第149話、王子(二人目)
王子が去っていった後、予定と違うのか楽団が少々動揺を見せていた。
けれどすぐに気を取り直し、会場にまた曲が流れ始める。
ただ楽曲の音でかき消しきれない程に、賢者への視線と騒めきが周囲から感じられた。
「おうおう、良い感じに注目されとるのう。もぐもぐ」
王子が去って行った後の賢者は、また食事をとる作業を再開していた。
普通なら満腹になっていそうなものだが、実の所賢者はそれほど多く食べていない。
沢山の料理をチマチマチマチマ少量ずつ食べ続け、王子と接触しやすい様にしていたのだ。
とはいえ幼児の割によく食べる、という事も事実ではあるのだが。
「全く、あんな大魔法を放った時は流石にひやひやしたよ。解っていない者も多かったみたいだけど、アレは余りに危険すぎる魔法だ。その判断で馬鹿な真似を起こす者が居なくて良かった」
そして賢者から食事を差し出され、咀嚼して飲み込んでから応える青年。
先程の魔法は予定で聞いていない行動であり、言葉通り少々肝を冷やしていた。
とはいえ賢者の技量を知っている事も有り、動揺を表に出す事は無かったが。
むしろ気にしていたのは、賢者を危険視して行動を起こす者の有無。
勿論その場合、青年は賢者を守る為に動いていただろう。
とはいえ実際にそうなっていれば、酷い目に遭うのは相手の方だったろうが。
何せ会場を満遍なく賢者の魔法が埋め尽くしていたのだ。普通は迂闊に動ける訳が無い。
「それにしても、何時までもかがんで話すのはやり難いね」
「うお?」
青年はそう言い切るが早いか、賢者を腕の中に抱えてしまった。
今度は賢者が驚く番となり、そしてその行動に周囲の目が更に突き刺さる。
けれど青年は周囲の視線など一切意に介さず、ニコリと蕩ける様な笑みを見せた。
「もう目的は達したんだ。なら会話するのに楽な方が良いだろう?」
「まあ確かに、これならば楽かもしれんが・・・」
青年に抱きかかえられた賢者との距離は、先程の内緒話の距離とさして変わらない。
これならば確かに態々青年がかがむ必要も無ければ、食事を彼に渡す必要も無いだろう。
面倒が有るとすれば、食べたい物を自分で取れなくなった事か。
「まあ良いか。所でさっきの男は何番目の王子なのかの。そこそこ若かった様に見えたが、あれが第一王子なのか?」
「いや、あれは二番目だね。解って無くてやってたのかい?」
「王子ならとりあえず誰でも良いかと思ってのう」
「大雑把だなぁ・・・」
賢者の狙いとしては、第一王子が本命だった事に間違いはない。
それは単純に、自分を舐め切っている相手、という理由が大きい。
一番釣り針にかかり易いだろうと、そう思って阿呆を演じていたのだから。
とはいえ針にかかるのであれば王族の誰でも良く、そしてこちらから喧嘩を売らなければ良い。
あくまで馬鹿にした態度をとるのは相手の方で、こちらは真摯に対応して見せるだけ。
実際の内情は別だが、そんな物は関係ない。外からそう見えれば良い。
そして賢者の狙い通り、王族が一人かかった。王族が賢者を馬鹿にした。
あの時の王子の様子を何人の貴族が見て居ただろうか。何人の貴族が賢者を笑っただろうか。
何人の貴族が、賢者の力を目の当たりにし、その背後の青年の様子を見て居ただろうか。
「良いのではないか。この通り大成功の様じゃしの」
「青い顔で私達を見ている者も多いね」
無邪気に見える笑顔で話しかける賢者と、腕の中の幼児に優しく微笑む青年。
それは歳こそ離れていても、仲睦まじい様子はしっかりと認識出来るだろう。
つまり賢者と青年の仲は大変に良く、そして二人が婚約者と知る者も少なくはない。
ならばあの強大な力は、しっかりと王家が握っていると、そう考えるのが自然だろう。
賢者と青年を馬鹿にしていた貴族達は、その事実に困惑と驚愕、中には恐れを抱いている。
そんな様子を横目で確認しながら、青年と賢者はクスクスと笑いあっていた。
「さて、目的は達した訳だけど、もう帰るかい?」
「折角じゃし、あの辺りの果物も食べたいのう。阿呆を演じる為であったが、食事は思っていた以上に美味いんじゃよな。この辺りは本当に流石大国って感じじゃのう」
「まあ、間違って無いのかもしれないけど、そうだねと言い難い判断基準だなぁ・・・」
賢者は王子に対し食事をほめていたが、あれだけは心からの賛辞だった。
食べた事の無い料理や、とても瑞々しい果物と、珍しい調味料の味。
賢者はこれらから大国の凄さを噛みしめ、青年は苦笑で返すしかなかった。
「それにしても、誰かが接触して来るかと思ったが、誰も来んな?」
「判断に迷ってるという所だろうね。王子と君は明確に仲違いをした訳じゃないが、君を馬鹿にしている様子を私は後ろでしっかりと見ていた。結果としては王子が撃退された形だし、君の脅威を認識してはいるのだろう。だが大国と小国という事実は変わらないからね」
「ふむ、どちらにも付かない為の様子見、という事か」
「多分ね」
賢者は力を示したが、それは結局賢者の『戦闘力』の脅威を示したに過ぎない。
国としての規模は依然変わりなく、そして先の結果は決定的な仲違いはしていない。
だとしても王子が恥をかいた事は事実であり、そしてその報復も難しいだろう。
だが恥をかかされた国にすり寄る国に対し、王子が一体何を思うだろうか。
小さな可能性ではあるが、八つ当たりで嫌がらせをされるかもしれない。
賢者の力を見た以上敵対する気は無いが、とはいえ味方をする利点も無いと言う訳だ。
「ま、それならそれで良いよ。儂は面倒を振っかけられた仕返しをしたかっただけ――――」
賢者がそう語っていた所で、会場に流れていた演奏が唐突に止まった。
ただそれは先程も経験した事であり、賢者は急な静寂に口を閉じる。
そしてまた奥の扉が開き、一人の男が護衛と共に会場に入って来た。
ただ先程と違う点を挙げるとすれば、護衛達が完全武装な事だろうか。
「ふんっ」
男は先程の王子と違い、軽い挨拶すらなく会場へと足を踏み入れる。
ただ楽団はその態度に慣れているのか、当然の様に曲を弾き始めた。
男はそんな楽団の事も、周囲に貴族すらも意に介さず、スタスタと真っ直ぐに歩く。
そして目的の存在に辿り着いたのか、足を止めて口を開いた。
「小娘、俺の物になる事を許してやる。喜ぶといい」
(あ、解った。こいつが第一王子じゃな。物が見えとらん)
自信満々に告げる男に対し、賢者は表情を作るのも忘れて呆れてしまった。
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