兄の魔法と妹の魔法
「ところでロビン殿下。我が国では最近ベルン公国とのつながりを持ちましてね。我々のように商売を生業とする国にとっては有益なことも多い。そしてとある有能な魔法使いと仲良くさせていただいているのですが、彼は『魅せる魔法』も得意だとか。もしよろしければベルンの姫君の前ではありますが、一つ余興をさせていただいてもよろしいですか。」
その言葉に会場はざわつきだし、リリーの表情は今度こそこわばる。慌てて表情を戻すリリーの手を強く握るロビンだが、リリーの焦りも相手はもはや想定内だろう。笑みを深め、表面上はにこやかに王子を促す。
この後の展開はある程度読めるが、かといってこういった夜会に余興はつきもの。他国の名代として来た者の申し出を断ることも出来ない。結局ロビンは感謝を表し、許可をあたえるのだった。
ロビンの許可を得て、「こちらへ、」
そう言うと、卿の隣にさっとローブを深く被った魔法使いがどこからともなく現れる。会場のどこかから魔法で移動してきたであろうブルーノだ。ベルンの第一公子のロベリア王国が関係を持っていることも会場の人々からすると驚くことだが、それ以上に目の前で展開された瞬間移動の魔法に会場がざわめく。
そんなリリーはぎこちなくロビンに視線をやり合図する。予想通りのことにロビンは「安心して」とでもいいたげな目線をリリーに送った。
一方、ファブリカ卿の裏工作を知っているトレシアの面々もまた、まさか自分からその関係を表に出すとは思っておらず、ざわめき出す。異様な空気が会場を包んでいた。
「ロベリア国王と己斐にさせていただいておりますベルン公国第一公子のブルーノと申します。本日は私の可愛い妹の結婚を祝い、また良き隣国のさらなる繁栄を願ってちょっとした余興をお見せいたします。」
すると目をつむり、何かを考える様子を魅せる。と、次の瞬間、会場中に色とりどりの光の玉が漂い始める。客人達がその不思議な光景に目を奪われていると、ブルーノは目を開く。その直後、光の玉が一斉に天井目掛けて浮かび出し、そしてパァーンと破裂し、美しい光線となって会場中に降り注いだ。
先程まで、ざわめいていた客人達だが、魅せる魔法の代名詞である花火を屋内用に改造した、と思われる光の魔法の幻想的な姿に見入り、そして感嘆のため息を漏らす。特にお祝いだからかロビンの青とリリーの緑は彼らの周囲に降り注がせる、という周到さだ。この後の展開を予想しているロビンとリリーすら思わず感動してしまう出来だ。
会場中に降り注いでいた光線もやがて美しい尾を引いて消え、会場にはどよめきだけが残る。誰からともなく拍手がわき起こり、魔法使いは胸に手をあてて軽く腰を折って答えた。
「素晴らしい魔法ですね、ファブリカ殿。私も思わず見入ってしまいました」
素直に感謝と感動の意を表すロビン。そんな彼とその隣に立つリリーを見た、ファブリカ卿はクッと口角を上げた。
「お気に召していただけたようでしたら誠に光栄です。ところで、王太子妃殿下もまた優秀なベルンの魔法使いとお聞きしております。もしよろしければここで奥様の魔法を披露いただけませんでしょうか?皆様もいかがでしょう?」
最後の一言はまだ興奮冷めやらぬ会場に向けて発せられる。ベルン公国の魔法といえばおとぎ話になるほど有名なもの。会場のざわめきがリリーの魔法に期待していることを示していた。
表面上は焦りなど全く見せずに「どうしましょうか?」と少しもったいぶるかのように顔を見合わせるロビンとリリー。しかしそのリリーの表情が少しだけ固くなっているのに気付いたブルーノはニヤリと笑みを深める。役立たずの末の妹の表情が歪むのをみるのが大好きな彼だからこそ分かったほんの僅かな違いだが、余裕を見せていられるのも今のうち。失望する王子や来客達の姿に歪む妹の表情を想像して彼はさらに笑みを浮かべた。
