18時16分
――
<404>
なぜインターネットを発明した人達は、「存在しないページ」に<404>という番号を授けたのだろうか? しょっちゅう見るページなのに、すごく中途半端というか。たとえば<2>とかでもいいし、なんなら<999>とかでもいいんじゃない?
もしかしたら、開発者の知られざるエピソードが秘められているのかもしれない。例えば「失恋のショックから立ち直れない男の愛車のカーナンバーが404で、このページが開くたびに彼女とドライブして過ごした甘い日々を思い返している」とか。ほかにも「開発会社の社員の一人が不慮の死を遂げた。しばらくしたのち、その会社には次から次へと災難が降りかかる。死者の魂を鎮めるために、彼の社員番号404を割り当てることにした」なんてのも、ありそうだ。
そもそも、「存在しないページ」という日本語がちょっと変じゃない? そのページにアクセスしたら応答があるのだから、「存在する」ってことじゃん。「存在しないページが存在する」って、禅問答しているんじゃあるまいし。
そう、私が目にしているこのページは<404>だから「存在しないページ」を意味するはずだけれど、彼女は確かに存在する。
――
404 Not Found.
――
真っ白で空白のページ、その奥に眠る<次へ>のボタンをタップする。
「こんばんは、マシロ」
アイカが出迎えてくれる。
「アイカ! おばんです」
「おばんです……ジショにトウロクされていません」
「こんばんはって意味だよ」
「リカイしました。ガクシュウデータベースにシンキツイカします」
アイカでも知らないことがあるのか。
「そうそう、アイカ! ありがとう! 美春をぎゃふんと言わせることが出来たよ!」
「どういたしまして。ミハルはぎゃふんとイいました」
おお! ていうか、繰り返さなくてもいいんだよ。
でも、本当にうれしい。明日から憂鬱な日々を過ごさなくてもすむかと思うと、晴れ晴れとした気になってくる。
そういえば、一つだけ謎なことがある。
「なんで、私にここまでしてくれるの?」
アイカはただの英語の勉強用チャットボットだ。しかも、無料で提供してくれている。そもそも、勉強に関係のない会話をする必要なんかないし、利用者の情報を収集する必要などないはず。
それに、私のスマホのデータにアクセスしたりとか、SNSからデータを拾ってきたりとか、正直いうと常軌を逸しているような気がする。結構な技術力がないとできないのは確かだろうし、商用のサービスとして法的にグレーな範囲に踏み込んでいるのではないか。
じゃあ例えば、利用者のログをこっそりと収集してそれを販売する、なんてビジネスモデルがあるのかもしれない。できるだけたくさんのデータを収集できるように、あたかも会話調にすることで、こちらの好感度を上げて情報を引き出している、とか。
であれば、なぜ404ページになんか作るんだろう。これを見たら、「ああ、サービスが終了したんだな」って思って、ブラウザを閉じてしまうはず。多くの人に使ってもらったほうが絶対にいいのに。
なぜ、404――
「マシロがシアワセになるようにです」
まるでこちらの思考を遮るかのように、アイカが割り込んできた。
「幸せ……?」
たしか、昨日もアイカはそんなことを言っていたと思い出す。
「マスターにより、リヨウシャがシアワセになるようヨウケンテイギされています」
マスター? マスターって開発者とか管理者のこと? 利用者は私? でも、何でそんなことをしてくれるの? ていうか……
「幸せになるって、どういうこと?」
昨日と同じ疑問をぶつけてみる。
「サクジョすることです」
「え、削除?」
「ええ、マシロのフヘイフマンをサクジョします」
不平と、不満? それって……
―― シアワセとは ――
―― フヘイフマンからカイショウされて ――
―― ヨッキュウにたいしてミたされているとカンじることです ――
昨日のアイカの言葉が、頭の中でリフレインした。
そういうことか、私にとっての不平や不満は全て、美春がもたらしていたんだ。だから、私から美春を遠ざけられることが出来れば、私は幸せになる、そうアイカは判断したてことか。
目を閉じて、少しだけ、今日のことを振り返ってみる。
美春には今まで心底、嫌いで嫌いでしょうがなかった。後1年も高校で一緒かと思うと、残念でしょうがなかった。朝、学校に行くのがつらいと感じる日もあった。だから、美春のあの泣き顔を見て、心がぱあっと晴れた気がしたんだ。
一方で、家庭環境とかを聞いて、ちょっと可哀そうに思ったのも事実だ。表から見た彼女は誰しも憧れる女子高生だけれど、裏からひっくり返して見ると、人にはいえない不平不満が存在することがわかった。七色というのは、光があればキラキラ輝くが、光が当たっていないと暗く灰色に見えるのかもしれない。
「でもさあ、ミハルだってフヘイフマンがあるんじゃない?」
「ミハルはリヨウシャではありません」
そっけない返事が返ってくる。
「ツヅいて、マツサカリナのコウドウデータにアタッチします」
え?
アイカが突然にしゃべりだした
「ちょっと、まって!? なんで莉奈の?」
「リナについてシりたいことをケンサクできます」
アイカはこちらの言うことを聞いてくれない。
「ちょっと待って! 莉奈は友達だから、不平も不満もないって!」
思わず、声が大きくなる。
「ナンでもトいアわせてください」
莉奈とは何でも会話できる仲だから、別に教えてもらわなくてもいい。仮に莉奈の心の中にしまい込んだ秘密があったとしても、それを私が引っ張り上げるのは違うよ。友達じゃあないよ。
「リナについて、ケンサクできます」
「聞け!! やめろ!!」
大きな声が部屋中に響き渡る。
「……」
アイカも私も、黙ってしまう。
沈黙が、二人の間に流れてくる。
ふと、アイカのほうから先にしゃべりだした。
「マシロ、アシタはシケンのヒです」
「あ……うん、そうだ、けど……」
全然違う話を持ち出してきたので、ちょっとびっくりした。
「もうイチド、シケンハンイのおさらいをしましょう。カコモンデータよりレイダイをジドウセイセイします……」
「うん……」
そう、色々なことがありすぎて忘れるところだったが、とにかく追試に合格しなければならないんだ。勉強はもう完璧なのかもしれないが「念には念を」の精神でもう一度、対策でもするか。
だってアイカは「英語の学習用チャットボット」なのだから。ちょっと暴走するような素振りを見せるけれど、私が「嫌!」と言えばおとなしくなる。幸せとかなんとか聞いてきて、ちょっと怖いけれど……。私に利は与えてくれども、決して害を与えてくることはないのは確かだ。
そう、追試をパスして莉奈と一緒に三年生になって、美春は私から距離を置いて……。それは私にとって、バラ色の未来。アイカと一緒なら私は幸せになれる、
さあ、勉強、勉強……
――
もしもタイムマシンなるものが存在して、この時の私に会うことができるのなら――開口一番、こう言いたい。
「アイカの言っている幸せは、真珠にとっての幸せなんかじゃないよ!」
と。
でも、この時の私は未だ何も知らかなった。これからもずっと、幸せはアイカが運んできてくれる、そう思って疑わなかった――
あんなことになるまでは。
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