第155話、怒り(怒り)

「ほれ」


 その軽い言葉と共に氷の刃・・・ではなくその周囲に浮かばせた氷の粒を放つ。


「ひぃ・・・!」

「うわっ」

「くっ!?」

「に、にげっ・・・!」


 最初に悲鳴を上げたのは第一王子。そして王子を守ろうと動いた護衛がその次。

 ただし守ろうとしたのは数人で、他の者達は下がるか逃げようとしていたが。


「おやおやぁ・・・何とも情けない兵士達と王子様じゃのう。氷のつぶてがそんなに怖かったのかのう? この程度なら時々空から降って来るじゃろう。いやぁ、情けない叫びじゃったなぁ」


 ただし悲鳴を聞いた賢者はこれ幸いと、ニマァって悪い笑みで煽った。

 男はその事実で怒りが増したのか、先程恐怖を見せたとは思えない顔を見せる。

 いや、頭に血が上り過ぎて冷静な判断が出来なくなった、というのが正しいか。


「殺せ! もう良い、そのガキを殺せ! 二人共ころせぇ!!」


 頭の血管でも切れるのではと言う形相で叫ぶ男。だが男が叫ぼうとも兵士達は動けない。

 当然だろう。その怒りに任せた号令に従えば、待っているのは確実な全滅だ。

 賢者は相変わらず魔法を展開し続け・・・むしろそ数はどんどんと増えている。


「おや、お主らの主は儂を殺せと命じておるぞ。かかって来んのか?」


 当然賢者はそんな事は承知の上で、これまでの鬱憤を晴らす勢いで煽り続ける。

 どうやら本人が思っていた以上に怒りが燻ぶっていたらしい。

 最早どうとでもなれと言わんばかりの勢いで、全力で暴れる用意を進めている。


「何をしている! 殺せと言っている! いけ! いけえええええええ!」

「殿下、ここで我々が前に出ては殿下を守れません!」

「知るか! あんな小娘にコケにされたままなら死んだ方がマシだ!1」

「殿下、どうか落ち着いて下さい!!」

「うるさい! 俺に指図するな!! 貴様も殺すぞ!!」


 だが王子は怒りの余り、やはり周りが見えていない。怒りに任せて叫ぶばかりだ。

 それを諫めようとする護衛も居るが、一切聞く耳を持たない。

 むしろそんな護衛が邪魔だと、腰に佩いていた剣を抜いて振りかぶった。


「殿下・・・!」

「そうだ、俺は貴様らに殿下と呼ばれる立場だ! ならば俺の命令に逆らうな!! 俺に逆らえば貴様らに未来は無い!! その程度の事も解らんのか!!!


 それはまさしく男の生き方を示す言葉だったのだろう。そうやって生きて来たのだろう。

 自分の立場を使って好き勝手に、そして逆らう者は処罰して生きて来た男。

 この場に居る兵士達は、そうやって逆らえない立場の者達だけが彼の傍にいるのだろう。


 むしろそういった人間しか、彼の傍には居られない。この男は部下の忠言を聞かないから。

 有能な者は他の者達が庇護下に入れ、そこそこの者達は離れるか殺される。

 この男の下に残るのは、男の機嫌を損ねない様にとしたがう者達ばかり。


「貴様は下らん男じゃな」

「っ、なんだとガキが! 貴様、俺を誰だと思っている!!」


 故に賢者は、思わず口に出してしまった。余りにも目の前の男が下らな過ぎると。

 当然その言葉を男が聞き逃すはずもなく、真っ赤な顔で食って掛かる。


「王子の肩書以外何の価値も無い無能じゃろ。いや、王族にとって貴様の様な無能は、何か事が起きた時の身代わりになる以上、その点では完全な無能ではないがな。とはいえ今の状況も理解出来ない無能となれば、貴様に対し『下らぬ男』以外の評価は出来んよ」

