翌朝のこと

 夜更けまで続いた舞踏会。結婚式の幸せな空気とそこで起きた騒動、そして大量に魔力を使用したことで疲れ切ったリリーは舞踏会が終わり、夫婦の寝室に戻ると、何とか侍女たちの手によって化粧を落とし、服を着替え、湯浴みをしている辺りで記憶が途切れてしまっていた。


 季節は初夏。冬はベルンに比べればマシとは言え、冷え込む代わりに夏でも過ごしやすいトレシアのカーテンは薄く、陽の光を存分に取り込む。すでに高く登ったでいるあろう陽射しを感じて目を覚ました、リリーは隣で眠るロビンに気づき、大声を上げかけ、慌てて押さえる。


 昨日から夫婦になったのだから、ロビン様が隣りにいても当然じゃない。寝室も二人の寝室に場所を移したのだし。というか、それよりも、私、新婚初夜なのに寝台に入った記憶すらないわ。


 流石にこれで「これが初夜なのね」と思うほどリリーは箱入りではない。どこに嫁いでもほぼ確実に跡継ぎを期待される身分の者たちは意外とそういった教育はしっかりとされるものだ。


 最も昨日の舞踏会が終わったのは夜遅く。新婦の疲れも考慮して実際の初夜は後日行う場合が多いとも聞いていたのでそこは気にしてもいないが、それでもせめてロビン様にお休みの挨拶ぐらいはしたかった、そう、思っていいると、隣でロビンが身動ぎするのに気づいた。


「ロビン・・・・・・様?起こしてしまいましたか?」


 そんな声をかけるリリーに最初は眠たげな表情をしていたロビンだが段々と目覚めたのだろう、ニッコリと笑うと、


「いや、陽射しを感じたから目が覚めただけだよ。それにいくら今日は予定が入っていないとは言え、そろそろ起きないといけないしね。僕は少し支度をしてくるけど、リリーは疲れているだろうし、もっと寝てても良いからね」


 そう言うとベッドを抜け出すロビン。彼はそう言ってくれているとはいえ、ロビンに一人で朝食をとらせるつもりはないし、話したいこともいっぱいある。疲れもゆっくり朝寝坊してかなり取れたリリーは、自分も支度をするため侍女を呼ぶベルを鳴らしたのだった。


「おはようリリー、一緒に朝食を摂れるのは嬉しいけど、本当に大丈夫?無理してない?」


 そんな気遣わしげな王子の言葉にくすぐったい気持ちになりつつ、心配させないように、とニッコリと笑顔を作る。


「お気遣いありがとうございますロビン様。でも本当に大丈夫ですわ、ぐっすり眠ってすっかり回復しました。それにせっかくの新婚初めての朝ですもの、朝ごはんぐらい一緒に食べたいですわ」


「まあ、どちらかというと、午前のお茶の時間だけどね。でも、無理してないなら良かった。昨日もほとんど食べれてないし、早速いただこうか」


 そう言ってまずはお茶に手をのばすロビン。


 時間は遅いものの、ロビンの言うとおり昨日は予定がぎっしりで満足に食事を取る時間すらなかった二人。目の前には比較的ボリュームのある朝食が用意されていた。


 食事が終わり、お茶を楽しんでいるところで、リリーはロビンに向き直った。


「その、昨晩はごめんなさいロビン様。私、せっかくの初めての夜なのに、寝台に入ったことすら覚えていませんでしたわ」


 恥ずかしげなような、申し訳無さそうげなような声で言うリリーにロビンは笑う。


「そんな、何も気にすることないよ。昨日は疲れているだろうからもともと何もする気はなかったしね。むしろ本当は別室で眠るつもりだったのだけど、せっかくだったら、リリーの隣で眠りたいからって、ベッドに潜り込んだだけだしね」


