第157話、譲歩(しない)
剣を向ける青年と、呆れた様にも見える睨み顔で動かない賢者。
そして二人の正面に立つ動けない第二王子。
ついでに倒れた第一王子も居るが、気絶しているので皆の意識には無い。
更に言えば賢者は魔法を展開したままであり、兵士達も動くに動けない状態だ。
少しでも下手な真似をすれば殺される。そう思うだけの魔法が展開されているのだから。
「ふん、行動が遅いのう・・・まあ、それが普通か。早い方がおかしいんじゃろうしな」
そんな状況で嫌味を口にする賢者。当然それは第二王子へ向けた物だ。
この場に居ない者達にも向けてはいるが、その言葉が届く事は当然無い。
届く位置に居る王子はと言えば、気まずそうな顔で少し目を逸らしただけだ。
言いたい事は在る。弁明も出来るならばしたい。だが下手な事は言えない。
そんな事が解る表情と態度に、賢者は少しだけ満足した様子を見せる。
第二王子はその様子に気が付き、今なら行けるかと口を開いた。
「・・・こちらに戦闘の意図は在りません。人が来る前に魔法を解除しては頂けませんか」
「無論、出来んな」
だが賢者は当然の様に答え、また呆れた視線を向ける。
そうなると第二王子としては最早何も言えない。
本音としては、出来れば穏便に話を進める為にも魔法は消しておきたい。
要は最低限落ち着かせた、という実績だけでも欲しいと思っている。
だが賢者はその意図に気が付いている・・・訳ではない。
(ここまで来たら、応援の連中もビビらせとかんと色々怖いからの! 本気で来られたら熊に頼らざるを得んし、ハッタリをかませるだけかまして押し通すしかないじゃろ!)
喧嘩を売ってしまった以上もう全員威圧してやれ、という完全な脳死行動である。
青年は何となく賢者の思考に気が付いてはいるが、まあ良いかと思いながら付き合っている。
どの道王子の提案を聞く意味も無ければ、賢者の行動を曲げる理由もない。
むしろ応援の兵士が暴走せずに済む事が容易に予想でき、好都合とすら考えている。
兵士にも功を焦る者は居り、無謀にも賢者を取り押さえようとする物も現れかねない。
特に特権階級の側近などが暴走する可能性を減らせるだろうと。
少なくともそんな思考があったからこそ、今のこの事態が起きているのだから。
でなければ誰かが、誰かが第一王子を止める為に、行動を起こしたはずなのだから。
それは第一王子を止めるという意味ではなく、この事態その物を止める為という意味で。
(だが結局誰も止めには来なかった。つまりそれは第二王子だけではなく、他の王族や臣下も止める選択を選ばなかったという事だ。ならば少々現実を見せる必要があるだろう。少なくともこの場に駆けつけた応援が、今後下手な事を考えない程度には)
青年は冷静にそう判断し、賢者の行動に乗っかって殺気を飛ばし続けている。
そんな青年の意図に気が付いたか、それとも諦めたか、第二王子は口を完全に閉じる。
異様な緊張感の中誰も動かずに待つ事暫くして、バタバタと騒がしい足音が響き始めた。
「どうやらようやく来た様じゃの」
「みたいだね」
賢者は若干緊張感がなくなり始めていたので、ようやく来てくれたかという気分だ。
ただし周りにしてみれば、その『ようやく』の意味は別で捉えられているだろう。
これだけの事をしても尚、自分達への対処がここまで遅いのかと。
少なくとも第二王子と兵士達はそう判断し、賢者以外の緊張感だけが増していく。
「・・・これは一体どういう事ですかな」
そしてそこに現れたのは、まだ老年というには若い壮年の男。
立派な鎧に身を包み、華美な装飾の見られる剣を腰に佩いている。
その男は周囲を覆う魔法を見回してから、第二王子に目を向けて問いかけた。
勿論その男以外にも複数の武装した者達が現れ、皆同じ様な装備を纏っている。
最初に問いかけた男は冷静に見えるが、それ以外の者達は周囲の魔法に驚いている。
(ふむ、騎士の類かの? あの男がビビっとらんのが若干気になるが・・・とりあえず今は第二王子の反応を見るとするかの。阿呆な事言い出したら容赦せんぞ)
