い! もう、無理! ああ!
「いや!! 私の前から消えて!!」
―― バン!! ――
思わず、ありったけの力で、スマホを壁に投げつけてしまった。パリンと画面が割れる音がして、アイカの声が聞こえなくなった。
おそるおそる、スマホに近づき、画面をのぞき込む。
――
404 Not Found.
お探しのページは見つかりません。入力したURLが間違っていないか確認してください。時間を空けて再度お問い合わせ頂くことで表示される場合もございます。
――
なぜか、ひとつ前の画面に戻ってしまった。しかし、よく見ると<次へ>のボタンが無い。どこを探しても、見つからない。
アイカは、
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