第156話、謝罪(芝居)
「これは一体どうなっている!」
かなりの数の兵士と共に現れた男は叫び、その容姿には賢者には見覚えが在った。
当然だろう。つい先日人を馬鹿にして来た人間なのだかから。
「第二王子殿下」
「っ、待て、待ってくれナーラ嬢! この男が何をやらかしたのかは想像がつく! だがそれは国の総意ではない! この男の独断の暴走だ! どうか話を聞いて頂きたい!!」
ぼそりと賢者が呟くと、王子は反射的にそう叫んだ。敵対する意志は無いと。
それは確かに言う通りなのだろう。王子が連れて来た兵士達は武器をこちらに向けていない。
むしろ第一王子の護衛達へ向けており、賢者と敵対する気は無いと意思表示をしている。
賢者はそんな王子達に対し攻撃はせず、けれど信用も出来ないという様子だ。
ただ賢者が攻撃してこない事を確認した王子は、ほっと安堵の息を吐いてから口を開いた。
「先ずは謝罪を。この様な事になった事、深くお詫びさせて頂く」
慌てふためいていた様子は完全に消え、静かに頭を下げる王子。
賢者はそんな王子に鋭い目を向けたまま何も言葉を発さない。
それを王子はどう受け取ったのか、一旦頭を上げて視線を兄へと向ける。
「兄には・・・いや、この男には重い処罰を受けて貰う。最早王族として名を連ねる事は許されない。それが謝罪の一つになるとは思えないが、その点だけは安心して欲しい」
つまり王族でなくなった男は権力を無くし、利用価値の無い人間として扱われる。
その様な人間に付き従う者はおらず、今後賢者を害する力は無いだろう。
「馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、ここまで馬鹿だとは思わなかった・・・!」
王子はその言葉を告げた所で、兄への怒りがふつふつと湧いて来たらしい。
拳を強く握りながら、唸る様な言葉を兄へと向ける。
向けられている当人は気絶しているので、反応など一切ないが。
「それで仕舞いか?」
ただそんな王子に対し、賢者が冷たい目と声音で問いかけた。
明らかに怒りの満ちた目で射抜かれた王子は、びくりと体を震わせ視線を戻す。
「も、勿論賠償金は払わせて頂くつもりだ。交易に関しても融通しよう。出来る限りの誠意は尽くさせて頂く。この男の処罰だけで終わらせるつもりは―――――」
「儂が仕舞かと聞いたのは、そのつまらん芝居の事じゃ」
怒る賢者を宥めようと、王子は必死に、けれど冷静に王族としての謝意を告げる。
けれど国益につながるであろう提案に対し、賢者の目と声音はどこまでも冷たかった。
「儂がそこまで阿呆かと思ったか。ローラルがそこまで阿呆かと思ったか」
「な、ナーラ嬢、なに、を」
そこで王子は気が付いた。賢者のみならず、その背後にいる男の目も冷たい事に。
賢者の魔法は一向に解除されず、その刃は自分達へと向けられるづけている事に。
「下らん芝居じゃ。どうなっている? 想像がつく? ここまで馬鹿とは思っておらんかった? 舐めるなよ小僧。じゃったら貴様は何故ここに居る。何故真っ先にここに駆けつけた」
「そ、それは偶然近くに居ただけで―――――」
そこで賢者は魔力を全力開放し、魔法を更に展開した。
壁が無くなり、天井が無くなり、広くなった空間に魔法が敷き詰められていく。
賢者の無尽蔵かと思う程の魔力でもって、まるで矢の雨が降る直前の様相だ。
「っ・・・!」
今の賢者の最大火力攻撃。とにかく数を出す魔法が王子達へと牙をむく。
一つ一つの魔法は防げない威力ではない。けれどそれが大量に降り続ければどうなるか。
更に賢者は一撃の威力は出せずとも、同じだけの魔法を即座にもう一度打つ事は可能だ。
王子は流石にそこまでは解らなくとも、防げるか怪しいとは理解したらしい。
連れて来た魔法使いらしき者達も、ゴクリと喉を鳴らして魔法を見て居るのも理由だろう。
「良いのか、その返答で。もう一度聞くぞ。芝居は仕舞か?」
冷たく告げる賢者の言葉に、だが王子はすぐに口を開かなかった。
最早下手な言い訳は逆効果だと察したのは、流石に第一王子とは違ったらしい。
第二王子は口をつぐみ、少しの間逡巡した様だが、最後は深い溜息を吐いて諦めた。
「貴女の仰る通りです。私は全て解った上で、兄の愚行を見逃しました」
「儂らがそれで死ねばよし、失敗しても兄に全て罪を被せれば良し、その上で誠実な謝罪をする第二王子を演じようとした。真っ先に駆けつけ事態の解決を図った王子を。儂が信じてしまえばローラルは黙らざるを得んと踏んだ下らぬ芝居。そんな所じゃろ」
「ご明察です。貴女は本当に賢いですね」
「ふん、この程度阿呆じゃなければすぐ解るわい」
腕を組んで胸を張り、完全に普段の調子で応える賢者。
そんな賢者に戸惑いつつも、王子は本音で賢者を誉めた。
とはいえそれは『幼児にしては』というフィルターがかかっての事だが。
「我々に敵対の意思は本当に有りません、信じて頂けない事は承知しておりますが、どうか矛を収めて頂けませんか。建設的な話し合いをさせて頂きたい。勿論その場にこの男も、そして私も同席は致しません。貴女にとっては同列でしょうから」
「そうじゃな。儂にとってはお主らのどちらも大して変わらん」
勿論賢者も目の前の男が無能とは思っていない。だが不愉快なのは同じ事だ。
この男は自らが手を下さなかっただけで、間接的に賢者達の事を殺そうとした。
抗う力が在ったから助かっただけで、結局の所第一王子と何も変わりはしない。
「おい、早う誰ぞ呼ばんか。儂はこやつについて行く気は無いぞ。もし連れて行くつもりなら、この場で一戦やらかすしかないと思え。よいな、ローラル」
「構わないよ。私もそれなりに腹が立っているからね。容赦はしない」
剣を抜いたローラルの行動により、いよいよ不味いと思った者が動きを見せた。
王子に指示を仰ぐ前に何処かへ走って行き、そして暫くすれば今度こそ事情を知らぬ者が。
等と言う事は賢者も青年も信じはしない。皆事情を把握していると思っている。
(この事態を把握していないのは、排除対象の王子王女ぐらいじゃろうな)
賢者は心の中で深い溜息を吐きながら、早くこの国から出たいと思い始めていた。
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