第154話、案内(罠)
「こちらになります」
途中王女と会った時と同じ様に車に乗せられ、そして降りてからも歩く事暫く。
使用人に促されて足を踏み入れた部屋は、客人を呼ぶ為の部屋とは賢者には思えなかった。
(随分と分厚い扉じゃの。壁もかなり分厚い。更には近くに別の部屋が無く孤立しておると来た。明らかに何かしらの意図が有って作られた部屋じゃと考えるべきじゃな。秘密の話を聞かれん為か、それとも殺す者の断末魔を聞かれん為か。どちらにせよ警戒はしておくべきじゃな)
自分を抱える青年の腕の中で、賢者は周囲を確認しながらそんな風に考えた。
何せ自分達を通した先にはまだ国王が居らず、そして背後では唯一の通り道が塞がれている。
そのつもりが有るのかどうかは解らないが、護衛の配置はそう思っても仕方ない位置だ。
当然青年も鋭い目でそれらを確認し、少し考える素振りを見せてから一つの席へ座った。
そこは本来上の立場の者が座る場所であり、であればこの場合国王に譲るべき席だ。
(解りやすい怒りの意思表示じゃのう、くくっ)
賢者はそんな青年の行動に思わず笑いそうになったが、それは心の中だけで堪える。
自分は余り学の無い少女のふりをしていたのだし、この嫌味を笑っては子供らしくない。
そうして賢者が笑うのを我慢していると、青年は明らかに不機嫌な様子で口を開いた。
「我々を呼び出しておきながら、肝心の者が居ないようだが、どういう事だ」
「も、申し訳ありません、すぐに参りますので、少々お待ち頂けませんか」
「・・・ならば茶の一つでも出すのが礼儀では無いのか」
「も、申し訳ありません・・・」
だが青年の言葉を聞いても使用人は頭を下げるだけで、茶を入れる様な動きは無い。
当然護衛も動く様子は無く、ただ賢者の目からはその手に力が入った様に見えた。
(・・・何か、おかしくないか? ローラルもそう思った様じゃな)
思わず青年と視線を交わし、お互いに同じ思いを抱いた事を確認する賢者。
つまり危機意識を感じたにせよ、味方に引き入れたいにせよ、機嫌を損ねてどうすると。
茶ごときで機嫌を取れるのであれば、当然急いで入れに行くのが当然の行動だ。
そして何より異常だと思えるのは護衛の動き。明らかに警戒の度合いが上がっている。
何故だ。国王がもうすぐ来るからか。いや、この警戒は明らかに青年の発言の後だ。
そう判断した賢者は、子供らしい態度を忘れないままに頭を回す。
(警戒の理由は先程のローラルの言葉の中にあると考えるのが自然か。じゃが国王が居ない指摘と、茶の要求程度で何故そこまで警戒を上げる。機嫌を損ねた事を警戒したのか? いや、違うじゃろうな。それならば今すぐにでも茶を入れたら良いだけじゃし)
出来れば青年の意見交換をしたくは在るが、今の賢者にはそれが叶わない。
どうにか自分の頭で答えを導くしかなく、けれどその答えが解らず頭を悩ませる。
だがそんな賢者の困惑の思考に対し、答えを導く存在が居た。
『グォン!』
(なに?)
熊が賢者に警戒を呼び掛け、その警戒に従い魔法で周囲の様子を探る。
するとこの部屋へ歩みを進める者達が居り、その中に覚えのある気配が在った。
しかもその物の周囲には人が多く、ただ護衛で連れて来たにしては数が多すぎる。
(第一王子・・・ちっ、あの小僧、使用人に国王の名を騙らせるなど、やって良い事といかん事の違いも分からんのか! 公的な場で身分を騙るのは大罪じゃぞ!)
つまりはそういう事だ。この部屋へ誘導したのも、今から来るのも、国王陛下ではない。
全て第一王子の行動であり、そしてあの男の事であれば碌な理由ではないだろう。
何よりこの事実が周知された場合、目の前にいる使用人達は処刑されかねない。
今からやってくる男はそれが解ってやっているのかと、強い怒りが胸に渦巻く。
(成程良かろう。お主がそういう事をするのであれば、こちらにも考えが有る)
一応話し合いに来たつもりだった賢者だが、ここで完全にスイッチを切り替えた。
恐らくあの王子が相手では、碌な話し合いにすらなりはしないだろうと思って。
そんな賢者の気配を感じ取った青年は、同じく心を戦闘に切り替えていた。
不穏な気配を放ち始めた二人に対し、果たして肝心の人物はどう動くか。
「ふん、馬鹿どもが。のこのことやって来るとはな。貴様らが国王陛下と目線を同じく話す場を設けられるなど言語道断。その様な事も解らず父に返事を出すなど救い様も無いな」
男は部屋に入って来るなり、明らかに喧嘩腰の言葉を言い放った。
挨拶も無く、先日の謝罪も無く、むしろ相手を小馬鹿にする態度で。
青年はそんな王子にイラっとした様子を隠さずに口を開く。
「王子殿下、その発言、そこの使用人は国王陛下の名を騙ったという事になるが、それがどれだけの大罪か解った上での事か」
「誰に向かって対等な口をきいている。誰が口を開いて良いと言った。だがまあ俺は優しい、質問には答えてやろう。何も騙ってなど居ない。近く俺が国王になるのだから何も問題は無い」
(問題しかないわい。頭が沸いておるのかこ奴は)
そもそも国王の座を争っている背景があるから、第五王女は疎まれているのだろう。
となれば目の前の男が国王になる事は確実ではなく、むしろ絶対に有り得ないとすら思う。
(いや、傀儡として使うには良いのか。不味い事をやればこやつを処刑して、他の者が国王になれば良いだけの話じゃし、全ての罪を被せて何かやらかすつもりかもしれんな)
だが賢者は男の余りの馬鹿さ加減に、スケープゴートの可能性を思い浮かべた。
勿論それが真実かどうかは解らないが、かなり高い可能性を感じている。
「成程、殿下は話が出来ない様だ。ならばこの場でやるべき事は無い。そこを退いて貰おうか」
青年も男に対し同じ考えを抱いたのか、最早話にならないと冷たい声で告げる。
だが男は塞いだ出入り口を開ける事なく、むしろ護衛をどんどん中へ送り込み始めた。
最早何の為かなどと問う意味も無い程に、男の行動はあからさまだ。
「何のつもりですかな、殿下」
「ふんっ、馬鹿は状況も理解出来んか。教えてやろう。貴様らをここで殺す為だ。なに、表向きは賊に殺された事にするだけだ。勿論貴様の国には賠償金程度は払っておいてやる。金など余っているからな惜しくもない。だが俺をコケにした貴様らをこのまま帰すなど許せるものかよ」
(クソみたいな矜持だけは高いクソ男だの)
もうこの時点で賢者は表情を作るのを止め、冷たい目で男の事を見ていた。
だが不意に男の視線が賢者に向き、今度は一体何だと怪訝な表情を見せる賢者。
「だが俺は優しい。一つチャンスをやろう。愚弟と愚妹が欲しがっているらしい貴様が俺の物になると約束すれば、そこの王子は逃がしてやっても構わん。この首輪を付けてこっちに来い」
ポンと投げられテーブルに置かれたそれは、禍々しい気配を放つ首輪だった。
賢者は手に取りまじまじと見つめ、明らかに呪いのかかった道具だと理解する。
(おそらくは魔封じの類か。これで儂の魔力を封じようという事じゃろうが・・・余程の逸品でなければ儂の魔力封じるのは無理じゃと思うがな。全力で魔力を放てば壊れるじゃろうし。じゃがこんな物を持ち出すという事は、この部屋にも何か細工がされていると思った方が良いか)
賢者の魔力を封じるという事は、賢者の魔法を警戒しているという証拠だ。
だが賢者をそこまで警戒しているのであれば、正面から挑むのは明らかにおかしい。
つまりこの首輪の様な効果がこの部屋にある、と考えるのが妥当な所だろう。
「どうした、早くつけろ。俺は気の長い方だがあまり待たせるようなら―――――」
「アホかお主、こんなもん付ける訳が無かろう。頭が腐っとるんか」
男は断られるはずが無いという態度で、けれど賢者は呆れた様に言い放つ。
そのせいか一瞬男の動きが止まり、何を言われたのか解らないという表情を見せた。
けれど少しして言葉の意味を理解したのか、怒りで顔を真っ赤にし始める。
「後悔するなよ・・・いや、存分に後悔しろ。苦しみながら死ね。いや、殺すのはつまらんか。思いつく限りの苦しみを貴様に与えてやる。簡単には殺してやらん・・・!」
男は唸る様に言葉を発すると、壁に手をついてぼそりと何か呟く。
すると賢者は突然魔力が壁に吸い込まれる様な感覚を覚えた。
(いや、実際に吸われておるの。なるほど、外に出した魔力を奪う仕組みか。これでは並みの魔法使いは禄に魔法が使えんじゃろうな。使おうとする端から魔力を吸われて倒れるじゃろう。ついでに魔法構築の妨害も多少されておるな。随分と大仰な事じゃの)
少し強めに魔力を放ってみると、それも壁へと吸収されていく。
恐らくこのための部屋なのだろう。近くに別室が無いのもこれが理由。
魔法使い封じの為の部屋を作る為に、それだけの空間が必要だったのだろう。
そしてこの中に入れてさえしまえば、後は兵士で捉えて首輪を嵌めさせる。
賢者を意のままに操り、公的な書類を作って署名させ、男の物にさせるつもりなのだ。
「お前達、奴らを捕え――――」
だが男の狂気とも言って良い笑みで告げられるはずの指示は、目の前の出来事で止まる。
「おや、どうした、来んのか? 来れんじゃろうなぁ・・・何せ近づけばブスリじゃしな!」
男の目の前には無数の氷の刃が、槍が、賢者の傍に浮かび上がっていたのだから。
「ばっ、馬鹿な! 何故魔法が使える! 確かに魔法封じは発動しているはずだ! なのに何故! 何故だ! ありえん!!」
「ふん、この程度の魔封じ、儂には何の効果も無いわい」
この部屋は確かに魔力を吸い上げる。外に放った魔力を吸われては魔法を構築できない。
だがその吸われる速度と同じだけの魔力を注ぎこめば、魔法の維持は可能なのだ。
更に魔法の阻害に関しては何の事は無く、熊の阻害に比べれば児戯に等しい。
「さあて、お仕置きの時間じゃ」
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