第163話、鍛錬場(演習場)
「暫くじゃの」
賢者は少々気に食わないと、表情で見せる様にしながらそう口にする。
「ええ、申し訳ありません」
ただし向けられた人物は特に動じた様子もなく、深く頭を下げて謝罪を述べた。
その人物は今回の騒動で首をかけた男、この国の第二騎士団の団長だ。
賢者としては『動きが遅くないか』という嫌味だったが、彼はその嫌味に言い訳をしない。
その事が余計に賢者にとっては気に食わず、自分がとても小さい人間に思える。
「・・・まあ、良い。それで、場所は借りられるんじゃろうな」
「押さえております」
賢者の問いに対し、男は静かに応える。何の事かと言えば訓練の為の場所取りだ。
侍女に青年への連絡を頼んだ後、青年はこの男へと連絡を取った。
賢者が何をやりたいのかを察して、その為の場を確保する為に。
その結果即日で場所を押さえるに至り、男が報告と案内に来たという訳だ。
「では、ご案内いたします」
団長自ら迎えに来た上に、案内まで本人がやると告げる。
男の態度に少々不安を感じるものの、ここで疑っても何も始まらない。
そう判断した賢者が立ち上がると、そのまま青年の腕に抱えられた。
「護衛を連れて行く事は許可して貰うぞ」
「ご随意に」
先日までは城で自由に多くの護衛を動かす、と行った事は憚られる事だった。
それは城の兵士や騎士を信用しないと、喧嘩を売っていると思われかねない行為だからだ。
だが事ここに至っては、むしろ信用など欠片も無いと態度で示している。
故に少数の護衛で抑えるなどという事はせず、部屋の護衛の殆どをゾロゾロと連れ歩く。
そんな事をすれば当然だが、貴族達は一体何事かという様子で目を向ける。
だが賢者も青年も、案内の男すらそんな様子を無視し、スタスタと目的地に向かう。
「・・・所でお主、剣は持たんのか」
ただその移動の間暇だった賢者は、思わず男の腰元を見て訊ねてしまった。
「貴女の前で武装はしないとお約束致しましたので」
「ふん、律義じゃの。じゃが話し合いの場以外では持っていても構わん。こちらも護衛を付けておるのでな。お主を人質にしているとでも思われたらかなわんわい」
「承知致しました」
賢者としては男が普段まで武装をしない事で、逆に面倒になる事は避けたいと思った。
男がどれだけの地位に居るか知らないが、この男の主張が通らねば話が進まない。
万が一この男の身に何かあれば、拗れた話は余計に拗れるだろう。
「こちらで車を用意致しましたが、信用できないという事でしたら徒歩でも構いません」
「ふん、今更じゃ。ローラル、良いな?」
「君が良いなら私は構わないよ」
賢者は一応青年に確認を取ってから、車に乗る様に指示を出す。
護衛が居るので少々手狭ではあったが、一台だけではな無かったのが幸いだろう。
そうして賢者達は暫く車に揺られ、ゆっくりと車が止まるってから外に出た。
「ふん、成程のう・・・儂の意図を良く解っておるという訳じゃな」
「申し訳ありません。力不足を不甲斐無く思います」
賢者が周囲を確認して口にした言葉に、男は言葉通り頭を下げた。
男に案内された訓練所には、明らかに見物人と思わしき者達が数多くいる。
兵士や騎士だけならば、場所を開ける為に退かされたと、そう思ったかもしれない。
だが見るからに戦闘職ではない貴族や、魔法職らしき者達がチラホラと見える。
なにより半数ほどの騎士達の目が、嘲りや敵意に満ちている辺りが解り易い。
「構わん。これで力を示せば、その後はお主が上手くやってくれるんじゃろう?」
「お約束致します」
「なら良い。儂は儂の仕事をするだけじゃ」
賢者がそう答えると、男は今日初めて表情を崩し、申し訳なさそうに頭を下げた。
男の本音としては、本当ならばこんな場を作りたくはなかったのだ。
目の前の少女の危険性を理解しているが故に、こんなに手間取りたくはなかった。
まさかここまで保身や物が見えていない物だらけとはと、自国に呆れの心さえ抱えている。
そして何よりも、自分はそんな国の高位貴族という事にため息が隠せない。
「どうか、宜しくお願い致します」
「ふん、貴様に頼まれるまでも無い。これは儂が儂の為にする事じゃ。勘違いするでない」
「・・・感謝致します」
だが賢者はそんな男に対し、自分は自分の好きにやっているだけだと告げる。
貸しも借りも無く、ただお互いに成すべき事を成せば良いと。
幼女に告げられた男は思う所は有りつつも、何も言えない身だと思い素直に感謝を述べた。
「さて、ローラルよ、覚悟は良いか」
「お手柔らかに頼むよ」
賢者が声をかけると、青年は賢者を抱えたまま広い訓練場の中央へと向かっていく。
正確には演習場なのだろう。個の訓練の為ならば必要のない広さなのだから。
だからこそ見物人が多く集まれる場でもあり、今回に限っては好都合な場所でもある。
何せ賢者は派手にやるつもりだ。ならば広ければ広いほどやり易い。
「この辺で良かろう。おろしてくれ」
青年は言われた通り賢者を降ろし、そしてそこから少し離れた位置に立って剣を構える。
それは刃引きもしていない真剣であり、その事に見物人達は驚きの表情を見せた。
だが青年としては、こんな物は目の前の存在に何の脅威も無いと知っている。
『グオオオオオオォォォォォオオオオオン!!』
「――――――、本当に、お手柔らかに頼むよ・・・!」
最初から全力全開で、精霊化して来た賢者の前には。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます