第153話、怒り(矛先)

 賢者は国王への返事を決めたが、返答は青年がする方が良いだろうと判断した。

 なので青年への伝言を追加で使用人に頼み、本人は侍女に着替えを頼んだ。


「お任せ下さい。完璧に仕上げて見せます」

「う、うむ・・・宜しく頼む・・・」


 頼まれた侍女は凄まじい気合の入れようで、賢者は思わずたじろいでいた。

 とはいえ侍女の腕は信用しているので、暫くの間されるがままになる。

 基本はぼーっとしているだけで、時折侍女の指示に従って少し動く程度だ。


「出来ましたよお嬢様。如何でしょうか」

「うむ・・・」


 そうして最後に姿見で確認する様に促され、正面、側面、後ろと全て確認する賢者。

 全身を確認して分かったのは、どこからどう見ても可愛い幼女という事だった。

 自身の容姿が可愛らしい自信はある賢者だが、それが十二分に引き出されていると。


「うむ、儂可愛いな! 流石ザリィじゃな!」

「ご満足頂けたなら何よりです」


 満足そうに答える賢者に対し、侍女も何処か満足気に頭を下げる。

 そうして着替え終わったならば青年を待とうと部屋を出ると、そこには既に青年が居た。


「・・・お主、少々動きが早すぎんか?」

「そうでもないさ。連絡が来てすぐに動いたからこんな物だと思うよ。ああ、返答に関してもちゃんと聞いているよ。すでに出しておいたから心配ないからね」

「・・・いや、やっぱお主動きが早すぎるじゃろう」

「君の着替えを待ってる間に終わらせただけだよ」


 確かに賢者の着替えはそれなりに時間がかけられていた。薄い化粧もしているから尚更だ。

 とはいえ侍女の着せ替えの速さは中々のもので、世に居るご令嬢よりは遥かに早い。

 一番時間がかかるのは髪を結う作業で、それさえなければ男性と変わらない早さだろう。


 だというのにけろっとした顔で応える青年に、賢者は少々呆れた気分になる。

 紳士としてはスマートなのかもしれないが、自分に格好をつけても仕方ないぞと。


「ま、お主が有能なのは知っておるが、無理はするでないぞ」

「勿論。何せご褒美を貰えると思って張り切っただけだからね」

「ご褒美・・・あー」


 完全に即物的な言動ではあるが、その方が納得が出来ると賢者は思った。

 つまり熊耳を朝から存分に触らせて貰う為という事だ。

 とはいえ今は完全に着飾っており、崩れたら侍女が怒る可能性がある。


「ザリィ、良いか?」

「・・・殿下であれば髪や服を崩す事は無いでしょう。お嬢様が良いのでしたら構いません」

「という事じゃが、良いかローラル」

「勿論気を付けるさ」


 念のため侍女に確認を取って、許可を得てから青年へと近づく賢者。

 侍女は若干気に食わなさそうだったが、青年はそんな事を一切気にしない。

 賢者を膝の上に乗せ。髪を崩さない様に優しく頭を撫でなる。


「ローラル?」

「ほら、大丈夫だろう?」

「あー・・・まあ、そうじゃな」

「ちゃんと証明しておかないとね」


 熊耳に手を伸ばさない青年に疑問を持った賢者だが、青年の言葉に成程と納得する。

 つまり気に食わない顔の侍女に、文句の言い様が無い事を見せようとしているのだと。

 優しく、優しく、整えた髪を乱さない様に、賢者の頭を撫でる青年。


(いや、素直に耳だけ触れば良い事じゃと思うんじゃが。儂挟んで戦うの止めてくれんか)


