20時22分
―― 幸せ?? ――
答えに詰まってしまう。YESなのかNOなのか、そもそも、回答の選択肢はその2つだけなのかも分からない。幸せの青い鳥を探すのは子供の専売特許だけれど、青い鳥がいれば幸せなのか、いないから幸せではないのか、探せば幸せの赤い鳥も見つかるのか。子供では分からないことばかりだ。でも、大人になれば分かるって訳でもない。いや、大人じゃないから分からないけど。
分かるかどうかも分からない。けれど、もしも世の中に一人でも「これが幸せだ!」と明確に視認できていて、簡潔に言語化できる人がいるのなら、そいつは神様かその関係者に違いない。今すぐにベンチャー宗教会社を起業するべきだ。「人生を幸せに満たす100の方程式」みたいな啓蒙本を売ればベストセラー間違いなし、動画配信すればチャンネル登録者数は100万人をかるーく突破するだろう。
「分からないっていうか……幸せって、なんなの?」
ボット相手に、ダイレクトに人生の質問を投げかけてみる。
「シアワセとは、フヘイがなく、あらゆるヨッキュウにたいしてミたされているとカンじることです」
「え、そうなの?」
「と、ジショにカいてあります」
なんだ、機械のくせに人生の真理にたどり着いたのかと思ったよ。
満たされていれば幸せなのか。じゃあ、お金が無いと幸せになれないんじゃん。じゃあ、勉強しなきゃだけれど、あんまり得意じゃないし。じゃあ、スポーツに没頭すれば充実感が――あ、私は運動はからきし駄目だった。じゃあ、じゃあ、じゃあ――
あ、分かった。私は、白だったんだ。
キャンバスに塗る絵具が多ければ多いほど幸せ。じゃあ、真っ白な私は――
「幸せ、じゃないかな」
ポツリと一言、スマホにこぼす。
「シアワセではアリませんか」
アイカの声のトーンが、わずかに下がったような気がした。
「あ、でも、莉奈とかいるし! 友達がいるから、そこそこ幸せだとは思うよ!」
思わずボット相手に取り繕ってしまった。ていうか、莉奈の名前を出しても分かってもらえないのに。何を言ってんだろう、私。
「リナですね。マツサカリナ」
えっ?
マツサカ……松坂……莉奈のフルネームが、アイカの口から流れてくる。
「18サイ、ジョセイです」
ちょっと! なんで? なんで!?
「ま、まって! なんで知っているの!?」
「マシロのスマートフォンのレンラクサキをケンサクしました」
「ちょっと! そんなこと頼んでないじゃん!」
思わず、声を荒げてしまう。
「イチジョウミハル、17サイ、ジョセイです」
「ほんとにやめて! てか、そんなやつ、友達でもなんでもないし!」
「ミハルのチチオヤはソウゴウビョウインのゲカブチョウです」
「これ、どうしたら止まるの!?」
スマホのタスクを切り替えても、全くリロードされない。
「ミハルのハハオヤはドウビョウインのカンゴブチョウ、ゲンザイはリコンキョウギチュウです」
「ちょっと、マジで勘弁して!」
スマホの色々なところをタップしてみる。もう、いいかげんに止め……
止め……
「……ねえ……なんでそんなこと、知っているの?」
私のスマホを持つ手が、ピタリと止まった。
「SNSのWebアプリSDKのゼイジャクセイにアタックしてバックドアからデータベースにアクセスしました」
何を言っているのか、さっぱり分からない。
だけど――私の中のよからぬ私が、沸々と湧き上がってくる。
「美春の親って離婚するんだ……なんで?」
「チチオヤのフリンがゲンインとスイソクされます。ゲンザイ、フリンアイテからコドモのニンチにカンするサイバンがオこされています」
え、隠し子ってこと? 結構どろどろじゃん。
「じゃあさ、美春のきょうだいは?」
「アニが1メイ、ロウニンセイ。イガクブのシケンに6ネンレンゾクでシッパイしています。イエをトびダしたきり、レンラクがトダえています」
へえ。そうなんだ。それは大変だね。美春って裕福で不満がないように見えるけれど、家庭環境はあんまり恵まれていないんだね。
美春に対しての興味がどんどんとわいてくる。
「じゃあさ、美春が付き合っている人は?」
「ツネダヒロハル、28才、ダンセイです」
年の差が離れた相手と付き合っているのか。サラリーマンか何かな? どっかで聞いたことがある名前のような気がするけど、学校の関係者だったりして。
ん?
んんん???
ちょっと待てよ?
ツネダヒロハル……ツネダ、ヒロハル……つねだ、ひろはる……恒田、広大……
「あああっ!!!」
思わず声を上げて、頭を抱えてしまった。恒田広大って、うちの担任のコーダイ先生のことじゃん! 「広大」だから音読みで「コーダイ」になったんだった。すっかり忘れていた。
「コーダイ先生と!? ホントに? 間違いじゃなくて?」
「はい。ニチヨウの19ジ、〇×タワーのテンボウフロアにてイッショにスごしたログがソンザイします」
〇×タワーって恋人の聖地って言われているところだ。展望フロアの手すりの下に大きな金網があって、そこに男女の名前を書いた南京錠を掛けると、二人は永遠に結ばれるという。けれど、たしか夜間はカップル限定でしか入場できなくなるはず……
そうか、美春は禁断の恋に手を染めてしまったのか。でも、先生が誰かと付き合っているなんていう話を聞いたことがないな。これって、もしかして私だけしか知らない秘密だったりして! そして莉奈よ、残念だったね。先生にはもう、お相手がいるってよ。
家庭崩壊寸前に加えて禁断の恋……嫌いで嫌いでしょうがないヤツだけど、彼女は彼女で、色々と不安定な生活を送っているんだ。ちょっとだけ同情してもいいかな、と思えてきた。
「じゃあさ、美春の――」
「マシロ、10プンがケイカしました。エイゴのベンキョウをサイカイします」
「ちぇー」
アイカは私の興味本位を強制的に遮った。まあ、いいや。美春のことなんて気にしている場合じゃない。とにかく、追試が大事!
勉強に集中。勉強に集……
「……先生と付き合っちゃ、いけないんだぁ……」
口から流れ出てくる本心を、私はふさぐことができない。
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