親友同士の会談
たとえ異例と言える早い時間の謁見であれ、優秀な侍女たちの準備にぬかりはない。翌日早朝から起き出し、それよりもっと早く起きた侍女たちによって入浴から着付けに化粧まで手間暇かけてバッチリお姫様に仕上げられた彼女は、ややこじんまりとした部屋で俳優王子ことウィリアムと対峙する。
「この度はご婚約おめでとうございます。ベルンの至宝のお噂はかねがねよりお聞きしておりましたが、噂以上の美しさでいらっしゃる。ロビンが羨ましいですね」
「まぁ、過ぎたお言葉にございますわ。私も殿下の評判はよくお聞きしております」
外交力に優れ、俳優としても超一流と言われるだけあって、その柔和な笑顔の裏側に何を思っているのかは分からないが、少なくとも表向き会見は和やかに進む。
ロビンが言ったとおり彼ら二人は古くからの付き合いらしく、気心のしれた関係なのが会話から伺えたし、それはそれとしてリリーが知らないようなグレーホルンの事情については、それとなくロビンが補足を入れてくれるおかげでリリーも問題なく会話に混ざることができた。
結婚式の予定、ここ最近の隣国の情勢、外国から手に入れた新しい文化や商品についての情報交換等、有意義だが、無難な会話が一刻ほど続く。
そろそろ約束の時間も過ぎる。急な訪問だからなにかあったのかしら?と思ったけど、ただ足の軽い王子なのかしら。そうリリーが思った頃、結婚式への招待客についてすり合わせをしていたウィリアムがロビンを見据える。
「さて、そろそろ時間なことだし、本題に入ろうじゃないか」
今までの人当たりの良い笑みが急に好戦的になり、身構えるリリー、しかしロビンはまるで予想していたかの王に表情一つ変えず、
「セント・レーファーズ劇場の支援についてだろう。それは却下だ。そんな余裕は今はない」
先手を打つものが交渉を制す、のかもしれないが、突然変わった会話の内容にリリーは全くついていけない。そんな彼女を尻目に二人は更に話を続ける。
「まあ、そう言わずに俺たちの仲だろう。あの劇場の修復には我が国の威信がかかっているんだ。ぜひここは君達の力を」
「友情と外交は全く別物。ウィリアムがそれをわからない筈はないだろうに。いずれにせよ今回は助けられないな。トレヴァーズでもオランドでも別の国を頼ってもらいたい」
あまりに素っ気ないロビンにそんな態度出良いのか、と戦慄が走るリリーだがウィリアムの方は気にした様子もない。そんなやり取りを数回繰り返した後、先に折れたのはウィリアムの方だった。
時間がきた、というのもあるだろうが、リリー達の結婚式への出席を約束すると、先程までのやり取りはどこへやら。またにこやかな表情で部屋を去っていった。
「あの、そのとても差し出がましいのは承知なのですが、ご友人とはいえ隣国のお願いをすげなく断ってしまって良いのですが?」
「あぁ、あれかい。彼の「お願い」はよくあることだからね。ああして支援を取り付けるのが彼の仕事の一つだし断られるのも想定しているから気にすることはないよ」
「そうなのですね。あと、どうしてウィリアム王子がセント・レーファーズ劇場?のことを話す、と分かったのですか」
質問ついでに気になっていたことを話す。劇場自体はわりとこの辺では有名な歌劇場なので知っていたし、古い劇場故に修理がいる、という噂も聞いていたが各国の支援が必要な程、とは知らなかった。そんな彼女の質問に返ってきた答えはある意味単純なものだった。
「この前、婚約記念の夜会があっただろう。あの時小耳に挟んだんだ、グレーホルンが劇場修復の支援を頼んで回っている。毎度のことでたまったものじゃあない、とね。今あの国で支援が必要な程大規模に修理をしているのはセント・レーファーズしかない。という簡単な消去法だよ」
そう言うとロビンは穏やかなニコリとした笑みをニッコリとしたものに深める
「どうも私は華がないでしょう?その分うっかり口を滑らせるものも多いんですよ。まぁ、グレーホルンの大使もいる中でする発言ではない、と呆れてはいたんだけどね」
そう笑うロビン。うっかりというがおそらくそこには確信犯な部分もあるのだろう。王子としては地味という評判を逆に利用するロビンにリリーはなにかを掴んだ様子だった。
更に時間は過ぎ、晩餐も終わった頃。謁見をした部屋よりも更に小さな、しかし居心地良く整えられた部屋で二人の男がグラスを傾けていた。
一人は地味ながら整った顔立ちをしたこの国の第一王子ロビン。もうひとりは舞台役者のような華やかな顔立ちが特徴のグレーホルン王国第二王子のウィリアムだ。
二人共ジャケットはかろうじて着ているもののクラヴァットは外してしまい随分砕けた姿で酒を交わしていた。
「いいのかい?こんな良い酒を。なんだかんだで出費は多いと聞くけど?そっちも」
腹心の護衛以外全員を下がらせたこともあり、ロビン王子の口調は完全に友人に対するそれである。
「構わないさ。もちろん金の出どころは俺のポケットだしね。そうでなくても我が国もそこまで困っちゃないさ」
「困ってないなら、毎度うちに劇場の話を持ってくるのはやめてくれないか?」
一見すると核心をついたような言葉だがその表情は少し呆れたように笑っており怒っているわけではないのが見て取れる。そんな彼にウィリアムは悪びれずに言葉を返す。
「魔法ものは相変わらず人気があるんだよ。そこへ隠されてきた魔法の国のお姫様だろう。絶対大成功だよ。だからぜひ舞台化の許可を、ついでに結婚の裏話を」
「舞台化出来るような話があれば苦労はしてないよ。それに彼女を見世物にする気はないね。朝言ったとおり他を当たってくれ」
そう、実はロビンはまだリリーに説明していないことがあった。ウィリアムが求めていた「支援」それは金銭ではなく、修復が終わった劇場のこけら落としで上演する演目の話題提供だった。
俳優王子の名の通り、特に舞台芸術に造形の深いウィリアムは外交で訪れる先々で舞台化できそうな話を集めるのをライフワークにしていた。そして今回グレーホルンでも特に由緒正しい劇場の修復完了のお祝いにロビンとリリーの話を使えないかと、以前から打診されていたのだ。
もちろんロビンとしては彼女のことが見世物になるのはたまったものではないが、それ以前の問題がある。思わず愚痴をこぼしたロビンにウィリアムは苦笑する。
「今朝の感じだと好感触だと思ったが、単純に「王子って良い人ね」止まりってことか。ちゃんと彼女にアピールしているのか?」
「あぁ、もちろん。言葉にも行動にもしているし贈り物もしている。でも彼女はこれは完全な政略結婚と信じ切っているようでね」
ロビンは遠い目をする。
「まぁ、頑張れよ。少なくとも嫌われてはいないんだろう。お前のことを信頼しているようなのは見て取れたしな。そして思いが通じたらぜひその話を・・・・・・」
「だから、舞台化させない、と言ってるだろう!なんというか、ウィリアムも変わらないな」
声を大きくしたもののロビンも本当に怒ってるわけではなく、どちらかというと呆れた様子だ。二人の王子の話は月が高く登る頃まで続くのだった。
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