一方リリーの表情の変化に気づいたのがもう一人。もちろん夫であるロビンだ。「と、ファブリカ殿は言っているけどどうする?」そう訪ねつつもその答えが決まっているのは二人とも百も承知だった。表向きは何も知らない他国の名代からの申し出を断れば、それでなくても良くないロベリアとの関係にさらにひびが入るし、他の客人達にも怪しまれる。
答えの決まっているロビンはリリーを安心させるように目と目を合わせて微笑み、そして手を握る。その感触に勇気をもらったかのように、作り笑顔から本当の笑顔になったリリーは目の前の夫に向かって自分もまた微笑みかけた。
「えぇ、大したことは出来ませんが。皆様のお目汚しに私の魔法をご覧に入れましょう」
そう言うと、会場をぐるりと見回し、あるものを見つけけると、目をつむる。そして次に目を開けるとぽんっという明るい色とともにリリーたちの側の燭台の火が青色に変わる。
「せっかくですから旦那様の色にしてみましたわ。もっと他の燭台にも魔法をかけますわね」
そう芝居がかって言うと、ドレスに忍ばせていた魔石に手を伸ばしまた目を閉じる。同時に王子の目線での合図で会場の明かりが落とされ、客人達がどよめいたか、と思うとあちこちで「あっ」という声が上がる。
会場に設置された燭台の火が少しずつ様々な色に変化していく。変わる火は一つか二つだから派手さはないが、会場の明かりが暗くなったことと先程の派手なショーとの差もあって会場は幻想的な空気に包まれる。やがて会場のあちこちの燭台で色とりどりの火が点ったところでリリーは目を開けた。
会場を見回したリリーの視線は目の前のロビンの目で止まり、そして会場の反応を待つ。先程の華やかなショーとは打って変わった静かな魔法に会場もまた静まり、リリーは固唾を飲む。
流石にこの程度の魔法では失笑ものだろう、先程の魔法とは規模が違いすぎる、そうニコリとブルーノが笑おうとし、ファブリカ卿にリリーの魔力の少なさを追求するよう目で合図をしようとした瞬間、会場のどこかから拍手の音が聞こえた。
「素晴らしいですわ、妃殿下。こんな幻想的な空間初めてです。勝手なお願いですが、こちらの燭台にも魔法をかけてくださいませんか。できれば私の婚約者の瞳の色のルビーの色に」
そう声を上げたのは、味方作りの時に最初にリリーの味方を買ってくれたメリーベル。するとその声を筆頭にあちこちから拍手が沸き上がり始め、そしてこちらにも魔法を、という声も聞こえ始める。リリーはその声に答え少しずつ会場中の燭台の色を変えていく、やがて会場が様々な色の光に包まれたところでロビンが声を上げた。
「皆さん我が妻の魔法はいかがでしたでしょうか。トレシアは魔法を使わなくなって久しいが、このような美しい魔法を使える妻を迎えることができ、我が国としては誇らしい限りだと思っております」
その声に拍手が一段と大きくなる、と次の瞬間この場に似つかわしくない大声が響き渡る。
「なにを、こんな子供だましの魔法。役立たずの姫など拍手に値しない。こうなれば我が手でこの場をぶち壊すのみ、良いなファブリカ殿」
そう言ったのはブルーノ。しかしあまりに興奮していたのか、ファブリカ卿が首を縦か横か微妙な振り方をしていたことには気づかなかった。そしてそのまま衣装に隠した魔石を取り出し振り上げる、
ところが、次に起こるであろう大きな魔法が何も起こらなかった。
予め聞いていたとは言え、兄の魔法の恐ろしさを知るリリーは思わず目をつぶってしまっていたが目を開けるとそこには大人数の軍人たちに抑え込まれた兄の姿があった。
以前リリーが言ったとおり、たとえ強い魔法使いであろうと、魔法を練り上げている間に物理的に攻撃されてしまえば身動きが取れない。会場が魔法ショーに魅了されている間に各所に軍人たちを忍ばせていた王子の作戦勝ちとも言える。
「おい、私はロベリア国王の命で来た身。さらにベルン公国の第一公子。このようなことをして両国が黙っていると思うのか?」
そんなブルーノを見下ろしたロビン王子は怖いほど冷静に言葉を返す。