 これは証明というよりも侍女への挑発に近く、侍女もそれを理解している様子だ。

 普段侍女の方が手厳しい事もあり、賢者としては青年を咎めるのも難しい。

 自分を使って喧嘩するなと言いたくはあるが、青年はあくまでご褒美を貰っているだけだ。


 とはいえやはり面倒な状況は御免だと、青年の行動だけでも止めようと口を開く。


「ローラルよ、もう解ったから、止めて良いぞ」

「おや、そうかな。でもこうやって君の髪を撫でるのも、これはこれで気持ち良いんだけどね」

「お主、獣の毛以外にも興味を持ち始めたのか」

「いやぁ、人間の毛の場合は余程でないとそこまで興味は無いかなぁ。君の髪はしっかり手入れされているし、サラサラだからね。手触りがとても良いんだよ」

「うむ、うちのザリィは優秀じゃからな!」


 髪の手入れを誉められた賢者は胸を張り、その手入れをしてくれている侍女を誉める。

 すると青年は少し微妙な顔を見せ、侍女は満足気な笑みを青年に向けた。

 そして周囲の護衛や使用人達は苦笑する様子を賢者達に向けている。


(うむ、なにやら一瞬で空気が微妙な感じになったが・・・儂何かおかしな事を言ったかの? まあ緩んだ空気になったし、ザリィの機嫌も良さそうじゃから構わんが)


 青年としては『賢者』を誉めたのだが、一切理解していない賢者である。

 ともあれそれでこそ賢者だと気を取り直し、青年は言われた通り熊耳を堪能し始めた。

 けして部外者に見せてはいけない顔になりながら、幸せそうに耳を揉み続ける。


「お嬢様、迎えが来たようです」

「ふむ、早かったの」


 暫くの間そうされていると、国王の迎えの者がやって来たと伝えられた。

 外で待っている者は立場の在りそうな使用人が数人と、護衛なのか騎士達が数人居るそうだ。

 とはいえその護衛がどちらの為なのかは、少々怪しいものを感じるが。


「では行くかの、ローラル」

「ええ、お姫様」

「・・・気持ち悪いから止めよと何度も言うとるに」

「今回は仕方ないだろう?」

「・・・そうじゃった」


 賢者は自分が『お嬢様』を演じていた事を思い出し、盛大な溜息と共に青年に抱えられる。

 それから青年の首に手を回して抱きつき、婚約者の事が大好きな幼児を演じつつ外に出た。


「迎えご苦労」

「ご苦労様です、皆様方」


 外に出るなり青年が使用人達に応え、それに追従する様に賢者も応える。

 二人の様子はどう見ても仲睦まじく、だからこそ使用人達は青年の怒りを感じ取っていた。

 私の婚約者に対し夜会で行われた事を、国王陛下はどうなされるのだろうなと。


「こちらは返答の通り、迎えが来たならば今すぐ動くが、それで良いのだな」

「はい、勿論でございます殿下。ご案内いたします」


 そうして案内に動く使用人であったが、その内の一人は先行して行ってしまった。

 青年の様子を見た故の動きなのか、それとも元から予定通りの動きなのか。


(両方な気もするの。元々様子を見てから実際どう動くか決める予定で、じゃがローラルの態度を見てその事も伝えねばと。まあ、現状儂らは怒っておるから当然か)


 冷静に状況を見る賢者ではあるが、本人とて正直に言えばはらわたが煮えくり返っている。

 突然暴れる程の怒りではないが、場合によってはそれもやむなしと思う程度には。

 何せこの国に対し不快しか無いのが賢者にとっての現状だ。


(無理やり呼ばれ、賓客じゃというのに馬鹿な迎えをよこし、その事を気にした風も無い王子やら、賓客を馬鹿にする王子やら、勝手な権力争いに儂を巻き添えにしようとする国王やら。いい加減頭に来て当然じゃよな。まあ、王女に関しては必死なのもあって怒りは余りないが)


 第五王女は生きるか死ぬかの瀬戸際、ぐらいの感覚で賢者を頼ったのだろう。

 そう思っている賢者としては、国と王家に怒りはあっても、彼女だけはそうでもない。

 むしろそんな面倒を起こすしかなかった国王に対し一番の怒りを覚えている。


(さあて、ふざけた返答をしよったら、癇癪を起すかもしれんぞ。何せ儂子供じゃからな!)


 使用人も護衛も見えない角度で、賢者はニィっと口角を上げるのだった。

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