ぱっと見の印象から賢者はそう判断し、とりあえずの成り行きを見守る。
「兄上がこの魔封じの部屋を勝手に使い、客人に害をなそうとした結果だ」
「・・・成程」
問いかけた男に対し王子が簡潔に答え、それで大体の事を把握したらしい。
気絶している第一王子に目を向け、その目は余りにも冷たい目をしていた。
完全に王子に向ける目ではない、ゴミでも見る様な冷たい目を。
「一つ訂正じゃ。そこの第二王子は、その事実を知って止めんかった。同罪じゃぞ」
自分は悪くないとも取れる発言に対し、はっきりとそう告げる賢者。
王子は一瞬顔を顰める様子を見せたが、すぐに表情に戻して男に顔を向けた。
男も第一王子に向けた表情を消し、厳しいがまだ人間を見る目を第二王子に向ける。
「事実ですか、殿下」
「・・・事実だ。彼女の言葉に嘘はない」
「そうですか。下手を打ちましたね」
「・・・そうだな」
下手を打った。その言葉の重みを理解して、苦々しく頷く王子。
これで最早王への道は断たれたと言って良い。むしろそれで済めば良い方だと。
今後自分に降りかかる面倒に歯を噛みしめ、けれどその想いを内に留める。
何を喚こうと最早何も覆らない。むしろ喚いた方が悪くなっていくと。
むしろ彼が今考えているのは、いかに兄へ多くの罪を擦り付けるかだ。
「それで、お主は何者じゃ。儂はまだ挨拶すら聞いておらんのじゃが?」
腕を組みながら不機嫌そうに問う賢者の言葉で、男は王子から視線を外す。
だがその目は友好的とは思えず、今にでも戦闘に入りそうな鋭い目だった。
これはもしや不味いかと内心思いつつも、賢者は強気な態度で胸を張る。
そんな賢者に鋭い目を少し向けたまま動かず、けれど唐突に男は膝をついた。
「失礼いたしました。ナーラ・スブイ・ギリグ様。ローラル・バル・エルヴェルズ様。私は第二騎士団で団長を務めるフリョウリュ・ジャルジュと申します。この度は我が国が貴国に失礼を働いた事、この国の貴族として謝罪致します」
そして続けられた言葉は謝罪。全面的に悪いのは自分達だと認める言葉。
ただ賢者としては、王族のヘマを騎士団長が謝った所でどうなる、という想いが有った。
それ故に謝罪された所で何と反応して良いか解らず、けれど青年が一歩前に出た。
「貴殿が認めるのだな。自国の非を、フリョウリュ卿」
「認めましょう、ローラル殿下」
「そうか。ならばこちらも信用しよう」
アッサリと納得した青年に対し、賢者は驚いた視線を向ける。
賢者の視線と思考に気が付いた青年は、クスッと笑いながら賢者を抱き上げた。
そして耳元で、賢者にしか聞こえないであろう声量で告げる。
「彼の立場を簡単に言うと、私達の国での精霊術師の立場に近い。彼の言葉を蔑ろにする王族は居ないだろう。いや、むしろ蔑ろに出来はしない。つまりはそういう事さ」
「成程?」
その説明で完全に納得した訳ではないが、とりあえず納得した賢者だった。
ただし信用をする気が一切無いのは、まだ魔法を解除していない事からも明白だが。
「そ奴らを捕えろ。王子殿下もだ」
「「「「「はっ」」」」」
騎士達は男の指示に従い、王子とその護衛の兵士達を捕えていく。
第二王子の兵士達もそれは例外ではなく、ただ王子は拘束はされなかった。
大人しく従って頂きますと告げられ、その言葉通り騎士達について行く様だ。
それを見届けてから男は再度賢者に目を向け、それから周囲の魔法を見渡した。
「ナーラ様、魔法の解除をお願い致します」
「断る」
即答だった。男はまさか断られると思っていなかったのか、大きく目を見開く。
「お主がどんな立場であろうが、先の約束が守られる可能性が高かろうが、儂はもう何度か判らん程にこの国の者に面倒をかけられておる。じゃというのに武装解除に応じると思うか。用があるならこのまま動く。魔法を解除する気は一切無い」
賢者はどこまでも真剣な表情で、譲る気は無いと強い意志でそう言い放った。
最早一切の譲歩はしない。その上で話を進めろと。
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