第159話、宣言(脅し)

 賢者が魔法を収めた後、周囲に居た騎士達は賢者と青年を囲んでいた。

 とはいえそれは賢者を害する為ではなく、むしろ守る為に陣形を作った様なものだ。

 ただ騎士達は自分の腰に武器が無い事で、若干不安そうな様子ではあるが。


「・・・何とも頼りない護衛じゃのう」


 そんな気配を感じ取った賢者としては、思わずそんな言葉が漏れる。

 騎士達は『お前のせいだ』と言いたくなった事だろう。

 だがここでそんな馬鹿な真似をすれば、待っているのは身の破滅だ。


 賢者が先程展開していた魔法。その魔法の脅威を今この場に居る誰もが知っている。

 たとえ今その魔法が展開されていないとしても、何時気が変わるか解らない。

 何より自分達の上司が首を差し出し、命を懸けて収めたこの場だ。


 そんな状況を無駄にする行動をすれば、最早騎士団に自分の居場所は無くなる。

 故に騎士達は不満を持ちつつも、誰も何も言わず職務に徹する。

 勿論態度を隠しきれていない者も居るのが現実ではあるが。


「不甲斐ない身を申し訳なく思います、ナーラ様」

「ふんっ、お主には言っておらん」


 そんな部下達を責める訳でもなく、ただ男は賢者に対し謝罪を言葉を告げる。

 だが賢者としては、男からは他の騎士達の様な不安は見て取れない。

 むしろ剣など無くても何とかする、という雰囲気が佇まいから溢れている。


 とはいえその様子だからこそ、賢者はどうしても拭えない不安を抱えているのだが。


(出来ればお主には離れて欲しいんじゃがの。ローラルが居るから大丈夫じゃとは思うが、この距離での戦闘は若干不安が残る。全く、こういう時は幼児の身が恨めしいの)

『グォン!』

(解っておるよ。いざという時は頼りにしておる。それでも儂自身の警戒は必要じゃろう)


 自分の魔法を見ても、少々の驚き以上の顔は見せなかった男。

 そんな男も賢者の護衛に立ち、賢者達の少し前を歩いている。

 当然そうなれば無防備な背が見えるのだが、賢者にはそれが無防備には見えない。


 むしろ青年と手合わせをする時の様な、ひりついた緊張感を味合わせられている。

 護衛されている安心感など欠片も無い。敵が傍に居るとしか思っていない。

 この距離でもし襲われては、幼児の自分に反応しきれるとは思えないと。


「それで、儂らはどうすれば良いんじゃ?」

「先ずはナーラ様のお部屋まで護送致します」

「部屋で待っとれ、と言う事か。随分と悠長な話じゃの。儂が待てずに暴れるとは思わんのか」

「貴女は聡い方です。その様な不利になる真似はなさらないでしょう」


 むうと、思わず唸る賢者。少しで口で勝とうとするが、一向に勝てる気配が無い。

 いや、むしろ相手に勝つ気が無いというのが正しいだろう。

 下手な反論などする気は無く、ただ問題なくこの場を収め状況を進める。


 男はただそれだけに努めており、男の心の内というものが全く見えない。


(第一王子とやらを見る目だけは、感情が大分籠っておったんじゃがな)


 ゴミを見る様な、と言うのがまさしく正しい目を向けていた。

 王子に向ける様な目ではないが、しかし賢者も同じ様な気持ちはある。

 故にその様な目を向ける事は理解できるが、だからと言って共感は出来ない。


 王子の増長を許したのはこの国で、その増長の被害に遭ったのが自分なのだから。


「そうじゃな、お主の所の馬鹿王子と違って、儂は理不尽な真似はせんよ。そして理不尽な真似をする身内を放置する事もせん。切り捨てて自分は何も悪くないと言うつもりも無い」


 だからこそ賢者はそう告げた。これはただ賢者の在り方を告げた訳ではない。

 話し合いの場を設けるのであれば、貴様達がそうでなければ話にならないと告げたのだ。


 今回の件は、王子達の処分で手を打つ気は一切無い。

 実際に動いた者達を厳しく処分したので許して欲しい、等という要望は無意味だ。

 表面上の謝罪で誤魔化す様な真似が行われば、それは確実に賢者を幼児を侮った行為だろう。


 もしそんな事になれば、話し合いの場は血の海になりかねないと、そういう警告だ。


「・・・陛下にはお伝えしておきます」

「うむ、きちんと伝わっている事を願う」


 そこで初めて、男は賢者の『言葉』に少し心が動いたのが見え、満足そうに頷く賢者。

 勿論男の演技の可能性も捨てられなかったが、それでも一矢報いたと思えた。


(実際あんなのが第一王子じゃった訳じゃし、首をかけた身としては不安じゃろう。ああいや、こやつとした約束は武装解除のみじゃったな。話し合いが拗れても首は関係ないか。しかし王族の私兵が暴走すれば、儂にとっては約束の反故と言う判断じゃが・・・さてどう出るか)


 賢者は部屋まで送り届けられた後、呼ばれるまでだいぶ時間がかかると予想している。

 当然だろう。護衛を付けるとしても、その護衛に武器を認めないと賢者は告げた。

 策謀めぐらす王族達が、自らの身を危険に晒す行動を簡単に認めはしない。


 となれば見える範囲の護衛に武器は無く、隠れている護衛に武装させる可能性が在る。

 それぐらいなら良いだろうと言う、甘い考えで行動をする可能性が。


「お主の手腕を見せて貰うとしよう」

「お任せ下さい」


 全て解っているだろうなと笑う賢者に、男は静かな緊張感を持ちながらそう答える。

 その事に満足した賢者は口を閉じ、その後は黙って部屋まで護送された。

 因みに青年はその間ずっと、賢者を抱えて幸せそうに耳をモフッていた。


(・・・時々こやつが解らなくなるの。無能のふりしてるだけかもしれんが)


 賢者の判断に任せるとは言われていたが、本当にそれで良いのかと思う賢者ではあった。

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