変身魔法の使い道
グレーホルンの王子と会った翌日、ちょうど比較的時間があったリリーは、自分付きの侍女たちを呼び寄せていた。
「実はね、みんなにちょっと見てほしいものがあるの」
そう言って軽く目をつむるリリーは予めクレアに着替えさせてもらっており、普段のドレスとは違う可愛らしいが簡素なワンピースにエプロン、頭にリボンを載せた姿だ。そしてポンと軽い音がすると、そう、そこにはリリーも久しぶりに変身するリボンの鼠の姿があった。
突然登場した鼠にビクッとする一同だったが、可愛らしく装った姿にすぐそれがリリーだと思い至る。ベルン公国の変身魔法がよく知られているのもその助けになっただろう。リリーだとわかれば、リボンをのせた鼠姿の愛らしさに皆目を輝かせ。リリーにもそれが分かったのだろう。器用に後ろ足だけで立つとクルッと回って見せる。そしてもう一度目をつむるとそこには人の姿のリリーが立っていた。
「突然驚かせてごめんなさい。これが変身魔法よ。まぁ・・・・・・変身するのが鼠っていうのもなんだけど、結構使えるのよ」
そう言って苦笑いをするリリーに侍女達の中でも特に魔法への憧れが強い一人ブラニカがかぶりをふる。
「いえ、そんな事ありませんわ。まさか変身魔法をこの目で見ることが出来るなんて・・・夢みたいです」
「喜んでもらえたなら何よりだわ。それでね、皆に集まってもらったのはお願いがあるからなの」
「お願い・・・ですか?」
リリーの口から突然出たお願いの言葉に侍女たちはキョトンとする。唯一驚かなかったのはリリーの趣味を知るクレアだけ。彼女は反対に「ついに言ったか」といった呆れたような表情を浮かべた。
昔馴染みの侍女の目線も何のその、侍女たちを見回したリリーはそのお願い、を口にする。
「実はね、ベルンにいた頃はこの鼠の姿になってよくお忍びでお散歩したの。この姿なら、王女としては行けない場所にも行けるから。でも、鼠の姿でお忍びしている間は人としてのリリーはいないことになってしまうわ。ベルンではクレアに魔法で手伝ってもらってたんだけど、訳あってこの国ではその手は使えないの。だから、皆で私がお忍びにいくことをバレないようにして貰えないかしら?」
リリーとしても非常識なことをお願いしている、という自覚はある。しかしそれでもどうしてもお忍びがしたい理由があるのだ。それもこの国を挙げての行事になるであろう自身の婚礼の前に。
どうにかならないかしら、その思いで胸の前で手を組みお願い!のポーズを取るリリーにまず口を開いたのはブラニカだった。
「でしたらぜひお手伝いさせていただきたいです」
そういったブラニカは周りの仲間の侍女たちを見回し続ける。
「それでなくても魔法の国からこの魔法がない国へ突然嫁いで来られて、それも知り合いもほとんどいないくてお寂しいはずなのに文句一つおっしゃらなくて。そんな姫様がお願いされることなんですもの。ぜひ叶えて差し上げたいですわ。だめでしょうか?」
言い終わったブラニカが視線を向けるのは侍女長だ。王室の女性達のスケジュールを管理するのは最終的には彼女だ、と言っても良い。以前リリーの魔法に関連してこっぴどく叱られたことのあるブラニカはその鋭い目線に少し怯むが、しかし彼女の協力なしにはリリーのお願いは叶えられないこともよく知っている彼女は必死にその視線に耐えた。
「お願いできませんか。マリアンヌさん」
リリーもその目線を侍女長に向けお願いする。いつの間にか他の侍女たちも口々にお願いを口にしていた。
結局折れたのは侍女長の方だった。
「わかりましたリリー様。確かに時には息抜きも必要ですわね。この国では貴重な魔法を使える方としてあなたにしかできないこともありましょう。リリー様がベルン公国にいらした頃と同じような頻度で出来るかはわかりませんが、可能な限りリリー様のご趣味に協力いたしましょう」
「本当!ありがとう。とっても感謝するわ」
他の侍女たちは気付いていないリリーがお忍びをしたがる本当の理由にも、彼女は気づいているらしい。その力はトレシアのためになるんですね?という無言の圧を瞳に載せて話す侍女長の視線を受け止めつつ、リリーは感謝を口にする。そして侍女長を中心に協力の方法が考えられるのだった。
それから少し時間がたち、リリーを中心に集まっていた侍女たちが少し離れると、リリーはもう一度目を閉じる。するとそこには先程と同じリボンの鼠がいた。
侍女長を中心に考えられたリリーの不在をごまかす方法は彼女のスケジュールの合間を狙って彼女の部屋に誰も入れない、というもの。それに加えて姿が比較的似ている侍女が念の為、彼女のドレスを着て影武者を務めることとなった。単純な方法だが、いずれは王妃になる彼女に突然会うことが出来る者などいない。強いて突然彼女の私室を訪問する可能性があるとすれば彼女の未来の夫であるロビンだが、彼についてはいずれこの趣味をバラすつもりだ、とリリーが言ったことで問題は無くなった。
