第162話、待機(無理)

「いや幾らなんでも遅すぎるじゃろう!!」


 賢者の叫び声が室内に響き、聞いていた護衛達は苦笑いを返している。

 それも当然の事であり、あれから結局8日も経っている状況だ。


「すぐに話が纏まらんのは予想しとったが、ここまで待たされるとは思っとらんかったぞ!?」


 がーっと喚き散らす賢者ではあるが、護衛達もそれは同じ思いだ。

 何せこのままだと王族の式が先に終わり、話し合いの為に滞在する事になる。

 つまり本来の用事が終わって直ぐ帰る、という予定を崩さなければならない。


「お嬢様、落ち着いて下さい。騒いでも何ともなりませんよ」

「うぐぅ・・・」


 だが騒ぐ賢者に対し、侍女は静かに咎める様な言葉を投げつける。

 実際騒いだ所でどうにもならないのは事実であり、反論できない賢者は呻きを漏らす。


「しかしザリィよ、流石にこれは無いじゃろう。たとえ儂の出した条件が本来厳しいものじゃったとしても、落ち度はあちらに有るんじゃぞ。じゃというのにここまで待たせるか?」

「それに関しては同意致しますが・・・おそらく危機感が足りていないのではと」

「危機感が足りていない?」


 侍女の発言に対し、賢者は理解出来ないという様子で首を傾げる。

 あれだけ暴れ倒した上に、追加で脅したのにそれでも危機感が足りないのかと。


「まったく危機感が無いとは言いません。お嬢様はこの国にとっての重要施設を自力で破壊されてしまいましたので、その点に関しての危機感は持っておられるでしょう」

「まあ、そりゃそうじゃろうな。むしろ無かったら驚くわい」


 魔封じの部屋。魔法使いを無力化する特殊な部屋を賢者は単独で破壊した。

 だがそれは賢者であったから可能であっただけで、並の魔法使いには不可能な事。

 そんな事態を引き起こした魔法使いを相手に危機感が無い、等とは正気を疑う。


(・・・あの小娘には通用しそうじゃがの、あの魔封じ)


 自国の問題児の精霊術師を思い出し、賢者はついそんな事を思った。

 アレは魔力を吸われるという一見単純な罠とも言える。

 だが普段通りの魔法が使えないという事は、意外と魔法構築の阻害になるのだ。


 特に賢者の思い描いた少女の様に、碌に鍛錬もせずに感覚で使っている人間には。


「じゃがそれなら尚の事、話を早く進めなければ、と思うじゃろう。余り長々と待たせて、儂の機嫌を損ねる方が問題じゃと、そう思うのが普通ではないか?」

「それはお嬢様の危険度を、どの程度で認識しているのか、で変わって来るかと」

「儂の危険度?」

「ええ。現場でお嬢様を見た方であれば、お嬢様の力を理解出来るかもしれません。ですがお嬢様は元々この国に侮られていました。それがあの部屋を破壊出来るぐらいには強い、という認識にしか変わっていない可能性が在ります」

「・・・あの部屋破壊できるなら、それなりの魔法使いなんじゃが?」

「つまり、それなりの魔法使い、と思われているのではないかと」

「・・・ふむ?」


 魔封じの部屋を破壊したのだから、あの部屋を破壊できるだけの魔力量と技量がある。

 だが持っているのはその点においての危機感のみで、それ以外は侮られたままだと。

 侍女の言葉をそう受け取った賢者は、思わずため息を吐きながら口を開く。


「つまり、儂が危険じゃと認識したからこそ護衛を外す事は出来ないと主張している連中は、最悪儂の機嫌を損ねて戦争になっても問題ないと、そう思っとる訳じゃな」

「おそらく、ですけどね」

「成程、それは危機感が足りとらんな」


 あの魔封じの部屋は、確かに魔法使いごろしの部屋だろう。

 だが絶対に破れないかと言えば、そういう訳でもない。

 という認識を持っている者達が居て、その者達は危機感が薄いのだ。


 自分達にもやろうと思えば出来るし、正面から戦うつもりならば何とかなると。

 だから賢者の主張を飲む意味を見出せず、むしろ主張を飲む方が危険だと思っているのだ。


「・・・段々面倒になって来たのう」


 そして状況を理解した賢者は、ボスンとソファに身を投げ出してそう呟いた。

 言葉通りとても面倒くさそうな顔で、けれど侍女はそんな賢者に危機感を覚えている。

 アレはそろそろ爆発する顔だと。停滞した状況を受け入れるのが嫌になっている顔だと。


「お嬢様、流石に乗り込んではいけませんよ」

「ザリィは儂を何じゃと思っとるんじゃ。んな事はせんわい」

「失礼致しました。お嬢様ならやりかねないと思いましたので」


 侍女の言葉に不満そうな顔を見せる賢者だが、口ではそんな事を言いつつ少し思っていた。


「じゃがこのままじゃと帰国が遅れてしまいかねん。そうなると父上や母上が心配してしまう」

「そうですね。下手をすると大旦那様が乗り込んできかねませんね」

「有り得る話じゃな」


 孫娘の帰国が遅れたとなれば、孫大好きな祖父は間違いなく行動を起こすだろう。

 自分は当主じゃないから動いても問題はない、等と言い訳をしながら。


「流石にそれは困るのう。帰りで行き違いになる可能性も否めんし・・・そもそもこの国に長く滞在しているのが不快じゃからの。本音を言えば今すぐ帰りたい」

「お気持ちお察しします」


 そもそもこの国に来る道中の時点で、色々と面倒な事が多かったのだ。

 その上で国に到着したと思ったら、訳の分からない使いを寄こされ騒動になった。

 更に城に到着したらしたで、後継者争いに巻き込まれた様なものだ。


 賢者でなくとも嫌になって当然で、他国の人間を巻き込んでくれるなという話だろう。


「・・・ザリィ、ローラルを呼んでくれるか」

「殿下をですか・・・お嬢様、何をされるつもりで?」


 だからこそ、このタイミングで青年を呼べと言った賢者に対し、侍女は嫌な予感がした。

 そんな侍女に対し、賢者はニヤァっと笑って答える。


「なに、ちょっとした運動がしたいだけじゃよ。ちょっとした、の」

「・・・はぁ、承知致しました」


 その答えで大体の事を察した侍女は、突撃をしないのならばまあ良いかと諦めたのだった。

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