「トレシア王国を上げた祝いの席で攻撃魔法を使おうとした、それだけで充分拘束には値すると思うが。そしてファブリカ殿、彼はこう言っているが、トレシアを攻撃するつもりで彼は今日この場にいるのですか?」
強国トレシアの王子の一睨み。それにまともにぶつかるつもりは端からなかったらしいファブリカ卿は大げさに両手を振る。
「まさか、私はあくまで素晴らしい余興をする、というので彼を呼んだのです。まさかこのような蛮行に及ぶとは夢にも思わず」
「嘘を付くな、式をめちゃくちゃにして構わないといっただろう。それに先程も首を縦に振っただろう。」
ファブリカ卿の言葉に噛みつくブルーノを王子に負けず劣らない冷たい目線で卿は見る。
「証拠は?私はそんなことを言った覚えはありませんね。先程も私はあなたを止めたつもりだったのですが。」
そう言って地面に伏せる彼に近づくとその辺に脱ぎ捨てられていたローブの一部をまるで脅すような仕草で正確に踏み抜く。カシャンという音がして彼の顔が歪んだ。おそらくローブにファブリカ卿との音声を記録した魔石を隠していたのだろう。
「おっとなにかを壊してしまったようだ。これは失礼」
そう言ってにやりと笑うその視線は今度はロビンの方に向く。証拠品を壊されてしまったロビンは苦虫を噛んだような顔をした。
とロビン、その両者を見たファブリカ卿は話を続ける。
「とはいえ、彼を余興を頼んだのは私であり、我がロベリアであることも事実。もちろんロベリアも全く無責任というわけには行きませんが、今日は祝いの席。そういった話は後日改めていませんか?」
最低限証拠品は回収したとは言え、ファブリカ卿の作戦もまた失敗したと言えるのだろう。早急に事件の幕をひこうとする彼にロビンは「少し待て」という。
「何だ?」と訝しがる彼に
「もう一人話しをして置かなければならない者がいる。
フレシェンド卿、こちらへ」
そう言うと、本当は人影に隠れて事態を見守るつもりであったのだろうが、王子直々に指名されては出ていかないわけにも行かない。若い男性に付き添われ、やや年齢以上に歳を感じさせる風貌の老人が進み出る。鼠姿のリリーが見たフレシェンド伯爵だ。
「すでに祝いの席にしては無粋なことが続いているからな。担当直入に言おう。卿、ブルーノ公子をロベリアに紹介したな」
考えるえる暇も与えぬように言うロビン。しかしここ最近は一気に老けたとは言え、もとはトレシアを代表する大貴族。王子に詰め寄られただけではびくともする様子はない。
「何を根拠に突然そんなことを。それに仮にそれが事実だとしてなにか問題でも。殿下もご存知の通り、我々は貴族である以上に商人。我々の利益になる人脈は積極的に繋げるのも仕事です」
「証拠か、ならばこれを見よ」
そう言ってロビンがさっと近寄るアンドリューから受け取ったのは一枚の紙。それを見た伯爵は一瞬顔をしかめる。
「これがなにかは分かったようだな。そう、ベルンとロベリアをつなぐ代わりに、ブリスタムにおけるロベリアとの交易でフレシェンドの商会が他の商会より有利になるようにする、という覚書だな」
そしてロビンは一度伯爵を見据える。
「何故、それをという顔をしているな。悪事をするならまずは身内を固めなければ行けない。こちらから突けば簡単に寝返ってくれる者はいたぞ。
そして、確かに普通の商会であれば、ややずるいかも知れないが、これもまた一つの商売だと認められるだろう。しかしフレシェンド卿、あなた達は先の行いで外国の要人と交渉する権利も、ブリスタムの主要な商業の規定について決める権利も、そして我が国では大きな力となる魔法に触れる権利も失っていることを忘れたか?」
そう、密輸問題で失脚したフレシェンド伯爵家は多くの権利を失っていた。今回の事件ではたとえただの顔つなぎ役に徹していたとしてもその立場からすれば充分断罪されるに値するのだ。
その言葉についに言葉を失ったフレシェンド伯爵はうなだれる。
そして続いてロビンはファブリカ卿に向き直る。
