第140話、目的(不明瞭)
「しっかし面倒じゃの。ローラルと部屋を分けられるとは。しかもかなり遠い位置と来た」
「普通に考えればこちをこちらを気遣って、と考えられるのですけどね」
客室のソファにどかっと腰を下ろし、ため息を吐く様に呟く賢者。
侍女はそんな賢者に応えつつ茶の準備を始めている。
お湯は城の者に頼むしか無く、茶器と茶葉の準備だけではあるが。
第5王子は賢者を客室に案内した後、青年を連れて別の客室へと向かった。
それは賢者と青年の性別が要因であり、賢者の居る客室周りには女性しかいない。
万が一の国際問題を防ぐ為に男性は男性で、女性は女性で固めている様だ。
勿論家族連れはその限りではなく、家族で大きな部屋を与えられている。
ただし賢者と青年はあくまで『婚約者』に過ぎず、一緒の部屋にはならなかった。
これは青年を信用していないと言うよりも、建前を理由に引き離した様にも思えるが。
(それでも襲う者は襲いに来ると思うがの。誘う者も居るかもしれん)
城の警備の者も多く居るので、誰にも見つからずにここまで来る事は出来ないだろう。
だが別に出入り禁止にされている訳では無く、ならば分けていても行動を起こす者は居る。
(ああ、そう考えると問題を起こさない為というよりも、起きた時に誰が犯人なのか解り易くする為という側面も在るのかもしれんな。女側が逃がさん為という見方も出来るが・・・さて)
女性を傷物にしたと言う事実が明確であれば、その責任を取る必要が出て来るだろう。
その責任が処刑なのか、それとも夫になる事なのかは、その時の事情で変わるはず。
となれば女性が意図的に誘い込んで逃がさない為の処置とも考えられた。
勿論最初の通り、馬鹿な男が馬鹿な事を仕出かした時の為も大きいだろうが。
(後は単純にご令嬢しかいない空間が面倒じゃな。相手が友好的ならば良いが、敵意を持っておるならとても面倒くさい・・・仕方ない、護衛を多めに連れて歩くしかないかの。そうすれば無駄に絡んでくる者も減る事じゃろう。野蛮な田舎者は何をするか解らんとの)
当然護衛も半分に分かれる事になり、本来ならば数が足りないかもしれない。
けれど賢者達は騎士団を一つ丸々連れてきているので何の問題も無いのだ。
そもそも賢者も青年も自分の身は自分で守れるし、護衛達より強いまである。
唯一懸念事項が有るとすれば・・・。
(グリリルを置いて行った事かのう・・・こ奴には慣れた事は慣れたんじゃが・・・未だどういう指示を出すのが一番的確なのか、という点で不安が残っとるんじゃよなぁ)
賢者の最大の護衛として付いて来ているグリリル。その彼女の様子は相変わらずだ。
一見ポーっと立っている様にしか見えず、それでも流石にその態度には慣れた賢者。
ただし有事の際に問題無いかと問われれば、頷く事が出来ないのも現状だ。
青年が指示を出しているから問題無いだろう、と構えていた事がここに来て問題になった。
(・・・まあ、何事も無ければ問題は起こらんじゃろうし、グリリルもそうそう簡単に暴れんはずじゃし・・・多分大丈夫じゃよな。ここまでも大人しかったんじゃし)
賢者がこの国まで来る道中、完全に何事も無く平和だった訳ではない。
勿論騎士団を連れて歩く者達に絡む者などそう居ないが、野生動物は話が別だ。
普通なら野生動物も大人数相手には逃げるが、それでも稀に突っ込んで来る者が居る。
自分を絶対の強者と思っているのか、人間がどれだけ居ようとお構いなしに。
大きな熊や猪、中には魔獣と呼ばれる様な存在も襲って来た。
理論立てて術式を構築せず、人間とは異なる手段で魔法のような現象を生み出す存在が。
それは熊の様な『魔法使いになった熊』では無く、頭を使わず本能で暴れるただの獣だ。
普通ならば危険な存在のそれが一度現れた時も、グリリルが動く事は無かった。
それは騎士団が対処できる範囲だったというのも大きいのだろう。
たとえ相手が魔法の様な物を使えるとしても、単独かつ獣でしかない相手だ。
騎士団員達が少なければ問題も有っただろうが、盾を構えて数で押せば問題は無い。
むしろ魔獣が可哀そうになる結末だったと言えるだろう。
因みにそんな倒し方だったが故に、毛皮も肉もボロボロで売り物にはならない。
本来なら高級商品に化ける魔獣の素材なのだが、これは致し方ない事だろう。
態々魔獣を狩る専門の狩人も居り、突然の戦闘で綺麗に仕留められる相手ではない。
(ローラルの奴なら綺麗に終わらせそうじゃがの)
人間離れした技量を持つ青年あらば、相手が魔獣だろうと関係ないだろう。
むしろ魔獣を倒せる技量を持つ魔法使いを相手に剣だけで戦うのが彼だ。
改めてその事を思い浮かべ、やはりアイツは人間ではないのではと首を傾げる賢者。
「さてはて、あの第五王子殿の狙いは何じゃろうかのう」
「お嬢様と友好を結ぶ為、とでしょうか」
「案外儂を襲う為、かもしれんぞ?」
「っ、まさか・・・! いえ、でも・・・」
賢者の言葉に思わず反論しようとして、けれど侍女も客室の意味に気が付いている。
大国の王子が他国の大貴族を傷物にしたとなれば、王子とはいえ責任は問われるだろう。
しかし大国の国の王子という時点で、その責任の取り方が処刑になる事は滅多に無い。
更に言えば相手は他国の貴族で、そして『一応』は家格として釣り合う大貴族。
ならば正妃として迎える事は無くとも、側妃として迎える可能性は大きい。
その為の目撃者を多数作る為にこの状況にしている、と言われれば否定はし難かった。
「まあその場合、儂の力を本気で信じている、という事になるんじゃろうがな」
「・・・そうなるのでしょうね」
だが賢者を態々傷物にして手に入れると言う事は、賢者に価値を見出しているという事。
まだ女児で、政治能力がる訳でもなく、貴族としてのコネも微妙な所がある。
そんな賢者に対して価値を見出す事が有るとすれば、それは精霊術師としての力だ。
自国の基準で言えば規格外の精霊使いで、他国の基準でも規格外の魔法使い。
そんな力を手に入れようとしているのであれば、今回の強行も少々納得がいく。
問題はそんな事を考えたのが誰なのか・・・あの第5王子なのかどうか。
「・・・とは言え、そんな阿呆にあの領主一家が従うとは思えんが。さて」
賢者の中で数日世話になった一家への評価はかなり高い。
そしてそんな一家の主が馬鹿な真似をするかというと、考え難いと言うのが結論だ。
とはいえ主に忠実な臣下という事であれば、その可能性は排除できないが。
むしろ賢者がこの国に嫁いだ際に、上手く転がす為の要員の可能性も有るのだから。
(とりあえず・・・熊よ、怪しげな者の接近に気が付いたら教えておくれ)
『グォン!!』
(すまぬな)
とはいえ現状は相手の動きを待つしか無く、それでも最大限の警戒はする賢者であった。
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