第144話、理性(怒り)

「どうしたもんかのう・・・」


 賢者は与えられた部屋で一人・・・実際には護衛が居るので一人では無いが悩んでいた。

 それは当然先程まで行われていた茶会、という名の王女の亡命を願う場の事である。

 ただ青年も賢者もこの場では答えられないと、結論を一旦保留にして帰って来た。


 そして戻った後に青年も少し考えたい事が有ると、一人部屋に籠ってしまった。

 賢者には気にしない様にと一言告げた上であったが、気にしない訳が無い。


 王女も突然の願いという事を理解しており、その場での返答は求めていなかった。

 だが最低でも式が終わるまでに返答が欲しいと乞われている。

 問題はこの件を判断できるのは賢者ではなく、王太子である青年という事だろう。


「・・・はぁ」


 その事実に盛大なため息を吐いてしまう賢者。

 ただ別に、選択権が自分に無い事を気に病んでいる訳ではない。

 自分のせいで青年に、そして国と国民に迷惑をかける可能性を気にしている。


 今回の件は王女が語った事から解る通り、賢者の力を信じて行動を起こした。

 戦争を単独で覆す化け物。それが居る国であれば安全に暮らす事が出来るだろうと。

 だがそれは同時に『争う可能性がある』と事前に言っている様なものだ。


 誰と争うのか? 当然そんな物は決まっている。この国の残りの王族達だ。

 勿論他国に逃げた王族など放置する可能性はある。逃げた王族などもう王族では無いと。

 けれど現状の王女の状況を鑑みるに、逃げた彼女をそのまま放置するとは思えなかった。


『母は死にました。毒殺です。余程父に愛されている事実が気に食わなかったのでしょうね。父は実行犯は捕えましたが・・・その後ろは捕えられないままです。つまりその程度の立場という事なのです。明確な証拠が、確実な証拠が無ければ、その命さえ軽んじられる・・・!』


 悔し気に、悲し気に、そして自嘲するような笑みを見せながら、王女は母を語った。

 側妃でありながら立場が低く、王族の一員となったにも関わらず命を軽く扱われた。

 勿論実行犯が捕えられ、そして処罰された事から、表面上は行動したと言える。


 けれど捕まり処罰されたのは実行犯のみ。その後ろに居る者達はお咎め無しだ。

 きっと実行した者は尋問を、拷問を受けただろう。証言もあっただろう。

 それでも、その言葉程度では証拠にならない程に、王女の母の立場は弱かった。


 側妃が死んだにもかかわらず実行犯の処刑だけで事が済み、そして王女は怯える日々を送る。

 次は自分の番ではないかと、次は自分が殺されるのではと、ずっと怯えて生きていた。

 母を亡くした悲しみに浸る暇も無く、自分の命の危機に怯える日々を過ごしていたのだ。


(身の上には同情する。可哀そうな話じゃと思う。本人も王族の争いなど望んでいないから余計にのう。じゃがこの国と事を構える可能性を考えれば、今願いを叶える方が面倒になる。そして怖いのが、この件は国王が納得しているという事じゃ。それが面倒に拍車をかけておる)


 国王が王女の言う通りに妻と娘を愛しているなら、娘の願いを叶えない相手に何を思うか。

 やはりそうなったか、という程度の反応ならば良い。だがもし過激な反応があれば。

 大国の王族の願いをないがしろにした国、として何かしらの行動を起こす可能性がある。


 そして国王が動き出せば、当然他の王族や貴族、周辺の国も何かしらの動きを見せるだろう。

 つまり後々を考えれば断った方が良いが、今を考えれば引き受けた方が良いかもしれない。

 勿論これは不確定な話だ。だが前者も後者も裏が取れていないのが問題だ。


 そしてこのややこしい原因の中心に居るのが「自分」という事に賢者は唸り続けている。


(全く、本当に儂は碌な事にならんの。前世も、今世も、何でこうなるんじゃろうな)


 賢者の前世はその強大な力を持つ事で、様々な事柄に振り回された。

 勿論力が在った事で幸せな事も有ったが、それ以上に面倒も沢山あった。

 それらに真面目に対処して居た結果が、一人寂しく死ぬ結果だ。


 だから賢者は、今世は好きに生きると決めた。好きに力を振るうと決めた。

 けれどその結果家族や仲間に迷惑をかけるとなると、やはりどうしても気分が重い。

 好きに生きると決めたのに、やりたい事をやると決めたはずなのに、身動きが取れなくなる。


(やはり儂は、本質的な部分では変わっておらんのじゃな)


 そうして国から、世界から、ひっそり消えようとした自分は、今も同じなのだと自覚した。

 もう誰にも迷惑をかけない様に、もう誰の目にも触れない様に、ただひっそりと。


(・・・何かむかついて来たの)


 だがここで賢者の思考は切り替わる。過去の賢者では決してしなかったであろう思考に。

 これは幼女の身になったからか、それとも半端な転生術のせいか、それは賢者には解らない。

 むしろ解る必要すら無く、ただただ怒りが胸の内に生まれるまま思考を動かす。


(なーんで儂が振り回されなきゃならんのじゃ。この国の王族の問題じゃろがい。そもそも妻を愛しているとぬかしたのであれば、しっかり自分で守らんかい。国王は一体何やっとんじゃい。そうじゃ、先ずそこがおかしい。何でアホな国王の尻ぬぐいを儂らがせにゃならんのじゃ)


 賢者の思考が怒りで満ち始め、そしてそれは原因を作った者へと向き始める。


「・・・良い事思いついたわい」


 そして獰猛な笑みを見せながら、誰にも聞こえない声で小さく呟いた。

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