第147話、釣り(餌は自分)

「はむっ、もぐもぐ、んっく、はぐ、もぐもぐ・・・!」


 大きな城のきらびやかな夜会の会場で、一心不乱に食事を続ける女児が一人いた。

 いや、その後ろに男が一人苦笑しながら控えているので、一人で居る訳では無いだろう。

 だが周囲の視線を一切気にせず食事を続ける様は、どう見ても夜会に相応しくない振る舞いだ。


 故に周囲からは下げ澄んだ目、呆れた目、失笑など、侮蔑の態度がはっきりと見える。

 それでも女児は意に介さず食事を続け、満足そうな笑みで冷えた果汁を飲み干す。


「ふはぁー。やはり大国の料理は素晴らしいですね、ローラル様! 見た事ない料理がいっぱいあります! 我が国の料理もある辺り、各国の料理を取り揃えているのでしょうね!」

「うん、そうだね・・・はは・・・」


 その正体は熊耳をピコピコさせながら、まるで本当にただの女児の様に振舞う賢者である。

 青年はそんな賢者に乾いた笑いを向けながら応え、止める事も出来ずに見守っている。


「ローラル様は飲んでばかりで食べていませんけど、お腹がすきませんか? はい、あーん」

「・・・あーん」


 普段なら絶対にしないだろう賢者の行動に、複雑な気持ちを抱えながら応える青年。

 ニッコリ笑顔の可愛い子供な様子は、普段の賢者を知っていると何とも言えない。

 そしてその様子は周囲からしてもはっきりと、子供に振り回される王子に見えているだろう。


 そう、つまりは評判通り。神輿にされた子供と、それを担ぐ王太子殿下。

 周囲の反応は、やはり所詮はそんな所か、といった様子を見せる者が多い。

 そして複雑な立場の青年に同情を向ける視線も少なくなかった。


 ただ中には不可解だと言いたげな表情の者も居り、賢者も青年もそれを確認している。


「あ奴らは儂らの演技に気がついていそうじゃのう」

「とはいえこの場でそれを暴く気は無さそうだけどね」


 そして食事を青年の口に運ぶと言う事は、必然青年と賢者の顔が近づく。

 人も多く楽団の演奏も流れている夜会なので、小さな声ならば周囲には聞こえない。

 賢者が食事を食べないかと誘うのはこの為で、意味も無くやっている訳ではなかった。


 逆に青年が話したい時がある時は、こっそりと肩を指でつついたりしている。

 隠れて話すだけならば会場の端で話していれば良い。だが二人は目立つのが目的。

 まだ会場に現れていない王子殿下が、賢者達に自ら話しかけて来る様に。


 そうして暫く無邪気な女児と保護者の王太子をしていると、会場に流れる曲が唐突に止まった。

 同時に周囲のざわめきも止まり、皆の視線が大きな扉へと向かう。

 賢者と青年も視線を向けると扉がゆっくり開かれ、きらびやかな装いの男が姿を現した。


「遅れて失礼する。皆楽しんでいるだろうか。存分に夜会を堪能して行ってくれ」


 現れた男の言葉は、私の事を知らぬ者など居ないだろう、といった態度が見えた。

 傲慢不遜を絵にかいた様な態度にも見えるが、周囲の者達はその態度に異を唱えはしない。

 何故ならあの扉から現れる人物は王族しかいないと、皆事前に知った上で会場に居るのだから。


(ふん、あ奴が王子か・・・さてどの王子かのう)


 この夜会は気軽な席だという建前上、会場入りした貴族の名前を上げる事が無い。

 勿論会場入りする際に招待状を確認し、受付はどの国の貴族が来たのか把握している。

 そしてそれらを確認した後に王子達が入場し、そして先の建前もあり彼らも名乗りはしない。


 王族だと名乗って、慣れぬ貴族が緊張して場を沈めてしまう事を避ける為に。


(アホか。じゃあ曲止めるんじゃないわい。こっそり入って来いこっそり)


 だが賢者は先程の一連の流れに対し、冷めきった感情で王子の様子を見て居た。

 建前を押しす気のない、そして自分はその特別が許されると言う当然の態度に。

 とはいえその感情を顔に出しはせず、ニコニコ笑顔を保っているが。


 そうして曲が再開されると、当然ながら現れた王子に皆が挨拶へと向かう。

 そんな様子を尻目に賢者は食事を続け、青年もそんな賢者の後ろに控えている。

 暫くは先程までと同じ状況が続き――――――。


「お初にお目にかかる。我が城の料理を堪能して頂けている様で何よりだ。城では快適過ごせているかね。お嬢さんの様な可愛らしい子が訊ねて来る事は滅多に無いので、こちらに手落ちが無いか気になっていたんだ。どうかな、お嬢さん」


 にっこりと、口だけがにっこりと笑った様子で、王子が声をかけて来た。

 目が笑っていないなと思いつつ、声をかけられた賢者は食器をテーブルに置く。


「お初にお目にかかります王子殿下。気にかけて頂けたなんてとも嬉しいですわ。城での生活は驚く程快適で、何も不満など有りません。式までのんびりと過ごさせて貰っています」