「と、いうことなのだが、卿、あなたはこれについてはご存知で?」
「まさか、もちろんフレシェンド家の事件については知っていますが、何分ロベリアとトレシアでは距離がある。まさかそこまで力を失っていたとは思っておりませんでした。もちろん、きちんと調べずに契約したのはこちらのにも非がある。これについては後日、我が国王から改めて謝罪することになるでしょう」
知らないわけないだろう。遠いと言っても馬車で数日の距離だぞ。と思うところのあるロビンだが、ここでトレシアと並ぶ大国ロベリアを刺激することもない。一つ息をつくと、
「まあ、そういうことにしておきましょう。この話についてはまた、後日陛下とロベリア国王陛下の間で話し合っていただくことになるでしょう。よろしいでしょうか?」
そう言って目を向けるのは、ここまで息子に事態の収束を任せることにして、手出しをしていなかったトレシア国王。特に異議なしとでも言うように鷹揚にうなずいたのを見てロビンは改めてファブリカ卿に向き直る。
「では、フレシェンド伯についてはこちらの問題だ。こちらで片付けて置きます。そして公子についてですが・・・・・・彼は重罪を犯そうとした人物。こちらで拘束させていただきますよ」
「もちろん構いません。むしろ、このようなことをしでかした人物とは早々に縁を切りたいですね。処分は一任しますし、そちらでどうにかしていただけますか。」
完全に見捨てられた形のブルーノは息を呑むが、ここトレシアでことを起こそうとした時点でロベリアはこの結末もある程度想定していたのだろう。ロビンは
「そちらが良ければ」
と頷く。いずれにせよトレシアとしてもベルン公国とは話し合わなければならなかったところだ。まさか妻の母国の公子を自国で罰するわけにもいかないし、早々に彼はベルンに送還されることになるだろう。式の後もやることは山積みだな、そう思ってロビンは天井を仰いだ。
そういているうちに、拘束されたブルーノは軍によりどこかへ連れて行かれ、騒動の中心となったファブリカ卿やフレシェンド伯爵は付き従う者たちと会場を出ていった。
ざわめきが続いていた会場も落ち着いて来たところを見て王子が声を上げる。
「皆様、せっかく集まっていただいたのにこのような騒ぎとなってしまい誠に申し訳ございません。謝罪はまた後ほど正式にいたしますが、本日は祝いの席。まずは残りの夜を楽しんでいただければ幸いなのですがいかがでしょうか?」
その声にどこからともなく拍手が沸き起こる。ロベリアとトレシアの関係は多くの人に周知のこと。この事件の裏事情を知る者たちは特に追求することもなく。王子の言葉に賛同した。
流石にホッとした様子のロビンは、ここまで騒動を固唾を呑んで見守っていたリリーに微笑み、そして離していた手を握り直す。
「リリーもせっかくのお祝いの場がこんなことになってしまい申し訳ない。リリーの素敵な魔法も消えてしまった。もしよければもう一度みんなを楽しませてくれるかい」
とびきりの笑顔、先程までも様子はどこへやら、ギュッと手を握り甘く囁く王子に、鼓動を弾ませつつ、リリーもまた王子に向き直る。
「えぇ、もちろんですわ」
そしてまた新たな魔石を取り出し、目をつむると再び色とりどりの明かりに会場が包まれる。同時に再び会場の明かりが少し落とされ、楽団が音楽を再開する。
どこからともなく、「まずは新婚の二人からダンスを」という声が聞こえ始め、王子達の周りに空間が生まれる。
「まだお話しないといけない方もいるんだけど、まずはは、みなさんもこう言ってくれていることだし、」
とリリーに微笑むと、王子はひざまずき、手を差し出す。
「一曲、踊っていただけますか、リリー」
「もちろんですわ、ロビン様」
音楽に合わせて踊り始める二人。そんな二人に会場にはまた幸せな空気が流れ始め、二人を祝福する舞踏会は夜遅くまで続いたのだった。
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