「必ず約束の時間までには戻ってくださいね。それと危険なところには絶対に行ってはいけませんよ。あなたの身はあなただけのものではないことをくれぐれもお忘れないよう」
お小言ようでいて、実はリリーのことも案じてくれている侍女長のありがたい言葉に、
(もちろん分かっているわ)
とリリーはニッコリ笑って返事をする。最も今の姿では「チュー」と言う鳴き声にしかならないのだが。
しかし彼女の身振り手振りでとりあえず返事をしたことは理解したのだろう。困った姫君だこと、とでもいいたげな笑みを浮かべた侍女長がブラニカに目で合図をすると侍女たちを代表してブラニカが手のひらにリリーを載せ、続きになっている衣装部屋の一角から上の階に上がると、屋根裏に下ろしてくれる。鳴き声で感謝を告げると、あまり時間もないリリーは早速身軽に走り去るのだった。
屋根裏伝いに廊下の上に向かい、そのままタタタッと走りリリーは多くの人が集うサロンが集まる一角に向かう。第一王子と隣国の公女、つまり自身の結婚式が迫っていることもあり、この王宮には国賓が集まり始めていた。彼らは談笑しつつ、水面下で外交を進める。
リリーがここへ来たのは他でもない、先日の事件の手がかりがここで話す人々の話を聞けば得られるのではないか、とおもったからだ。
サロンは基本的には密室。護衛こそいるもののその護衛を味方に引き入れてしまえばいくらでも密談可能なこの部屋での話をリリーなら気付かれずに聞くことが出来る。あまり褒められた話ではないし、この国に大きな害をなすものでなければどうするつもりもないが、しかし危険な魔法が使われた、それもベルン公国が関わっているであろう事件は放っておけない。その一心でリリーは変身魔法を駆使し、諜報員じみたことをすることにしたのだ。
身軽な体を生かして、高い天井にめぐらされたはりからはりへと移動するリリー、その下ではトレシア王国の要人達が話をする様がよく見える。しかし残念ながらいくつの部屋を巡ってもベルン公国に関する話は聞こえてこない。やはり突然思いつきで出てきたのは失敗だったかしら、そう肩を落としつつ、次の部屋へと移動したリリーは目の前に現れた光る2つの目にビクッと固まった。
「きゃっ、見つからなかったかしら。ここでもやっぱり猫って飼われているのね」
そう、リリーが見つけたのは自分と同じく、器用に天井を移動していた一匹の猫だった。ベルンでは魔力を帯びることで猫や他の動物に追いかけられることは無くなったが、ここでは魔力を帯びた動物が珍しいのか、あの猫は全く怖がる様子もなくこちらへとやってきた。
とっさにリリーがはりの影に隠れ、そのまま逃げ出さなければ鉢合わせしていたかもしれない。追いかけてこないか、と心配したリリーだったが、俊敏さでは上回るリリーを見失ったのか、特にあの猫が追いかけてくる様子はなかった。
「あぁ、焦ったわ。毛並みも良かったしきっと宮殿のネズミ捕り係ってやつね。それにしてもここはどこかしら、あまりあちこち行って迷ってしまっても大変だわ」
そうつぶやきながら逃げてきた部屋を見回すリリー。どうやらここもサロンの一つらしい。どんな人が話しているのかしら。そう思って身を乗り出したリリーの耳に聞こえてきたのは、驚きの内容だった。
「なるほど、鼠の姫君の噂は本当だと。そうであれば殿下はなんとしてもその事実を隠したいでしょうな。ベルンといえば魔法、反対に言えばそれ以外の利用価値はないに等しい田舎ですから。」
祖国を思い切り馬鹿にされ、ムッと来たリリーだが、いら立ちを押し殺して盗み聞きを続ける。
話しているのは初老の男。かなり良い身なりをしているからなかなかの高位貴族と思われる。彼に話しているのはまだ若い貴族風の男だった。
「婚姻の席でこのことをばらしてしまえばベルンもトレシアもその権威は失墜。特に笑い者となるトレシアの影響力の低下は避けられないでしょう。ここであなた方の登場な訳です。」
「そして我が一族は表舞台に返り咲き、あなた達は繁栄を得ることとなる、ということですな。」
「えぇ、すでにベルンの優秀な魔法使い、それも公族を引き入れております。この部屋も」
「助けてくれぇ」
急に上がった悲鳴に驚き落っこちかけるリリーだが慌てて体勢を戻している間にも外にいるであろう騎士たちは入ってこようともしない。
「このように厳重な遮音魔法が展開されております、今日は都合により連れてこれませんでしたが、代わりにこれをいただきましてね。本当に魔法については優秀な国ですよ。」
そう言ってこれみよがしに上着から取り出すのは見事な魔石だ。高等技術ではあるが魔石を使えば魔力を封じ込めて一定のタイミングで放出させるようなことも出来る。この方法を使えば、その場にいずとも強力な魔法を展開出来る。