 そう穏やかに言ったロビンは、リリーの目を見つめる。


「今日は、リリーには特に何も予定を入れないようにしてあるからこの後もゆっくりお休み。今晩に備えてね」


 そして、そう流し目気味に言うロビンからいままで感じたことのなかった色気を感じたリリーはピキッと固まる。


 確実に朝食の席にはふさわしくない空気だが、新婚の2人、しかも、2人がいるのは夫婦の寝室の続きにある私室という最もプライベートな空間なこともあって従僕も侍女も誰一人咎めるものはいない。いや、いるとしたら古くから彼に仕えた侍女頭くらいなものか。彼女ですら「あんまり奥さんをいじめるものではありません」とでもいいたげな顔を浮かべるだけで特に何も言いはしない。


 あからさまに固まったリリーに苦笑いしたロビンは、


「冗談だよリリー。時間はいっぱいあるんだ。急ぐ必要はないからね。でも予定がないのは本当だから、今日はゆっくりしていてね」


 またいつもの穏やかな王子に戻ったのを見てリリーにもまた笑顔が戻る。


 あらかた食事もすんだところで、リリーは「ところで」とロビンに切り出す。


「ロビン様、昨日はありがとうございました。それに申し訳ございません」


「それは、昨日の騒動のこと?感謝してもらえるのは嬉しいけど、どうしてリリーが謝るの?」


「それは・・・・・・、裏にロベリア王国があったとは言え、実行犯は私の兄ですし、そもそも私が兄に恨まれていなければ、皆様のお手を煩わせることもなかったのでないか、と。そもそもあんなことをした者の妹が王太子妃になって皆様から不満は出ないでしょうか?」


 最後は少し尻窄み気味に声が小さくなるリリーにロビンは安心させるように微笑む。


「悪いけど、ベルンでのリリーのことはある程度は調べさせてもらったし、議会にも報告している。自分で言うのも何だけど、大国に嫁ぐことで恨みを持つ人間がいるだろうことも織り込み済みで議会も納得して結婚を承認している。むしろここまで全く尻尾を出さなかったロベリアがようやく表に出てきたのを喜んでいる人間もいるぐらいだ」


(実際はあの手この手で納得させたのだが、それを言うつもりはロビンにはなかった。)


「やっぱりロベリアとの仲は不穏なんでしょうか?」


 ロビンの言葉に安心しつつ、別の部分に不安を感じたリリーが聞く。


「まあ、商売敵だからね。お互い友達とは思っていないかな。ただ、ロベリアだって本当にトレシアとぶつかったら、その方がよっぽど損害が大きいのは分かっている。そんなことをしている間に北の帝国にでも狙われたらそれこそ大変だしね」


 まあ、いつものことだ。とばかりにロビンは言う。その言葉に納得したリリーはもう一つ気になることを聞くことにする。


「あと、軍に捕まったお兄様はどうなるのでしょうか。もちろんあのようなことをした以上どうなっても文句は言えないのですが、ベルンの民にまで影響がでるのはと心配で」


 暗に賠償金でも請求されるのか、と聞くリリーにロビンは「そうだねぇ」と天井を見つめる。


「これは陛下と議会の意向もあるからなんとも言えないけど、とりあえずお兄さんは早々とベルン大公のもとに引き渡す予定だよ。強い魔法使いがずっとこの国にいるのは困るしね。あとはベルンとの交渉次第だけど、実害は出ていないし、慶事のあとだから、あまり大事にはしない予定かな。正直ベルンから欲しいほどのものもないしね」


「それも、そうですわよね・・・・・・・」


 身も蓋もないことを言うロビンだが、自国の弱小っぷりは充分知っているリリーもまたうなずく。


「いずれにせよ、こちらとしては今後こんなことがないよう魔法使いの管理を徹底してくれれば文句はなし、そんなところに落ち着くと思うよ」


 そう言ってお茶を飲み干すと、タイミングを測っていたのか側に控えていた従僕が目で合図する。


「おっと、本当はもう少しゆっくりしたいんだけど、そろそろ時間みたいだから行かないとね。リリーは今日はゆっくりしていて良いからね。私ももう数日すれば休暇が取れる予定だから」


 そう言うと、従僕たちを引き連れて部屋を出ていくロビン。彼を見送ったリリーはまた疲れに襲われ、その日はロビンのすすめ通りゆっくり過ごすことにしたのだった。

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