第141話、誘い(乗る)

「・・・何もして来んのう」

「そうだね」


 青年の部屋にてお茶を飲みながら呟く賢者に、青年も少し気の抜けた返事をする。


 王族の結婚式への招待を受け、王都の城に到着してから二日。

 城の中は大変慌ただしい様子を見受けるが、それも当然の事ではあるだろう。

 今回強行した式は、どこの国にとっても対応に困る事だったらしい事が解った。


 本来王族の式などで他国の者を呼ぶのであれば、もっと前から連絡を入れておくものだ。

 それこそ一年後、下手をすれば数年後にやる前提で話を進める。

 何せ国外から参じるとなれば、遠い国は移動だけで何十日で済まない可能性も有るのだから。


 外の客を呼ばずに国内だけで済ますとしても、余りに急ぎ過ぎた式の強行。

 なにせ賢者が連絡を受けて王都に到着するまでの日数でも、数十日しかたっていない。

 賢者への手紙が急ぎで届けられた事を考えれば尚の事急ぎ過ぎていると言えるだろう。


 つまり国内の貴族ですら急いで参じている様な状況が散見されている。

 故に使用人達も慌ただしく、だからこそ賢者も青年も解せない想いが強い。


「ここまでして儂を呼んでおきながら、何もせんとはどういう事じゃろうか」

「まるで何かされたい、って言ってるみたいだね」

「・・・語弊の有る事を言うで無いわ」


 別に賢者は何かをされたい訳では無いが、けれど何もされないのも気持ち悪い。

 てっきり絶対何かを仕掛けて来ると思っていたからこそ、気合いを入れて来たのだから。

 せめて迎えの時の第5王子でも絡みに来んかのう、と思う程度には肩透かしを食らっている。


「もしかすると、本気で儂を見たかっただけ、という可能性も有るのではないかの?」

「・・・その可能性も無い訳では無いけど・・・そうなると納得のいかない事が一つあるよ」

「何が納得いかんのじゃ?」


 賢者の能天気な結論に対し、青年は少し思案する仕草を見せながら応える。

 だが賢者は何のこと変わらないと首を傾げ、青年に続きを促した。


「もし本当に君を見たいだけならば、君を騙して連れて行こうとした人間が居た事に納得がいかない。少なくともただ君を見たいだけで読んだ、とは思えない行動だ」

「あー・・・確かにそうじゃのう」

「・・・忘れてたね?」

「・・・ソンナコトナイゾ?」


 若干咎める様な視線を向ける青年から、スイっと顔を横にそむける賢者。

 実は余りに気に食わない出来事だったが故に、賢者の記憶から抜け落ち始めていた様だ。

 その時の男の気に食わない印象と顔は一応覚えているのだが。


「まあそちらに関しては、少々動きが有るみたいだけどね」

「そうじゃの。多分あれらはその手の者じゃろうな」


 周囲で怪しい動きをしている者が居る、という事に賢者も青年も気が付いていた。

 ただ二人の周囲には騎士が多く存在し、守りの厚さは説明するまでも無い。

 たとえ魔法の使えない者達が多くとも数は力だ。


 それだけの数の者達をかいくぐるとなれば、相応の腕が必要となるだろう。

 たとえ隠匿の魔法が存在するとしても、それだって完全無欠なものではない。

 ただそれだけを突き詰めた青年の様な人間でも無ければ、認識した後で誤魔化すのは不可能だ。


 心の動揺から魔法が乱れ、騎士達に見つかれば袋叩きにされる。

 そうならないだけの技量の持ち主であれば別だが、そこまでの力量は感じない。

 何せ賢者が自力で気が付けるのだから、少なくとも青年よりは下の技量の者達だ


(熊が警戒する相手も今の所居らんよな?)