「本当に便利な力だ。この力を使おうとしないのだから我が国も頭の悪いことよ。さて、ではこの後も予定通りに
進めてくれ。」
「もちろんでございます。成功した暁にはくれぐれも約束を違えぬようお願いいたしますよ。」
「当然だ」
そう言うと、何事もなかったのように彼らは部屋を出ていく。当然のように会っていた、ということは彼らは本来関係があっておかしくない人物なのだろう。
ただ、話していた内容はおかしいことばかりだ。彼らが誰なのか、この国に来たばかりで把握できない彼女にはざっくりとしたことしか分からないが、それでも彼らがベルンとトレシア、そして現王家に害をなそうとしていることは明らかだ。これは殿下に伝えないと、そう考えたリリーは私室に向かって踵を返すのだった。
陽が沈み、街の喧騒も鎮まる頃、大通り沿いに構える一軒の宿屋。宿屋といっても街道沿いにあるようなものではなく王都の中心部に相応しい重厚な造りの建物で内装も貴族の邸宅と比べても遜色ない。その一室に据えられた居心地の良いソファに悠然と腰掛けるのはロベリア王国の有力貴族、ファブリカ伯爵だ。表向きの訪問理由は迫るトレシア王国王太子の結婚式に向けた調整。しかしそこには裏の理由があった。だからこそ彼はサン・ローレ宮殿に宛てがわれた客室も大使館もあるにも関わらず、別に宿を取ったのだ。
懐中時計を確認した彼は、誰もいない部屋の真ん中に向けて、「良いぞ」と声をかける。すると突如「ポンッ」と軽い音がして、そこには今までいなかった筈の青年が立っている。魔法の中でもかなり高い魔力を必要とする瞬間移動魔法を何でもないことのように使いこなす彼はベルンの第一公子ブルーノ。
「今宵もご機嫌麗しいようで何よりです。ファブリカ卿」
いつ見ても不思議な光景に常に尊大な態度のファブリカ伯爵もさすがに感嘆をもらす。
「相変わらず見事のものだな。ブルーノ公子。」
「このくらいはベルン大公家では日常です。褒められるほどのものでもございません。」
「その割には前回のお茶会では上手くいかなかったようだが」
「魔法そのものは完璧でした。事実向こうは私の魔力の痕跡にまったく気付いておりません。誤算は妹の魔力量について、すでに王太子が把握していたことです。あの役立たず、どうやって殿下に取り入ったのか。殿下も硬いと評判だったのに・・・・・・。さては身体で落としたか」
「不敬だぞ、言葉に気を付けろ。」
ブルーノは魔法については天才だがそれ故か短気で思慮にかけるところがある。それを短い付き合いで見抜いたファブリカ伯爵は厳しい口調で窘める。この部屋にはブルーノお得意の防音魔法がかかっているし、そもそも二人がこの宿で密談していることをトレシアの者が知るはずもない。とはいえこれから共に行動することもあるだろう、と考えると、注意しておくにこしたことはないとファブリカ伯爵は考えていた。
「失礼致しました。つい」
そう言ってブルーノは罰の悪そうな顔をする。
この話を長くするつもりもなかったファブリカ伯爵はそれ以上何も言わずに今後の話に移る。
「まあ、結婚式での試みが上手くいけばなにも問題ない。突然ベルンの姫に魔力がない、などとバラされては国内も混乱するだろう」
「はい、妹が見せることの出来る魔法は子供だましばかり。舞踏会で披露を求めればどう転んでも二人の評価はさがるでしょう」
前回は強力な魔法を使うことで魔法の国の姫であるリリーに疑いの目を向けさせ宮殿内に不協和音を生じさせようとしたが、既にリリーの魔力について知っていたロビンはリリーを疑うこともせず、事態も噂が出る暇もなく事故で納めてしまった。
そこで今度は反対に結婚式の後に行われる舞踏会でリリーの魔力の少なさをばらしてしまおうと考えていた。
もっともファブリカ伯爵はブルーノのように楽観視している訳ではない。そもそも今時魔力が人の価値に与える影響などしれている。しかし同時に人は急に今まで知らなかったことを知らされると、必要以上に動揺するものだ。ここまで順調過ぎる道を歩いてきた王太子の評判に傷を付けるには充分だろう。
そこから軽く打ち合わせをすませた二人は、部屋で別れる。ブルーノは再度魔法を展開して忽然と消え、ファブリカ伯爵は側近達を呼び出し今日はそのままこの宿屋に泊まることにする。
宿屋に頼んだブランデーのグラスを傾けつつ前回の婚約の舞踏会でみたリリーの姿を思い出していた。魔法に頼らない国が多いなかでロベリアは魔法の有用さに目をつけていた。リリーとファブリカ伯爵を含めたロベリアの有力貴族との結婚も画策していたのだが、常とは違う熱量でベルン公国と交渉したトレシアの王太子にかっさらわれたのだ。
その時にことを思い出し、苦々しい顔をするファブリカ伯爵だった。
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