第143話、避難(火種)

 力を貸して欲しい。王女は突然そんな事を言い出した。

 当然それだけでは詳細は解らず、賢者も青年も何とも答えられない。

 それを表情から察したのか、王女は申し訳なさそうに苦笑を見せた。


「話が端的過ぎましたね。ちゃんとお話をさせて頂きたいと思いますが、宜しいですか?」

「・・・構わんよ。ただし聞いた所で儂らが協力するとは限らんし、話した事でお主の身が危うくなる可能性も考えておいた方が良いぞ」


 王女の言葉に頷きながらも、賢者は当然だが断りを入れつつ忠告も返す。

 それは喋って大丈夫な内容なのかと。下手をすれば身の危険があるのではと。

 若干目の前の少女を心配しての返答は、王女の目を大きく見開かせた。


「・・・そちらが貴女本来の喋り方なのですね。報告には聞いておりましたが、実際に目の前にすると少々驚きますね」

「こほん、これは失礼致しました」


 賢者は指摘されて初めて気が付き、咳払いをして謝罪を告げる。

 けれど王女は首をフルフルと横に振り、柔らかい笑みを賢者に向けた。


「お気になさらず。むしろ楽な喋り方で構いませんよ。不敬などとは問いません」

「・・・ならばお言葉に甘え、そうさせて頂こう。これで良いかの」

「はい」


 良いと言うのだから断る事も無かろう、と賢者は口調を改める。

 王女はその態度が嬉しかったのか、更に笑顔を深めて応えた。


「まず、そうですね・・・私の状況から説明させて頂いて宜しいですか」

「うむ、聞かせて頂こう」

「ありがとうございます。では――――」


 そうして王女が語る内容は、簡単に言えば王家の中での権力争いだ。

 とはいえ目の前の第五王女がその争いに参加している、という類の話ではない。

 むしろ彼女はその争いから逃げたいと思っている。王家の力に興味など無いと。


 けれど他の王妃や王子にとっては、王の血を引く以上は関係が無いのだ。

 興味が無いふりをしているだけ。そう思われてしまえば何を言っても無駄でしかない。

 特に問題となる事柄として、王女の母は力の無い側妃だと言う事が問題だった。


「父は母の事を愛していると、そう言っておりました。私達の事も同様に・・・けれどそれは、正妃や他の側妃にとっては気に食わない内容であり、身の危険を感じる事です」


 地位が低く力も無く後ろ盾も無い側妃と、その側妃が産んだ子供たち。

 けれど力がないにも関わらず、その親子は王に愛されている。

 つまり後ろ盾など関係なく力を持つ、という可能性を危ぶんだのだ。


 実際にはそこまで簡単な話ではないが、確かに可能性としては起こり得るからたちが悪い。


「後ろ盾のない私には戦力が有りません。まともに身を守る力すら。他の王族がどう行動するか怯える日々を送るのが、私の王族としての在り方です。護衛は幾ら居りますし、侍女も使用人も居りますが、これらは父が国王として私につけられる最低限の人間です」


 つまり今この場に居る人間達で、彼女の持つ力は殆ど全てという事になる。

 そして他の王族はそれも気に入らない様だ。王に特別気にかけて貰っていると。

 力のない娘など頬っておけばよかろうにと、賢者は酷い嫉妬に思わず大きな溜息を吐いた。


「・・・つまり、身を守る為に儂らに後ろ盾になってくれ。そういう事か」

「はい」


 賢者の出した結論に対し、王女は真っ直ぐ見つめながら肯定した。

 その目に嘘は無い様に見える。むしろ必死になっている様にすら。

 だが賢者としては、良いだろうと即座に頷けるような内容ではない。


「言いたい事が幾つが在るが・・・先ずそうじゃな、儂らの国は言っちゃ何じゃが小国じゃぞ。そんな国の後ろ盾を手に入れた所でお主の力になるとは思えんじゃが」


 賢者の言葉は事実だ。だからこそ素直に今回の招待を受けたのだから。

 大国との諍いを起こさない為に来た小国に対して助け願うなど、まずもって間違っている。


「普通に考えればそうだと思います。ですが私は貴女の力を信じています。ナーラ様」

「・・・儂の力、のう」


 つまり戦争で見せた魔法の力を、目の前の少女は信じていると告げている。

 たった一人で戦場をひっくり返す化け物。そんな魔法使いの存在を。

 だとしてもこの国に対し、何が出来る訳でもないと賢者は思う。


 結局は遠い国の他国だ。経済では大負けしている国だ。

 そもそも戦争に勝つ力が在ったとして、だからどうしろというのか。

 今からこの国を手中に収める手伝いをしろと言われたら、賢者は即座に断るだろう。


 それは賢者にとって利のない争いだ。家族を危険に晒しかねない行動だ。

 目の前の少女の身の上には同情するが、だからと言って家族とは比べられない。


「それで結局、何を助力して欲しいと?」


 青年は賢者の考えを理解したのか、返答を賢者に任せはしないと口を挟んだ。

 王女はそれで当然と思っていたのか動揺は無く、静かに視線を青年へ向ける。


「私と兄を、貴方の国に避難させて頂きたいのです。引き受けて頂ければ、父が存命の間は貴方の国と友好的な取引をお約束します」


 つまり王女の避難は国王の願いでもあると、目の前の少女は賢者達に告げる。

 利が在る様に聞こえるその言葉は、けれど後々の火種を含んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る