『グォン』


 賢者が気が付いている人間以外は居ないと、熊は自信をもって答えた。

 そしてそれは青年の精霊も同じであり、特に脅威と感じていない。


「不審な者達に気が付いていて、あの男の事を忘れていたのかい?」

「・・・忘れておらんと言っとろうに」

「ふふっ、じゃあそういう事にしておこう」


 賢者が少し頬を膨らませながら応えると、青年はクスクスと笑いながら応える。

 勿論本当の所には気が付いているし、何なら侍女も賢者の内心を見抜いていたが。

 ともあれ一旦話が途切れた所で、コンコンとノックの音が部屋に響いた。


「入れ」


 青年が応えると部屋の扉が開かれ、城の使用人が一礼して入って来る。

 流石大国の城の使用人というべきか、その所作は下手な貴族より貴族らしい。

 城の使用人など基本的に貴族の子女なので、貴族らしくて当然ではあるが。


「失礼致します。ローラル様、ナーラ様へのお手紙をお届けに参りました」

「手紙?」


 賢者が小首を傾げながらその手紙を受け取ると、手紙の封印に見覚えがあった。

 領地でのんびりしていた時に受け取った物と同じ封印がされた手紙だ。

 つまり何もして来ないと思っていた矢先、とうとう動きを見せて来たという事だ。


「では、お返事が決まるまで控えさせて頂きます」


 そして賢者達が手紙を受け取ると、使用人は青年の部屋を出てすぐの使用人室で待つ様だ。

 それは特に主に命じられてという訳ではなく、単純に使用人の仕事としての行動なのか。

 賢者も青年も流石にその見極めは出来ず、何も言わずに見送るしか出来なかった。


「返事が必要な内容か。さて、何が書かれているのかな。そもそも差し出し主は誰なのか」

「王族なのは間違いないんじゃろうが・・・さてのう」


 賢者も青年も手紙の封を侍女と侍従に一旦預け、手紙の封を解いてもらう。

 一応罠の類が無いかの警戒であり、賢者の本心としては自分で開けたいのだが。


(熊が大丈夫じゃと言っとるし、魔法的な罠はなかろうがな)

『グォン!』


 手紙を渡された際に既に確認済みだと、熊は胸を張って賢者に応える。

 とはいえ中に毒だのなんだのと仕込まれていた場合、賢者達では気が付けないのだが。

 だからこそ侍女は賢者に譲らず、そして賢者も侍女に危ない事をして欲しくないと思う。


(たかが手紙を開けるだけでこの警戒か。事が起きたら起きたで面倒この上ないのう)


 先程まで逆の事を言っていたというのに、大分わがままな賢者である。

 とはいえ手紙に罠などは一切なく、毒なども仕込まれていなかった様だ。

 そして中から取り出された手紙をそれぞれ受け取る。


「・・・王女殿下、のう・・・こっちも第5か」

「お茶の誘いか。さて、これはどっちの手の者だろうね」


 二人の手紙の中に描かれていたのは、まだ会っていない王女殿下からの誘いだった。

 折角遠い所から来られたのだから、年の近い者として交流を深めたいという内容だ。

 ただし文字の綺麗さや書き方から察するに、恐らく幼児では無いだろうと思われるが。


「この国って王女は何人おるんじゃ?」

「6人は居たはずだよ。上二人は他国に嫁いでいるね」

「随分多いのう。先日あった王子も5男じゃろ? 跡目争いが怖そうじゃのう」

「とはいえ私の様に予備が居ない王子も問題なんだけどね。世の中何が有るか解らないし」

「・・・世知辛いうのう」


 王子王女が多ければ多い程、跡目争いや権力争いが大きくなる可能性がある。

 勿論王族同士の中が良ければ問題無いだろうが、先日の事を考えるとそうは思えない。

 恐らく王子同士で仲違いをしているのだろうと青年も賢者も察している。


 だからと言って王子が一人しかいない場合、王子が死んだ時に面倒が起きる。

 王の血を引いた子だからこそ王になれるのだから、血が途絶えてしまえば立ち行かない。

 勿論王を据えない国も存在はしているが、王政の国は血を持つ事が重要なのだ。


「弟が生まれてくれて本当に良かったよ・・・我が家の家系はどうにも子供が生まれ難いみたいだからね。そのせいで父も私が出来る迄に老人に差し掛かってしまった」

「・・・随分ジジイの親父じゃと思っておったが、そういう経緯じゃったのか」


 更に言えば青年はその『血筋』が他国よりも重要になってしまう。

 何せ国内にある精霊術師を抑える呪いは、王家の血筋に受け継がれているのだから。

 だからこそ精霊術師になって以降の青年は、とても気まずい思いをして過ごしていたのだが。


「さてナーラ、どうするんだい?」

「決まっておるじゃろう。誘いを受けるわい」


 動かねば何も始まらない。そもそも状況把握も出来かねる。

 そう判断した賢者はにやりと笑いながら問いに答えた。

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