「き、きさ、まっ・・・!」


 ギリギリと歯を食いしばる男の様子をみて、賢者は急速に怒りが冷えて来るのを感じていた。

 いや、怒りは有る。まだ確かに怒りは在るが、怒りの方向が変わったと言うべきか。


 先程まではむしゃくしゃして暴れてやる、というのが賢者の気持ちだった。

 だが今は静かに冷えた感情が、目の前の男に対し向けられている。

 それは冷たい怒り。ただ静かに、目の前の男の排除を考える、それだけの感情。


 こんな下らぬ男は居ない方が良いと、最早人間を見て居るつもりすらない怒りだ。


「ふんっ、とりあえず貴様御自慢のこの魔封じ・・・ぶち壊すとするか」

「なっ、きさま、やめ―――――」


 賢者は男の静止などすべて無視し、兵士達に向けていた氷の刃を壁に向ける。

 膨大な魔力で構成された大量の氷魔法による全方位攻撃。

 とはいえきちんとコントロールしているので、その魔法は的確に壁だけを打ち抜く。


 その衝撃音で他の全ての音がかき消され、男や兵士達の叫び声すらも聞こえない。

 だが賢者は悲鳴を上げている様子の男達を冷たく見つめながら魔法を放ち続けた。


「・・・ふむ、止まったか」


 ただその魔法は賢者の呟きと共に止まる。当然魔力が尽きた訳ではない。

 賢者達の魔力を吸っていた魔封じが、完全に機能しなくなったから手を止めたのだ。

 周囲は瓦礫の山で、その瓦礫の中に何やら印の様な物が見える。


 恐らくあれが魔封じの正体で、印を施された物も特別な鉱物なのだろう。

 それらを壁に大量に敷き詰めて指向性をもたせ、この部屋を魔封じの部屋にした。

 先程男が渡して来た首輪にも同じような石が付いているし、核になるのはこれなのだろう。


「さあて、魔封じは全て壊させて貰った。これで儂に魔封じは通用せんぞ。いや、最初から通用してはおらんかったが・・・この部屋を作るには手間と金がかかっていたのではないか。それにこの部屋はどう考えても、他国に知られてはいかん部屋じゃろうなぁ」


 魔封じの部屋。それはつまり、護衛を無力化する為の部屋と言っていい。

 他国の者達が王族と会う時は武器を持たせない。つまり魔法が護衛の主軸となる。

 だが魔法使いを封じてさえしまえば、武器を持つ兵士達の方が有利で当然。


 きっと今までも、この部屋を使って何かやらかしていたに違いない。

 男の慣れた手際を見て居た賢者はそう理解し、とても冷たい言葉で言い放った。


「ひっ・・・ひいっ・・・!」


 だが男は先程の魔法を見たせいか、流石に怒りが持続する事は無かったようだ。

 恐怖の形相で、化け物を見る様な目を賢者に向け、腰が抜けたのか動けないでいる。

 護衛は数人立っているが、残りの兵士は腰を抜かしたか逃げ出したらしい。


 そして壁を打ち壊し瓦礫の山にした事で、外が騒ぎになっている様子が見て取れた。

 暫くすればこの場には兵士達がなだれ込んできて、確実に大きな騒動となるだろう。


「ふむ、流石にこれだけやれば騒ぎになるか。まあ、壁が完全に吹き飛んでおるしのう。天井も良い感じに素通しになってしもうたし、この事態を隠すのは不可能じゃな。まあ、最早どうでも良い事じゃが。とりあえず・・・貴様の手足の数本は貰っていくぞ、小僧」

「はひっ・・・!」


 冷たい殺気を漏らしながら、賢者は巨大な氷の槍を形成していく。

 それは貫かれたら死を免れない大きさで、男は悲鳴を上げて槍へと視線が釘付けになる。

 最早恐怖で思考が回っていない。ただただ自分の命が刈り取られる恐怖に怯えていた。


「・・・やはり下らぬ男じゃったの。貴様は世に必要のない男じゃ。ここで死ぬが良い」


 賢者は前言を撤回する様に、貴様の命を奪うと告げて魔法を打ち放つ。

 護衛はそれに反応して壁になろうと動いたが、賢者の魔法は護衛を貫かなかった。

 というか最初から貫く気は無く、男の脇に賢者の魔法が突き刺さる。


「――――――」


 そこで恐怖が振り切れたのか、男は失禁しながら気絶してしまった。


「ふんっ、まあその程度か」


 バタバタと近づいてくる兵士の気配を感じながら、賢者はつまらなそうに呟いていた。

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