 子供らしい礼の後、賢者は何時もとはまるで違う口調で王子へ応える。

 王子の口の端がひくりと動き、そしてくだらない物を見る気配を一瞬感じた。

 所詮ガキかという、見下した様子だ。初めて会う王族に名乗り事も出来ない小娘かと。


「ナーラ、名を・・・」

「あらローラル様、それは失礼ではございませんか? この夜会は名を名乗らない場でございましょう? だって王子殿下が名乗らなかったではございませんか。王子殿下が行われた事に従わないのはとても失礼な事ではありませんか? ね、そうでしょう、王子殿下」


 名乗らない賢者に声をかけた青年だが、そんな青年に対し賢者は無邪気な様子で応える。

 無礼な態度を見せたのは王子が先だ。ならば自分も同じで良いだろう。そうだよね王子様。

 言葉だけを取ればそういう意味であり、だが発言したのは無邪気な女児だ。


 そんな意図など無く発言した事になり、周囲の貴族達は笑いを堪えている者も居る。

 王子もそれが解ったのか、一瞬イラっとした顔を見せ、けれどすぐに笑みに戻す。


「ええ、そうですよ。貴方は聡明なお嬢さんだ」

「わあ、聡明ですって! 聞きましたローラル様! 私褒められてしまいましたわ!」


 ある意味で嫌味でしかない返しだが、賢者は一切意に介さない無邪気な返答をする。

 当然先の態度も今の態度も、賢者はわざとやっている演技だ。

 無邪気に王子を煽り倒していき、上手く事を起こす様に誘導しようとしている。


 賢者と青年に恥をかかせようと、この場で神輿の無様を晒させようと思うように。

 目の前の王子が第一王子でない可能性も有るが、それでも賢者は知った事では無い。

 初対面で堂々と馬鹿にして来た事は明白であり、ならば同じ事を返してやるだけだ。


「自国では皆様に迷惑ばかりかけているから、褒められるなんてとても嬉しいです!」

「おや、貴方は国では英雄でしょう。褒め称えられているのではないですか?」

「まさかそんな! 私なんてちょっと精霊術が使える程度ですもの」


 一見ニコニコと笑いながら無邪気に応える賢者は、当然ながら会話を誘導している。

 賢者の力に言及する様に、言及し易い様に、釣りをする様に針金をぶら下げはじめた。


「いいえ、貴方は立派ですよ。貴女の様なお嬢さんに戦場は辛い場所だったでしょう?」

「はい・・・とても・・・人が争いで死んでいく様子は、悲しい事ですわ」

「貴女の精霊術で命を奪った事を後悔される必要はありません。貴女は国を救う為に立派に戦ったのでしょう? 最前線でその力を振るったと聞いておりますよ」


 賢者はそこで、余りにも舐め過ぎだと思った。

 きっと王子は戦場でどう振舞ったのか、賢者に語らせようと思ったのだろう。

 ここまでの会話で取るに足らないガキだと判断し、ボロを出すのを期待したのだろう。


「ええ、それでも、やはり命をこの手で奪った事は、悲しいと思っております。命を奪う為に精霊術を使えるようになったつもりはありませんでしたから。でも、国を守る為に戦いました」

「っ」


 思っていた返答と違う。解り易くそんな表情を見せ、けどそれも一瞬。

 また笑っていない笑みに戻し、むしろもっと笑みを深める様に口角を上げた。

 それはどんな感情からくるものだったのか、流石に賢者も読み取れない。


「素晴らしい。貴女は私が思っていたよりも素晴らしいお嬢さんだ。貴女の戦いを戦場で見てみたかった。きっと凛とした戦い様であったのだろうな」

「ふふっ、ありがとうございます! そう言って頂けると嬉しいです!」


 王子の返答が纏めに入っているのを感じ、賢者は失敗したかと思いつつも態度には出さない。

 こいつが駄目なら別の王子でやれば良い。それぐらいの気持ちで構えていた。

 なにせ五人も王子が居るのだ。一人ぐらいは引っかかってくれるだろうと思っている。


「良ければ、その力を我々にも見せて頂きたいな。英雄の力に興味がある。ああいやこの様な場で失礼だったな。どうか忘れて欲しい」


 だが、かかった。別れ際に「どうせ出来ないだろうが」という嫌味を見せて来た。

 それは王子にとって、賢者がどういう返答をしようが良かったのだろう。

 頷いて行動を起こせば貧弱な力を見せ、見せなければそれはそれで嫌味が通せる。


「はい、お任せください!」

「――――――は?」


 だが賢者は当然頷き魔力を全開放し、その圧力に王子は驚愕の顔を見せた。


(熊よ任せた!)

『グオオオオオオオオオン!』


 キチンと魔力が解るのだなと確認しながら、賢者は熊へと声をかける。

 当然行うのは精霊化であり、賢者の周囲を暴力的な魔力が覆いつくす。

 そうして次の瞬間に訪れたのは、楽団も曲を弾けずに皆が呆然とする静寂。


 誰も彼もが信じられない物を見たという表情で、声を発せられずに一点を見つめている。


「如何でしょう、王子殿下」


 突然現れた小熊から発せられる声だけが、静かな夜会の会場に響き渡った。

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