第150話、身分(不明)

 目の前で自信満々に胸を張る男。その男の発言に賢者は表情を作る事も忘れてしまった。

 余りにも余りに周りが見えていないその言動に、呆れの籠った視線を向ける。

 だが目の前の男はそんな賢者の視線を理解する所か、違う方向に受け取った様だ。


「ふん、驚くのも無理はないが、俺が話しかけているんだぞ。早く返事をしろ」


 傲慢不遜。先程の王子もその気配はあったが、目の前の男はその比ではない。

 自分が上位で相手は下。心の底からそう確信している態度だ。

 目の前の幼女に呆れられている、等という思考には至らないのはそれ故か。


(冗談抜きでシャレにならんぞ。こんな話の通じん小僧に後ろ盾が居て、下手すると一方的に攻撃される破目になった可能性とか。キャライラスの小娘の方が余程話が通じそうじゃわい)


 目の前の男の態度が余りに酷すぎて、自国の問題児が可愛く見えて来た賢者。

 実際キャライラスは倫理観の欠如が著しいが、状況判断能力は間違いなく持っている。

 賢者の力を目の当たりにして以降、下手な行動を見せなくなったのだから。


「おい、何時まで黙っている。頭の足りんであろう女児故に多少は見逃してやるつもりだが、余りの不敬は後々に響くと思えよ。早く頭を垂れて応えよ。貴様を想っての言葉だぞ」

(・・・いや、待てよ。こやつ何でこんなに強気なんじゃ?)


 ただそこで、目の前の男が余りに強気すぎる事が引っかかった。

 賢者を欲しているにしては、流石に頭が足りな過ぎる行動では無いかと。


(・・・もしやこやつ、先程会場で何かあったのか聞いておらんのではなかろうか。見た感じこやつの護衛らしき者共も儂らを見下しとるし・・・あの第二王子、もしや)


 男はおそらく第一王子であろうが、だからといって第二王子と仲が良いとは限らない。

 そもそも第五王女を追い詰めている王子達なのだ。ならば派閥争いも有り得る事だろう。

 むしろ第二王子にしてみれば、こやつが自分よりも大恥をかく方が都合が良い。


 そして最悪争い事になった場合、全ての責任をこの男に擦り付ける気か。


(争いにまーた利用されとるじゃねーか。面倒くさいのう)


 賢者はその考えに思い至り、どうしたものかと青年へ目を向ける。

 ただその動きにより、男も青年へと視線を動かした。


「貴様はこの女の護衛か」

「その様なものですね」


 男の怪訝そうな言葉に対し、青年はしらっとした様子で応える。

 無礼者に素直に名乗る気は無い、という意思表示なのが良く解る態度だ。


「ふん、多少は出来る様だが、下手な真似はせん方が身の為だぞ」


 だが男はそんな青年の嫌味を理解した様子もなく、言葉通りに受け取り忠告まで口にした。

 ただの護衛が国の英雄を軽々しく抱えて夜会に居る、という事実に疑問を覚える様子も無い。


(ウッソじゃろコイツ。ローラルを見て多少とか、どこをどう見たら言えるんじゃ)


 賢者の目からはどう見ても、目の前の男が青年に勝てる未来は見いだせない。

 ならば完全武装の護衛達ならばどうか。それも青年あらば素手でどうにかしそうである。

 それぐらいに青年の戦闘能力は高く、更に言えば全員青年の攻撃範囲に入っている。


 もし本当に男の言うような事態が起きれば、痛い目を見るのは間違いなく男の方だろう。


「まあ護衛の事などどうでも良い。貴様が頷けばそれで終わるだけの話だ。早く降りて頭を垂れるが良い。いつまで俺と同じ目線に居るつもりだ」


 最後は言葉にこそしなかったが、不敬だぞと付け足す様な雰囲気が在った。

 賢者の様な幼児に対してこの態度。その時点で最早賢者は怒りも湧いてこない。

 唯々残念な物を見つめる目を向けてしまい、呆れから大きな溜息まで吐いてしまう。


 その態度は流石に理解できたのだろう。男の目が明らかに鋭くなった。


「何のつもりだ、その態度は。貴様、相手が誰か解っていない程の愚鈍か」


 けれどそれは、賢者の態度を愚者の愚行と判断しての目。

 全てを理解した上での呆れだとは欠片も思う様子が無い。

 そんな男の態度を見た賢者は――――――。


「あの、ローラル様、この方は先程から一体何をおっしゃられているのでしょう。私には良く解らないのですが。それに一体どなたなのでしょうか。ローラル様のお知り合いですか?」

「さて、私にも解りかねるね。誰なのかな、彼は」

「ローラル様が解らないのであれば、私にはもっと解りませんね・・・」

「そうだね、解らなくて良いさ」


 完全にすっとぼけた態度を取り、会話を青年に任せる事に決めた。

 青年はその態度の意味をしっかりと理解し、頭を軽く撫でてから王子へ目を向ける。

 ただしそこまでの半分空気になる態度ではなく、確かな意思と殺意を込めて。


「名乗りもせず女性に求婚、いや、あんなものは求婚では無いな。権力に物を言わせた傲慢な振る舞いを、良くも私の婚約者に対ししてくれたものだ。我々が賓客として招かれている事を承知の上での無礼であろうな」

「なっ、護衛風情が何―――――まて、今何と言った」

「耳が遠いのか。体が不自由では仕事はままなるまい。早めに身を引いては如何か」

「き、貴様っ、無礼な! 俺が誰か解って――――」

「無礼はそちらが先であろう。他国の王族に碌な挨拶もせず、大貴族の姫に対し礼も取らずに傲慢不遜な振る舞い。貴殿が何者かは知らないが、余り目に余る様ならこちらも考えがあるぞ」


 激高する男に対し、青年はあくまで静かに応える。ただしその言葉には棘しかない。

 更に言えばその返答の最中に自らの身を明かし、賢者が何者かも口にした。

 けれど貴様は名乗りもしておらず、ならば無礼者はどちらだと告げている。


「俺を、知らぬだと・・・!」

「貴殿は名乗らなかっただろう。ならばこの場で貴殿の事を知るはずもない。違うか?」

「貴様、そもそも誰に向かってその様な態度を!」

「だから知らぬと言っている。まさか本当に聞こえていないのか。障害がある身ならば気を遣えぬ事を謝罪しよう。申し訳ない。だがそれならば、側近は気の利く者を置いた方が良いぞ」

「ぎ、ぐ・・・!!」


 まさかの耳に障害を持つ身かと、王族として欠陥を持つと言われた男は怒りで言葉を失う。

 だが男はその後荒い呼吸を段々と落ち着け、最後に大きく息を吐いてから賢者に目を向ける。


「良いだろう。後悔すると良い。貴様らは終わりだ。行くぞ、お前達」


 そうして男は捨て台詞としか思えない言葉を吐いて、護衛と共にその場から去って行った。


「さて、後悔するのはどちらになるかな」


 青年は殺意の込めた視線でその背中を見送り、小さな声で低く呟く。

 当然背を向けている一行が気が付くはずもなく、そして周囲の者達も気が付いていなかった。

 青年の腕に抱えられている賢者以外は。


(こっわ。うへぇ、あ奴下手したら暗殺されかねんぞ。ローラルの隠密は熊ですら見失う事も有るから、絶対敵に回さん方が良いのに。正直、こやつの方が儂より怖いぞ)


 自分の事を棚に上げて、そんな事を考えている賢者であった。

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